第8話 飲みかけの珈琲×とある社会人
……どうすっかなぁ、これ。
冬の寒空の下、あたたかい缶コーヒーで手を温めながら、手の中のそいつと向き合って唸る。
コーヒーは普通に好きだ。
芳醇な香りも深みのある苦味も、ふと口にしたくなる程度には好んでいる。あまり大きな声で言ったことはないけれど、生クリームのかけられたコーヒーゼリーもたまに食べたくなる。
でも、まぁ、ブラックはなぁ……。
嫌いではない。飲めないわけでもない。ただ、醤油ラーメンが好きだからって醤油かけて麺食べたりしないだろ。そういう感じで、どちらかというと俺にとってのコーヒーは調味料枠なのだ。カフェオレのほうが好みの味で飲みやすい。それに、飲むのは決まって朝や、眠くならないように昼に飲む。
現在時刻は夜。
仕事が終わって帰宅途中で、家に帰ったら夕飯を食べて風呂入って寝るだけだ。正直、寝つきが悪くなる予感がして飲みたくはない。
……試しに、持ち帰って翌朝、朝食と一緒に牛乳で割ってから飲むのをシミュレートしてみる。
同居する妹から「お兄ちゃん、どうしてブラックの缶コーヒーなんて買ったの? いつもカフェオレしか飲まないのに。もらったの? 誰に? 友達だったらお兄ちゃんが飲めないの知ってるよね? 上司? だったらもっと早めに言っておかないと、何度も飲めないものもらって困るのお兄ちゃんだよ。あそこの自販機のランダムで買った? うそだぁ、お兄ちゃんそういうギャンブル苦手じゃん。甘酒サイダーでもう懲りたとか言ってたのに、わざわざ選ぶ理由でもあったの?」と至極不思議そうに聞いてくる。絶対に聞いてくる。
格好つけたい中学生が母親に粗を指摘されて感情を爆発させる光景に近い。俺は社会人で、妹が学生だからそんなことは万が一でも起こらないけれど、正直適当に流してほしい。
と考えた結果、証拠隠滅一択である。
「……あ~、にっが…………」
温かい分、香りが強く多少の甘みを感じられたが、コップ一杯程度しかない量なのに一気飲みが難しいくらいには苦い。
苦い、が……まぁ、それでも。
『ココア、が飲みたいです』
苦いのかぁと缶コーヒーを手にして顔をしかめた少女。
ちいさなちいさな、我儘とも言えない、ささやかな要求。
その願いを叶えた結果、元々持っていたココアの代わりに飲むコーヒーの味は、少しだけ特別な後味がした。
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