第71話 初対面

と誘ったはいいものの。


「……」


「……」


何も交わす言葉がない。


ついさっきあんな酷いことを

言ってしまった手前、

口を開きにくい。


そして、俺に酷いことを

言われてずっと落ち込んでいる

様子の唯。


涼しい風にしばらく吹かれた

おかげで少し冷静になれたが、

今までの扱いへの怒りが

消えてるわけではない。


けど、まだ駅まで距離がある。


ここは先輩である俺が

会話をしなきゃだよな……


「さっきは酷いこと言ってごめん。

ちょっと言い過ぎた」


「……いえ……

私も今まで酷いこと

言ってたので。

こちらこそすみませんでした」


と一応お互いに謝罪はできたが、

未だに空気が重い。


どうするかなと

次の言葉を考えていたとき、


「……健児先輩は本当に

セクハラしてなかったんですか?」


意外にも相手側からそう訊ねてきた。


「……そうだって言っても信じないだろ」


「……」


「逆に聞くけど、俺ってそんなに

セクハラしてるように見えるの?」


「……今はあんまり。

それに、あのときはちょっと

私もどうかしてたと思います」


「どういうこと?」


「なんか……東京に来てからよく

男の人に声をかけられたり、

電車でお尻を触られたり、

胸を揉まれたり、

そういうセクハラみたいな発言を

されたりしたので、ちょっと近づいてくる

男の人が怖かったというか……

そのタイミングでいきなり

お尻を触られたので」


「……まあそれなら確かに

セクハラだと思うかもな」


「はい……あとは好きなオオカミンのことを

出しにして近づいてきたのかもとも思って。

そしたら、もう気持ち悪いのと怒りで

訳分かんなくなってました。

正直まだその気持ちが

なくなってないです」


まあ、その人のことを一回そういう風に

捉えてしまったら、それを無くすことなんて

ほぼ不可能だろうな。


「なるほど」


「けど、今日真っ先に私のことを

助けに来てくれた健児先輩を見て、

私の勘違いだったのかなって。

そう思ったら、今まで私が健児先輩に

してきたことって

本当に最低だったなって……

そのことを謝りたくて、

ずっと待ってたんです」


「そ、そうなんだ。

まあそう思ってくれたのなら、

それでいいよ」


とりあえず、一件落着だな。

もうこれで彼女に危害を

加えられることもないだろうし、

一安心。


「……でも、私……健児先輩の頬

叩いちゃいました……」


「べ、別にいいよ。

俺もお尻叩いちゃったし」


「あれは私のことを

助けようと思って叩いてくれたんですよね?

でも、私は健児先輩に階段から落ちるのを

助けてもらったのにも関わらず、

叩いちゃいました。

だから、私のこと叩いてください」


「……………………は?」


思考が停止した。


「叩いてくださいって言った?」


「はい。お願いします」


「い、いやいやなんで!?

意味わかんないし!」


「私の気が収まらないからです。

これだと今日寝れる気がしません!」


「無理無理無理無理!

そんなのしたら本当に

俺が悪い奴になるだろ!」


「けど、そうでもしないと

健児先輩永遠に私のこと

許さないじゃないですか!」


「許す! もう大丈夫だから!

これからは仲良くしていこうな。

よし。もう遅いし、帰るぞ尾形」


そう言って駅に逃げようとした

俺のリュックを唯は掴む。


「嘘つかないでください!

絶対明日になったら私のこと

いない存在として扱うでしょ!

あと、さっきは唯って呼んでたのに

何で今は苗字なんですか!」


「え!? 名前で呼んでた?

あーたぶんイライラしてたから

適当に呼んでたかも。

これからは尾形って呼ぶから。

仲良くしていこうな」


「距離置く気満々じゃないですか!」


そんな問答をひたすら繰り返しながら

ようやく駅に辿り着いた。


「じゃあお願いですから私のこと

叩かなくていいので、

ちゃんと明日からは関わって欲しいです。

あと、私のことは唯って

呼んでくれませんか?

距離置かれてるみたいなのは嫌なので」


「分かったよ。

まあ、出会い方は最悪だったけど、

こっからどうにかしていこう」


「はい! じゃあ健児先輩また明日!」


そう言って、唯が立ち去ろうとした瞬間、


「あれ? 健児さん?」


背後から声を掛けられた。


それに唯の足も止まり、振り返る。


「こんな遅くに遊んでたんですか?

青春ですね」


「は、畠山さん!?」


何も事情を知らない彼が

笑みを浮かべながら近づいてくる。


ま、まずい……


唯の前で畠山さんがオオカミンという

言葉を口にしたら……


い、いや大丈夫だ。

この人もちゃんとした社会人。

企業秘密をそう簡単に口外しないはず。


「い、いやーそうなんですよ。

さっきまでカラオケに」


「あれ!? そこにいるのは

尾形さんじゃないですか?」


え?

何で畠山さんが唯のことを知ってるんだ?


俺は唯の方を窺った。


唯も困惑気味に、


「畠山さんって健児先輩のこと

知ってるんですか?」


と訊ねる。


その問に畠山さんは不思議そうな表情を

浮かべながらこう告げた。


「当たり前ですよ。

二人は我が事務所の

メンバーなのですから」









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