第8話 白い音

 ジェリドら約30名、そしてベランドナ隊、ファグナレン隊で騎乗出来なかった約80名が、光の粒となって消えた。


 そしてベランドナが血で描いた陣の上に光が集まり、それはやがて人の形を成した。


 この生物召喚があるのをジェリドは知っているので悠々ゆうゆうと、自分の隊を指揮していられた訳だ。


 こんな便利な術があるのならベランドナだけ先行させて、転送させれば良かったじゃねえか? 


 ランチア辺りから食ってかかれそうだが、そこまで便利なものではない。


 生物を光に変えて転送し再構成する。実にとんでもない事をやってのけている。


 一度に出来る人数及び距離には制限があり、仮に分けたとしても大量の魔力マナ消費にベランドナの方がまいってしまうらしい。


 尚、この神はマーダらが扱う暗黒神ヴァイロよりもはるかに上位。


 そもそもカノンで神と呼ばれたヴァイロ自身が、森の女神の力から扱える様に再構成したらしい。


「おおっ!」


 ジェリドは転送された途端とたんに歓声を上げた。丁度プリドールが突貫とっかんする処を目の当たりにしたからだ。


 ラオの連中は必ずやってくれる。信じてはいたが、予想の斜め上をいく働きに大いに感動した。


 その後もまるでスキーのジャンプ競技でもしているかの様なラオの槍騎兵による崖下りと、砦への突貫が続く。


 何人か無念にも落馬などする者も現れたが、ランチアがワイヤージャベリンを投げ込んで救出する一幕もあった。


 砦内部にはランサー達があふれ、彼等は団長等の指示無しに駆け回り、通路を破壊したり敵を一突きにと、もうやりたい放題だ。


 そして外には140を超える味方。合わせて総数恐らく敵の4倍。これはもう勝利確定では? 誰しもそう楽観視らっかんしした。


 そこへ堂々と二人の少年少女が現れた。歳は12くらいだろうか。


 肌の色も髪の毛も着衣もほぼ白系で統一されている。髪の毛が長い方が少女であろう。瞳は赤く、左手にはメイスを握っている。


 髪の毛の短い少年とおぼしき人物は瞳の色が青。その手にはレイピアを握る。


 何れもベレー帽をかぶり、コートを羽織はおっていた。同じ位の身長で身体の線も細い。


 とてもこの戦局を一転させる様な存在には誰の目にも映らなかった。

 いや、ベランドナとジェリドを除いては……が正しい。


 山道を笑顔を絶やす事なく向かって来る。

 と、思いきや視界から消え、少女はベランドナ、少年はファグナレンの眼前に突如とつじょ現れた。


 それよりもおぞましき事は、ベランドナ隊の連中は両耳から血を流し、ファグナレン隊の方は両目から流血し、何れも倒れているのだ。


 何が起こったのか認識出来た者が一人としていない。


「兄『スペキュラ・カルベロッソ』。扉スキル『恐面幻下きょうめんげんか』」


「フフッ……妹『ヴァデリ・カルベロッソ』。扉スキル『怨響現界おんきょうげんかい』」


 二人は惜しげもなく自らの名前と能力を名乗る。ベランドナ、ジェリドの顔色が特に強張こわばる。


(扉、確かにそう言った!?)

(カルベロッソ、馬鹿なっ!?)


 扉スキル。人工知性『AYAME』プログラムの力を開花させた者だけが得られる能力。


 どんな力でも能力者の想像の範疇はんちゅうならば現界げんかい出来る。


 然し本来なら『AYAME』の封印を全て解いた者にしか発現しない。


 今の処、最初の体現者と認められた『ローダ』のみに許された能力。


 それでさえ、彼はまだ全ての封印を解いていないので、暴走した時にしか使えない。


 この事を知っているのはこの場にいる者で、ジェリドとベランドナの二人だ。


 ただジェリドはカルベロッソという名に覚えがあるらしく、その強靭きょうじんな身体をさらに震わせた。


 無論、そんな不可思議ふかしぎな事を知らぬ者達も、目の前に起こった現実に恐怖した。


「ダガーのお兄ちゃん、貴方の相手はこの僕だよ」


「それは笑えない冗談ジョークだな。大体は子供の玩具にしちゃ出来が良過ぎる」


「フフッ、お兄ちゃんだって身長だけなら、大して僕と変わらないじゃないか?」


「それはいよいよけしからん話だ」


 ファグナレンは荒れた地面を踏みしめて、両手にダガーを構えつつ相手をにらみつける。

 決して相手をあなどっている訳ではない。


 スペキュラと名乗った少年はあどけない笑みを返すだけで、レイピアもダラリと下にらしていた。


「銃声?」


「ほら、色んな楽しい音が右から~左から~流れるでしょう? その長くて綺麗な耳には特にね」


 笑みを絶やさないのはヴァデリも同じだ。右から左へお遊戯ゆうぎでもしてる様に頭を揺らす。


 尚、銃を持つ者は近隣きんりんにいない。ベランドナは自らの能力値が極めて高い筈の耳を疑う。


 とにかく二人共、この小さな来訪者らいほうしゃに対する警戒けいかいを密にする。


「ほら、後は見逃してあげるから、早く砦に行きなよ。でなきゃあのお仲間ランサー達、お父さんに全員殺されるよ」


戦之女神エディウスよ、この勇ましき者達に貴女の祝福ベネディオネを」


「勇気の精霊よ、かの者らにお前の勇気と翼を『戦乙女ヴァルキリー』」


 スペキュラの忠告めいた発言に、エディウス司祭見習いらしいリタは祝福の奇跡を外に残った仲間達にさずける。


 ベランドナはジェリドとファグナレン、そして砦屋上から降りるランチアに戦乙女を精霊付与エンチャントした。


 あえて自分は対象から外した。五感をこれ以上強化する事に恐怖を感じたのだ。


「べ、ベランドナっ!」

(マスター、残念ですが加減をする余裕はないと感じます)


 ジェリドは恐らく訳有りで、この子供達を傷物にしたくないらしい。表情が悲痛を物語ものがたる。


 けれどもベランドナは頭を振って態度で示した。正直ジェリドも判っていたが、そうせずには要られない程の繋がりがあったのであろう。


 ジェリドは後ろ髪引かれる思いで、仲間達と共に砦へと駆け出した。


 ◇


 一方、砦内で好きに暴れていたプリドールは、黒服でほおに傷のある眼鏡の男に特攻とっこうを仕掛けた。


 馬上からのランス一閃いっせん。普通の手合いならこれで終わる処だ。


 だが信じられない事に激しい金属音と火花を散らしつつ、それは弾かれてしまう。


 それ処か馬上のプリドールすら、落馬してしまったのだ。


「クッ……。アンタ中々やるじゃない? 私、強い男が好みなの。一緒に踊ってくださらない?」


 らしくない色気を出してからの投槍ジャベリンを放る。しか呆気あっけなく大剣グレートソードで弾かれてしまう。


「すまんがこれでも双子の子持ちでね。妻は死別してしまったが」


「はっ? コブ付きかよっ! ソイツは此方から願い下げだ」


 カーヴァリアレは涼しい顔で、重い大剣をまるで棒切れの様に片手持ちで相手に迫る。


 プリドールが、らしくもなく戦慄せんりつしている。軽口を叩いた割に冷や汗を流す。

 鎧の中が濡れて気持ち悪いと感じる。普段なら気にも止めない感情。


(此奴とサシで殺るのは駄目だ…不愉快ふゆかいだが勝ち筋が見えないんだよっ!)


「ダンスは出来ぬが我が城というべき場所を、素敵にしてくれた礼をしたいのだが」


 冷笑しつつ余裕で仕掛けてくる相手。抵抗出来ない自分に屈辱感くつじょくかんを抱いていた。


 ◇


(矢の迫る音っ!)


 ベランドナは振り返るが実際には何もない。


「可愛いなぁ、綺麗な髪ね。私のお人形さんにしてあげる」

(……っ!?)


 そのすきにヴァデリはベランドナの腰に抱きつき、彼女の金髪をうらやましげにもてあそぶ。


「立体音響、頭のいいお姉ちゃんなら知ってるよね? ただの音じゃないの。まるでその場の音声を聞かされている様な錯覚さっかく


「成程。さっき殺られた連中には三半規管さんはんきかんさぶる程の何かを聞かせて、残した方にはそれを感じさせない別の音を…」


 ヴァデリはピョンっと飛び跳ねて離れると、ウンウンッと二回うなずいた。


流石さっすがーっ、もう解っちゃったんだね。でも安心して。だって私の大事なお人形さんをイジメたりしないよ。ただ黙っていて欲しいだけなんだぁ」


「カラクリが解ったのに何もするなと?」

「うんっ」


 未だに戦うそぶりどころか緊張感の欠片かけらもない少女に、翻弄ほんろうされるベランドナであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る