第4話 実況中継 放課後の婚約破棄学概論 講義


「では、殿下。当学院における、婚約破棄の類型をご説明しますね。」


「それ、要る?」


「全体像を把握頂きたいです。」


「ああ。」


「基本パターンの登場人物についてはお分かりですか?」


「婚約者同士の男と女では?」


「不足です。ほとんどの場合、三人目となる女がいます。時には四人目となる男。」


「ああ、横槍を入れる役割か。」


「三人目は横槍、四人目は当事者の女を助ける役で、多くは男ですね。」


「そう考えると、四人目の男は下心があるのだろう… 婚約破棄の一因になってないか?」


「問題行動が明るみになっていなければ、有責にはなりませんね。こちらは対照的に純愛のケースが多く、きっかけがなければ、片思い、または両片思いのままですから。」


「まあ、そうか。」


「割合としては、婚約破棄の92%は男性からの破棄となります。内、63%が婚約者より下位の爵位の令嬢や平民との真実の愛を理由とし、さらにその75%は、第三の女への嫌がらせの冤罪を婚約者に被せています。」


「では、冤罪をかけられた婚約者は何人でしょうか?算数の問題みたいだ。」


「殿下、茶化さないでくださいね。言いたいのは、多くが真実の愛というまやかしに騙される男子学生によって引き起こされるということです。これが、アルファ型と呼ばれていて、特徴は、真実の愛です。」


「まあ、男はそんなもんだろう。女房と畳は、などと言うからな。」




「アルファ型の亜種とも言えますが、特に相手が平民の女子の場合は、アルファ2型と呼びます。この場合は、民間に広がる聖女信仰と密接に関係しています。」


「聖女信仰は、異端として禁止されたのでは?」


「民間ではまだ根強いですね。王族の方は、異端である聖女に手を出すと一発退場となりますから、ご注意くださいね。殿下。」


「…手を出さないよ。」


「この型には、面倒な側面がありまして、聖女が異世界からの転生者である、という場合があります。これにはさらに二種類あって、本人が精神的な疾患を患っていて転生者だと信じている場合と、所属する新興宗教団体から非合法の薬物を摂取させられて転生者であるという妄想を持っている場合とがあります。」


「精神疾患者への支援体制の不足と、違法薬物対策、新興宗教の取締の問題か。いずれも社会問題だな。」

「その通りです。」



「次にベータ型。これは、婚約破棄ショーの後に再縁組するケースで、互いの気持ちを確認しきれず、拗れている両片思いの場合です。こちらは、関係した学生たちの徒労感が半端ないため、未然に防ぐよう学長から特別に指示されています。今年はスクールカウンセラーを配置する予算も取りました。」


「全くだ。それには関わりたくないものだな。」


「後は、近年増えているのですが、ガンマ型。これは、女子学生からの婚約破棄です。こちらは、女性の地位向上に伴うものと考えられます。政略結婚への反旗ですね。時に、男性からの婚約破棄宣言に対し、快く承諾します。これを、一般に、と呼びます。」


「政略結婚の是非については、きちんと考えるべきだな。」



「圧倒的大多数は、アルファ型の真実の愛なんですが、王族や高位貴族は廃嫡となるケースも多く、そうなると、結果的には、婚約者と真実の愛の両方を失います。」


「ま、そうだろうね。」


「なので、当学院では、1年次修了時に貴族籍の男子学生は全員、初心者講習を受講します。これは、廃嫡されたOBによる講演で、18歳のときの過ちによって、家族を失い、元婚約者一家への賠償金を平民落ちの後に、自力で支払う辛さを語って頂くものです。」


「生々しいね…」


「その後、男子学生は一定の違反点数が累積すると、違反者講習として、年度末に同じ講習を再履修頂いています。」


「違反って?」


「婚約者以外と密室で語り合う、二人で出かけるなどの行為が違反対象で、女子寮への立ち入りは、1回で当該年度の違反点数超過となりますね。」


「はい!ヴィヴィアン先生! 俺が、今この部屋にきみと二人なのは?」



「…殿下、婚約してませんよね?」

「まあ… 」


「それなら、違反になりません。」

「そう… 婚約してると大変だ…」


「毎年の違反者は、第六学年までには、概ね、同じ顔ぶれとなります。彼らをリストアップして観察しています。」

「そのリスト、乗りたくないな。女子学生は?」


「同様にリストアップされます。こちらは、違反すると、両親が学長に呼び出されて、面談となります。」

「対策が違うんだ?」


「婚約破棄は、真実の愛となる第三の女子学生が加害者とは限らないということと、OGとして講演できる状態にないことが多いからですね。修道院、強制労働など、僻地にいたりしますから…」


「そのあたりの処罰格差も、今後の課題か。男子学生の親は面談しないの?」

「それが、30年前から婚約破棄ブームが続いていて、男子学生の、特に男親の方は面白がっている場合があります。男なら、破棄の一つや二つ勲章だ、みたいな…男爵、子爵家に多いです。」


「そもそも、政略で婚約させなきゃいいのに…」





「ところで、きみ、婚約は?」


「… 嫌味ですか?」

「世間話のつもりだけど?」


「子爵家令嬢との婚約の理由は、主に4つです。お答え下さい。」


「婚約破棄学の単位を取るのは大変だ… 一つ目は、同格同士? 二つ目は、平民から貴族への婿入り。三つ目は、資産または事業目当て。四つ目は、容姿目当て?」


「正解です。ウチは、困窮していますので、一つ目も三つ目もありません。二つ目は、当家に婿入りの需要はありません。四つ目については、お察し下さい。」


「…」


「…殿下、あの、不躾に頭から足先まで見つめるのはマナー違反です。」


「…半年前まで、平民だったんだ。許せ。つまり、我々はお互い、婚約していないから、違反はつかないという理解でいいか?」

「仰る通りです。」


 ヴィヴィアンは、ファイルを閉じると、目を上げる。


「差し当たり、リストアップされた学生の動向把握と、社会的にインパクトの大きい王族について、今年の個別対策を練っていきたいと思います。これは、明日の婚約破棄方法論の講義でお伝えしますね。」


「まるで… 授業だね… ところで、この婚約破棄パターンは、きみのオリジナル?」


「ええ、ジパンガ皇国のユラリー教授の論文をベースにしていますが…」






--アレクサンドルの講義メモ--


アルファ型

真実の愛、格差恋愛、嫌がらせの冤罪、廃嫡すると第三の女は逃げる


アルファ2型

真実の愛、平民聖女、異世界転生の虚言、薬物使用の疑い


ベータ型

両片思い、コミュニケーション不足、周囲はぐったり


ガンマ型

女が婚約破棄を希望。男の破棄宣言を快諾する場合を、特に破棄返しと呼ぶ



関連する社会問題

・貴族の政略結婚の形骸化

・聖女信仰の跋扈、異端取締

・信仰宗教の薬物問題

・精神疾患者への支援

・女性の社会進出と政略結婚

・男女間の処罰格差

・「婚約破棄は男の勲章」の風潮



違反

・婚約者のいる女子学生との場合

 ・密室で会話

 ・二人で外出

 ・女子寮への立ち入り

・王族の場合

 ・聖女の誘惑に負けたら即退場



下級貴族女性が婚約できる条件

・同格

・爵位狙い

・資産、事業狙い

・容姿

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