第7話 鯱が跳ぶっ!

 ラファンの石塁せきるいにおける戦は、全てジェリド軍の勝利に終わった事が、ラファン砦の総司令カーヴァリアレに報告された。


「これは私の大失態だ。ラファンの生き残りが合流する事など、少し頭を回せば予測出来たものを…」


「また敵兵の中にハイエルフがいる模様です」

耳長族エルフか…実に厄介やっかいな存在ですね」


 カーヴァリアレは眼鏡をふるわせながら、苦虫にがむしつぶした様な顔だ。


「どうなさるおつもりで?」

「これ以上外に回せる兵はいない。雨雲も出ている。砦で相手をするのが得策なのです」


 彼はそう言いつつも正直頭が痛い。ジェリドの軍勢が悠々ゆうゆうと総動員で来ようものなら、一体どれ程の戦力なのか、想像すらしたくない。


 ただそれでは此方に準備する時間を与えてしまうので、恐らく既にそこまで迫っている連中で、先ずは仕掛けて来るだろう。


 しかしその中には例のハイエルフとダガーの男が混ざっている。

 既にその戦力だけで此方をくずす策を講じているに違いない。


「耳長とダガー使い…か」

「パパ」

「お父様」


 カーヴァリアレにはその二人にうってつけのこまがある。しかも持ち駒の元フォルデノ騎士よりも俄然がぜん頼りになる飛車角ひしゃかくと言える存在だ。


 その駒達は既に話を聞いていたらしく、愛らしい笑顔を向けてきた。


 確かに飛車角だ。なれど打ち込むのには余りにも彼に取って惜しい存在。


「私は此処を離れる訳にはいかない。行ってくれるか?」

「「はいっ!」」


(済まない……)


 二人はそのままの笑顔で声をそろえてうなずいた。父は堂々と砦の出口に向かう二人に、心の中だけで深く謝った。


 恐らくもう二度とあの笑顔を見る事はないだろう。己の欲深さを引き止めたいが、修羅の道だ。

 引き返す事はまかりならない。


 ベランドナと10騎は馬の速足はやあし、時速15km程で駆けて2時間半、遂に敵の本拠地が見える場所まで辿り着いた。


 敵は既に察知している。そんな事は此方も承知の上だ。

 ベランドナは何故か唇だけを動かした。


「遂に此処まで。我々だけでやるのですか?」

「まさか…敵の本拠地ですよ」


「ですが……」

森の女神ファウナよ…」


 ファグナレンに構う事なく、ベランドナは人差し指の先をナイフで少しだけ切る。

 その鮮血せんけつを地面にらしつつ、詠唱を始めた。


(神聖術!? 精霊術じゃない?)


「チアマータ・レマーノ……このベランドナの血を辿り、今此処へさんじよ『生物召喚アルボケーレ』」


 術式が完成した様だ。地面の血が突然50m程の難解なんかいな円型の図式を描く。魔法陣らしい。


 ◇


「おっ?」

「遂に呼び出しか…。身体が輝いている者はもう少し暴れ続けて貰うぞ」


「おおっ、何か知らんが望む処だっ!」


 ようやく石塁での戦いを終えたばかりのジェリドやその周り、約30人程が光に包まれる。


 近くにいた大男の足にリタは全身で跳び付いた。


 さらにこの現象は、騎馬がなくて置いてきぼりを食らった連中にも同様に起きていた。


 ◇


(まもなく主力がやって来る……!?)


 崖の上からベランドナの唇の動きを双眼鏡そうがんきょうで読み取ったのはランチアである。


「おぃっ! いよいよ始まるぜっ! 副団長プリドールどうすんだよ? きょくなら今だぜっ!」


「そ、そう言われてもだな……」


 ランチアはあおりを入れるが、相変わらずプリドールは躊躇ためらっていた。


「お兄さん」

「おぅ、なんだボウズ」


「僕を連れて崖を駆け降りるんだ。従ってくれたら保証するよ」


「いけるって……お前降りてからどうすんだ? 遊びじゃねえんだ。ガキを守ってる余裕はねえぞ」


 ランチアは腰を下ろし少年の目線に合わせてやるが、辛辣しんらつな事を言わねばならない。


 だが少年の目に迷いは皆無だ。


「取引だ。僕はまだ採掘さいくつしてないカノンの地下資源の一つを知ってる。この戦争が終わったらその採掘権が欲しい」


 あろう事か少年は自らの案内に交換条件すら提示した。


「アーッハッハッハッ! 手前テメェ面白えッ! 気に入ったぜっ、名は?」


「ビアットだっ!」


「よしビアット、俺と馬に乗れっ! その身体を俺に縛り付けて前に座れっ!」


 ビアットは力強く頷くと最初からそのつもりで用意していたらしい。異様に手際が良い。


「ちょ、ちょっと団長っ! どうするつもりだいっ!?」


「言った通りィ! 次はお前だっ! 後は副団長の辿った通りに一騎ずつ降れッ!」


「ま、待てっ!」


 プリドールの静止を振り切り、青い鯱ランチアは馬を崖っぷちに配置する。自殺行為にしか見えない。


「行っくぜぇぇぇぇッ!!」


 荒ぶる馬のケツにむち打ち、青い放物線を描いてダイブした。なれど行き先は海ではない。


 地面の凹凸が波の様に見えなくもないが、相手は固い岩盤なのだ。


「ばっ、馬鹿バッカ野郎がッ! 本当に行きやがったッ!」


 プリドールが絶壁をのぞき込む。ランチアはビアットの指示通りに馬を器用に操り、矢継やつぎ早に脚を地面に載せながら、滑る様に降りて行く。


 こ、転ぶっ! かと思いきや、次の脚を出して辛うじて支えている。


「な、なんだアイツはっ!」

「へへっ、虎の子の新しいヤツ、頼むから当たってくれよぉぉ!」


 砦で物見櫓ものみやぐらにいた連中に気づかれる。投槍ジャベリンの腕前だけで団長になった彼だが流石にその腕で投げる事は適わない。


 だが腰の辺りから4本の投槍ジャベリンが煙と爆発を伴いながら飛んで行く。

 信じられない事にそれら全てが、4つの物見櫓にいた兵士に全て的中した。


「オラオラオラァァ!!」


 ランチアはさらに同じ物を4本、今度は砦の外壁目掛け、寸分たがわぬ箇所に叩き込んだ。


「な、何事だっ!?」

「う、後ろの崖からの攻撃ですっ!」


「ば、馬鹿なっ!?」


 騒ぎに気づいたカーヴァリアレ等が信じ難いと目を開いた。


 ―クソッ! あの野郎はいつもこうだ。大した技量もないくせに度胸だけで何とかしちまうんだ。


 ―過ちを恐れずに突き進むんだッ! アタシ等はそれにいつも引っ張られるだけだっ!


 プリドールは団長の無鉄砲に立腹だ。然しその背中に無条件でついてゆく乙女の様な気持ちが同居している。


「ウラァァァァ!!」


 2/3程降りきった所で、ランチアは得意のワイヤー付きの投槍ジャベリンをなんと手綱を離し、砦に向けて4本投げ込んだ。全てが深々と突き刺さる。


 するとどうだ、ランチアとビアットは、しげもなく馬を乗り捨て、投槍ジャベリンをアンカー代わりに見事砦の上に降り立った。


「うっしゃあぁぁぁぁぁっ!!」


 ランチアは左腕を天高く振り上げて勝ち誇った。


「ちょ、ちょっと待てぇぇ!?」


 仰天ぎょうてんしたのはプリドールと他の団員達だ。途中まではいい。けれどワイヤージャベリンをアンカーにするというのは団長ランチアにしか出来ない。


「さあ来いッ!!」

「いやっ、おかしいだろうがぁぁ!!」


「問題ねぇっ! やってみりゃ判るっ! お前達に出来て俺に出来ない道があるっ!」


(て、適当な事を言いやがってっ!)


 副団長プリドール、止む無く覚悟を決めた。次は赤い鯱が飛び込んでいく。


「神様っ、ご武運を!」


 最早それしか浮かばない。団長の馬が脚を置いた場所など覚えてはいない。

 けれど同じ筋道ルートを辿ると勝手に馬が自衛の為に足を運ぶではないか。


「し、然し最後、ど、どうすればっ!?」


「いけよ赤い鯱。俺みたいな小手先じゃない、本物の馬上槍ランスみたいな真っ直ぐな勇気があるお前なら跳べるさ」


 悩むプリドールを見ながらランチアは確信していた。笑みさえ浮かべる。


「はっ!」


 次の箇所だけ、馬が脚を全て踏ん張れそうな平地があるではないか。これを見逃す様な事を彼女は決してしない。


「「いっけぇぇぇぇッ!!!」」


 青と赤の掛け声が揃う。翼が生えた様に馬と赤い鯱が宙を舞う。目前にはランチアが投槍ジャベリンで崩した城壁だ。


突貫とっかんッ!!」


 ランスを突き出して城壁目掛けて赤い鯱が突撃した。崩した箇所を寸分違わずに貫き、砦内部に特攻を見事に成功させた。


「ラオの赤い鯱、プリドール・ラオ・ロッソ。推して参るッ!!」


 赤い鯱がその牙を突き立てる様に、ランスの先端をカーヴァリアレ・カルベロッソに向けて宣言した。

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