第70話 可愛くない後輩2

「健児、新しいクラスはどうだ?」


「あーなじめてるよ。南君はどう?」


去年の文化祭。

文化委員の南君とは

それなりに仲良くなった。

だが、別クラスになってしまって

それ以来話せていなかった。


今のクラスにはセクハラ疑惑もあって

完全に孤立しているが、

今はそれはいい。


とりあえず、この班に

南君がいてよかった。


「え~私はそんなことないですよ」


「絶対あるって!」


唯も武田と話してるし、

完全に分断されている。


あとは残りの一時間を耐えれば


「あーそこの生徒の方!」


そのとき、町内の人に呼び止められた。


「ちょっと粗大ごみを捨てたいんだけど、

男手が足りなくて。二人でいいから

こっちに来てくれない?」


「あーじゃあ行ってくるわ」


「俺も」


そう言って、武田と

南君がいなくなった。


とんでもない重苦しい

雰囲気が流れる。


唯は行ってしまった武田の

方角を未だに見詰めていた。


もう帰りたい。


けど、流石に一人でそそくさと

いなくなるわけにはいかないしな。


「お、尾形さん他の班とごうりゅ」


「話しかけないでください」


ゴミみたいな目で見ながら

そう言い捨ててきた。


そして、一人でどこかに歩き出す。


なんて奴。


もう我慢の限界だ。


「おい、なんで俺に

そんなに冷たいんだよ」


「……は? 

貴方がセクハラ野郎だからです」


「だから、あれはスカートに蜂が

止まっていたからって前に

弁明しただろ」


「誰がそんな嘘信じますか。

それにこの前いきなり

抱きついてきたでしょ」


「それはお前が階段から

落ちそうになったからだ」


「よくそんなに嘘がぽんぽんと

出てきますね」


「……まあ、そう思うなら

信じなくていいよ。

もうお前には近づかないって

決めてるから。

安心してくれ」


「は? なんですか偉そうに。

まあ、それならこちらとしても

ありがたいです。

もう二度と近づかないでくだ」


その直後だった。


前を見ていなかった唯が

人にぶつかった。


その相手が髪を金髪に染めた

怖そうな男だったのが最悪だった。

加えて、唯が持っていた空き缶から

コーヒーがこぼれて相手の白いシャツに

付着してしまった。


「おい、お前何してくれてんだ」


「す、すみま」


「謝って済む問題か?

どうすんだこのシャツ」


「べ、弁償させていただきます」


「は? それで済まされると

思ってんのか?」


直後、男が唯の胸倉を掴もうとした。


慌てて間に割り込んだ。


「ま、まあまあ落ち着いてください」


「あ? なんだてめえ」


入っちゃったよ……

どうすんだよこれ……


「一回冷静になって。

未成年に手を出したら

犯罪で捕まりますって。

一度、冷静になって対話で

解決しま」


直後、腹に衝撃が走った。


呼吸ができない。


こ、こいついきなり殴ってきた。


「せ、先輩!?」


「だ、誰かあああ!」


「警察さん!

高校生がヤクザに暴力を

振るわれてます!」


「君何やってるんだ!?」


「おい! 健児が倒れてるぞ!」


薄れゆく意識の中で、

唯、住民、生徒、警察、男、教師たちの

声が響き渡っていた。


────────────────────


目を覚ますと俺は保健室にいた。


「起きた。

健児君、お腹の調子は大丈夫?」


保健室の先生が優しく訊ねてきた。


どうやら男のパンチが溝に入り、

呼吸ができなくて意識が

飛んでしまったらしい。

だが、今は全く問題がなかった。


あの後、男は武田と

警察に取り押さえられ、

武田の人気が爆上がりしたそうだ。


つまり、俺は何もしなくて

よかったということだ。


あの女のせいでただ

殴られただけじゃん。


時刻は8時。

暗くなった校庭を歩く。


あの女に関わるとろくなことがない。

もう絶対に近づか


「ちょっと」


そのときだった。


校門を出た瞬間、

誰かに呼び止められた。


「げ……唯……」


もう二度と関わりたくない

相手が待ち伏せていた。


「……何で嫌そうな顔するんですか。

ていうか、今私のこと

無視しませんでした?」


「無視してない。

お前の存在感がないからだ」


「は? 酷いこと言いますね」


「お前も今まで散々酷いこと

俺に言ってきただろ。

なんだ? 

自分が言われる立場になったら

嫌なのか?」


すると、唯は渋い顔を浮かべた。


「な、何か怒ってます?」


「イライラはしてるな。

じゃあ。俺は帰る」


そう言って立ち去ろうとした瞬間、

唯に背負っていたリュックを

思いっきり引っ張られた。


「な、何すんだよ!?」


振り返るとなぜか

戸惑っている様子の唯。


「い、いやその」


「何でお前が戸惑ってるんだ。

戸惑ってるのは俺だぞ」


「だから、そう怒らないでください!

怖いです」


怖いのはお前の意味不明な

行動なのだが。


「……なんというか

……あれ……助けてくれたんですよね。

私が男の人に絡まれたとき。

だから、流石にお礼くらいは

言っておこうかと思って」


「あーそれで待ってたのか。

それなら、別にいいよ。

ただ単に、お前のこと見殺しにしたら

周りにまた色々と言われそうだから

助けただけだし」


「……そ、それでも

ありがたかったです」


「そうか。じゃあな」


そう言って立ち去ろうとしたとき、

またリュックを掴まれた。


「まだ何かあるのか!?」


「なんですか!?

こっちは素直にお礼を言ってるのに!?」


「いやだから、お礼はいらないって。

どうせ俺の言うことは

信用してないんだろ?

俺のことセクハラ野郎だと

思ってるんじゃないのか?」


「しょ、正直、それはまだ

疑ってます」


ほらね。

彼女の本音出ました。


「いいんだよ。

俺はもうお前に信じてもらおうなんて

思ってないし。

一生、セクハラ野郎だと

思っててくれれば。

だから、もう俺に関わらないでくれ」


俺は三度、背を向けて歩き出した。


だが、その一瞬の間に見てしまった。


唯の悲し気で今にも

泣きだしそうだったのを。


10mほど歩いてぴたりと足を止めた。


あーもう最悪。


「おい、唯」


俺が呼び止めると、

背を向けて逆方向に歩いていた

唯が振り返った。


やっぱり泣いていた。


「……な、何ですか」


唯は隠すように涙をぬぐう。


そんな顔されたら

俺が悪者みたいじゃんか……


「暗いから駅まで送ってやるよ」













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