第9話 白い鏡
スペキュラとファグナレン、こちらは
「戦う気がないのかっ!」
ファグナレンが
けれどスペキュラは鼻先にレイピアを突き出すと、そのまま相手の顔を突くのかと思いきや、トランプのダイヤの様な形を宙で描いた。
「なっ?」
描いたダイヤに何かが映りこむ、ベランドナだ。まるで彼女に手を出す様な気分になってファグナレンは出したダガーを引っ込ませた。
スペキュラは構う事なく、次々と色々な形を描く。スペード、ハート、その何れにも何かが映りこむのだ。
(鏡面を創り出す能力? だがそんな力どうという事もないっ!)
一瞬
「怖い、怖いよっ!」
「騎士様ぁぁ、し、死にたくないっ!」
「か、鏡が喋った!?」
「フフッ……。これは貴方がこれまでの人生で見てきた絵を映す鏡なんだ」
「だ、だからそれが何だと言うのだっ!」
「貴方のトラウマばかりを映す鏡達。彼等を斬る事が出来るかな?」
そう言いつつスペキュラはその内の一枚を、惜しげもなく突いて
「あぁぁぁぁぁ!!」
「か、鏡から
「僕には
一際声高らかにスペキュラは笑い飛ばし、再び多数の鏡面を創造した。
「聴覚を
「あっ、駄目よっ!」
ベランドナはヴァデリの制止を振り切って、自らの耳に指を突き刺した。美しい長い耳から血が
「これでもう何も聴こえはしないわ」
「駄目じゃないの
聴覚を自ら封じたベランドナにヴァデリは肩車をする様に飛びかかると、そのまま相手の首を絞めて倒してしまった。
(ば、馬鹿な!? こんな小さな身体の力が振り解けないなんてっ!)
「何て
ヴァデリは実に
「う、うわぁぁぁぁっ! や、止めてっ!」
ベランドナの
彼女は一体何を聞かされているのだろう。身体を
地獄に落とされ絶える事のない
「べ、ベランドナ様っ!」
見兼ねたファグナレンが救出に向かおうとする。
確かに彼の方が
「お兄ちゃん、行かないで」
「なっ!?」
「私をまた置いて一人で行っちゃうの? 私また見捨てられるの?」
このお兄ちゃんという問いかけはスペキュラではない。ファグナレンが救えなかった本当の妹だ。
「どうしたんだい? お姉ちゃんを助けに行かないの?」
スペキュラは笑ったままレイピアの突きを繰り出す。
「ぐわぁぁぁっ!!」
ファグナレンはダガーで受け流そうとしたが、気持ちが戦いに向かっていない。
これでは受けられる訳もなく、右肩を深く刺された。
(ち、力が強過ぎる!?)
確かに万全ではなかった。なれど子供の突き位受けられると確信していた。
「あ~、思ってた程でもないなあ、この二人」
「そうね、スペキュラ兄さん」
「マーダ様は僕達が死にそうな処を、
「なんか気に入って貰えてさ。まあ元々が病気でボロッボロだったから扱いやすかったんだろうね。他の連中よりも特に
扉の話を聞いて理解出来るベランドナは、既にヴァデリの足元で
然しファグナレンだけでも理解出来た事があった。
「な、なんだとっ!? では城で死んだ筈の仲間達が敵に回ったのも?」
「ご名答~。
「ひ、人の身体を何という……
「おかしな事を言うお兄ちゃんだなあ。命を助けてくれたんだよお?」
ファグナレンの目は怒りに燃えていた。仲間達を殺めようしたくせに、今度はそれを道具の様に扱い倒す。
この子供達も実験台だったのだろう。
「も、もう一つ解ったよ……」
「「んっ!?」」
「あ、兄が鏡で地獄を見せて、妹が地獄を聴かせる。これがお前達の幻術の正体だ。きっとベランドナ様は音だけでなく、地獄を見せられているんだ」
ファグナレンは傷ついた肩を必死に上げながら、兄と妹を指しつつ言い切った。
二人の拍手が鳴り響いた。
「やれば出来るじゃないっ!」
「そういう事さ。でも今さらそれが解った処でどうすんのさ?」
「こうすんだよっ!」
ファグナレンの背中から、突然メイスを握ったロイドが跳び出してベランドナの見る先を殴りつけた。
鏡が砕け散る音が周囲に響き、ベランドナが我に返る。
さらにロイドは派手に暴れて
ロイドの扱うメイスは力の弱い者が杖代わりに持っているそれとは異なる。
先端が重く、しかも刃があるのだ。鏡なぞ容易く砕けるというものだ。
「ああっ! わ、私のメイスまで壊されてるっ!?」
「音を武器として扱う。それには指向性が必要な筈だ。でなければ味方すら巻き込む困った存在になるからな…君のそのメイス、実は
慌てるヴァデリを見てファグナレンは最後の種明かしを
ようやく二人の兄妹から笑顔が消える。
「さあ、ここからはお仕置きの時間だ。そうですねベランドナ様?」
「全く…相手は子供ですよ。
大人二人組の方にようやく笑顔が見えた。
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