第3話 カフェテリアのヴィヴィアン



 午前中の授業が終わり、二人は校内のカフェテリアに来た。

 高い天井、南側と西側は一面大きな窓、白を基調とした空間は、気持ちいい。四人掛けの丸テーブル、大きな円卓に長いテーブル、ソファ席、ローカウンターに、ハイカウンター。一人でも、大勢でも利用しやすいよう設計されている。

 配膳カウンターで好きなものを取ってきてもよいし、売店でパンなどを買って食べてもいい。


 昼時は、学生たちでごった返し、あちこちから楽しそうな話し声が聞こえる。




「普段より、人の視線を感じます… 殿下、目立ってませんか?」

 アレクサンドルの一歩後ろを歩くヴィヴィアンが小声で囁く。

「そう? 初めてここに来るからかな?」

 人付き合いしないご落胤が、同じく人付き合いしない優等生と連れ立ってカフェテリアにやってくれば、自然と人の目に止まる。



「とりあえず、東側の角に。向かい合わせのハイカウンターがあるので、カフェを見渡せる向きで座りましょう。」

 ヴィヴィアンは、自分の定位置を伝える。


「ん。食事は?」

 アレクサンドルは先に配膳カウンターに並ぶつもりだったようだ。

「私は、パンです。」

「え?」

 片手に持っていた紙袋を見せる。


「寮の朝食のパンの残りを、毎朝貰ってくるんです…」

「温かい食事、持ってきてあげるよ?」

 アレクサンドルは、寒い冬に固いパンだけなんて信じられないという顔だ。


「節約してるので…」


 一人なら気楽だが、アレクサンドルにわざわざ事情を説明するのも理解を得るのも面倒くさい。内心では、血税王子!と叫びながらも、笑顔で丁重に断った。



「じゃあ、俺は取りに行ってくるから…」

 アレクサンドルは、配膳カウンターに向かった。



 ハイカウンターのスツールにヴィヴィアンは腰掛ける。一人ではない食事は、本当に久しぶりだ。

 何となしに、配膳カウンターに目を向けると、アレクサンドルが、他の生徒に混じって並んでいる。


 ヴィヴィアンの観察対象ではなかったから、アレクサンドルの交友関係は知らない。確かに、現国王のご落胤とだけあって、気軽に喋りかけてくる友人はいないようだ。


 周囲の男子学生たちは、アレクサンドルを見ると、目を伏せる。目を伏せた学生たちは、互いに何か囁き合った後、チラチラとテーブル席に目を遣る。


 そこには、第二王子がいる。 当然、第二王子には、アレクサンドルは面白くない存在だ。アレクサンドルの居心地が悪くなるよう、手を回してるのかもしれない。




 現在の王家は、国王と亡くなった正妃の間に第一王子がいる。病弱で、幼少の頃から王都から遠く離れた王領で暮らしていると言われており、公の場には出てこない。異例のことだが、その御名すら公表されていない。世間では、重度の障害でもあって、王族として認められないのではないかとさえ噂されている。


 次に、側妃との間にもうけた第二王子。こちらが王太子で、この学院の第六学年に在籍するイーサンだ。

 今年の婚約破棄ショーの目玉となるに相応しい人物で、器量、成績は申し分がないが、性格はすこぶる評判が悪い。宰相家の長女が婚約者だが、女の影が絶えず、婚約レッドリストの最上位に名を連ねている。


 最後が、半年前に降って湧いたかのように現れた第三王子。母が誰かは明らかにされていないが、市井で育ったところを王家に引き取られたアレクサンドルだ。


 王位継承の面では、第二王子で致し方ない、というのが世論だが、第三王子が頭角を現せば、それも覆る可能性だってある。王家に興味のないアレクサンドルとしては静かにしておきたい、というのが本音なのだろう。




 アレクサンドルの周りに、不自然に女子学生が集まってきている。同じテーブルで食事をしよう、と誘われているようだ。

 ご落胤と言えど、逆転の可能性のある王族だ。貴族の中には、娘にアレクサンドルとお近づきになるよう命じるものもいるだろう。



 アレクサンドルの入学は、婚約者探しなのかもしれない。そんな軽薄な理由とも思えないが、そうだとすると、婚約破棄されそうな高位貴族の令嬢を探るのを手伝わされているとも言える。


 アレクサンドルがカフェテリアを避けてた理由は、貴族たちの下心を避けるためかと思っていたが、そうとは限らない。

 ヴィヴィアンは、観察業務は一人でもいい、ちやほやされたいなら、戻ってこなくていい、と心の中で毒ずく。



 しかし、そう思っても、伝える手段がない。

 ヴィヴィアンは、急にアレクサンドルを目障りに感じて、視線を逸らすと、リストの人物たちを目で追いかける。




 第二王子イーサンは、取り巻きの男子学生らと第五学年の男爵令嬢ライザとテーブルを囲んでいる。

 イーサンの婚約者である宰相家長女、第六学年のリリーはいない。婚約者が別の女と食事をするのは見たくもないのだろう。



 次は、今年からリストに急浮上した公爵家長男、第五学年のニール。公爵家は清廉で評判がいい。長男のランクインは青天の霹靂だ。こちらは、婚約者である侯爵家次女のアンナとその友人らと同じテーブルだ。


 ヴィヴィアンは、あっと息を呑む。


 ニールとアンナのテーブルに、転生聖女として昨年第四学年に編入してきた、庶民のエリーゼが加わった。


 三つ巴である。アンナの表情が強張るのがわかる。


 ヴィヴィアンは、仕事柄、破棄される側の女子学生に感情移入しがちだ。それも、人柄に問題なく、美しいご令嬢であれば尚のこと。





「お待たせ…」

 いつの間にか、アレクサンドルが戻ってきて、ヴィヴィアンの向かいに座る。


「… そこでは、視界の妨げに… 私の隣に座っていただきたいです…」


 ろくでもない男たちを見た後だけに、アレクサンドルにも棘のある言い方となる。


「… まあ、そうなんだけど… きみ、ハイスツールに腰掛けているから、遠くからでも足がよく見えるんだよ。」


 ヴィヴィアンは言われるまで気がつかなかった。五年間そこに座っていたのに、忠告してくれる友人さえいなかった。


 急に恥ずかしさを覚えて、膝に力が入る。言われてみれば、男子学生から見られているようにも思える。


「… 気づいてなかったんだ。きみは観察してるつもりでも、男たちにその足を観察させてるんだよ。気をつけて… 」


 アレクサンドルは、ヴィヴィアンの斜め前に座り、ヴィヴィアンの視界を確保しつつ、ヴィヴィアンの足周りに集まる男子学生の視線を多少なりとも遮るように、足を組んだ。


「…痛み入ります…」

 ヴィヴィアンは、気恥ずかしく、アレクサンドルと目を合わせられない。


「これ、どうぞ。コーンポタージュと茹で野菜。チキンもあるけど、どう?」

 アレクサンドルは、ヴィヴィアンの様子は気にも止めず、皿をヴィヴィアンの前に並べる。


「え?」

「野菜やタンパク質もね。栄養偏るよ。冬なんだから、温かいものも食べて。スカートも短いし、冷えるでしょ。」


 アレクサンドルは、カトラリーをヴィヴィアンに手渡す。


「…すみません。」

「そこは、ありがとう、じゃない?」



「…ありがとう。」


 血税王子、なんて思って悪かった、ヴィヴィアンは謝罪の言葉を飲み込んだ。





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