第9話 時間が止まる×男の独白
トラック転生はラノベでよくみる設定だが、トラック異能開花は見た事なかったな。
「いや、今まで読まなかっただけであるのか? えーっと……駄目だ、スマホ死んでるわ」
スマホの画面を立ち上げようにも無反応。当然といえば当然だ。
たった今、猛スピードで迫っていたトラックも、周囲の人間も、世界がまとめて時間が止まってしまったのだから。
「異世界無双もいいけど、こんな特殊能力に目覚めたなら現代でも好き放題出来るじゃん。俺の人生始まったわ」
……と、意気揚々としていられたのは初めの数時間。
「…………くっそつまんねぇ……」
時間停止と言ったら、まずはスケベな事だろうと思いつく限りの事はした。
ただ、見て触るだけしか出来なかった。感触は想像した触り心地より硬くてなんか気も萎えたし、停止している間は俺の体は不能になるらしい。わりと早々に飽きてしまった。
ならば好きなだけ無銭飲食しようにも食欲も湧かず、暇潰しにゲームをしようにもスマホは使い物にならない。
眠って起きても、時間は止まったまま。
太陽の位置は変わらない。
風も吹かない。
時計は進まない。
俺以外の全てが動かない。
ずっと無音、ずっとずっとず――っと、無。
「戻れ戻れ戻れもどれもどれもどれもどれもどれ……あ、ああ、あああぁ、あああぁぁぁああぁぁぁうぅうぅぅぅ…………」
どうやったら止まった時間が元通りになるんだよ。誰か説明しろよ。神様とやらが贈ったギフトなんだろ。なんだって俺の能力なのに俺がコントロール出来ねぇんだよどうしてどうしてどうしてこんなことになった眠くならない食べれない腹が減らない飲めない喉が渇かない尿意もないこんなにも喋り続けているのに苦しくならない息をしていない肺が機能していない心臓が動いてない涙も出ない涎も出ないそれでも乾かない……。
ああ、わかった。
どうしたら戻るのか。
そうして俺は、トラックの前に戻った。
これはきっと、俺だけの特殊能力ではなく、きっと生き物が死ぬ直前に起こる世界のシステムなのだろう。スローモーションに見えるとか、走馬灯を見ているとか、きっとそういうやつ。
こうやって、死を受け入れるためのものだ。俺のように。
「もどれ」
時間が動き出す。
衝撃音、悲鳴。もう永いこと遠いものとなった音と痛覚を感じながら、俺はようやく、瞼を下ろせた。
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