第65話 助けようとしただけなのに

星野さん以外の

自分のリスナーに会った。

しかも、同じ学校で後輩。


こんなことってあるんだなと思いつつも、

バレないように俺は普段よりも

声を高くして話していた。


「それであそこで星宮ちゃんに

追い越すって言ったところが

かっこよくて!

普通そんなこと言えない

じゃないですか!?

それを言っちゃうところが……もう……

最高なんです!」


こんなにも熱狂的に推してくれるのは

純粋に嬉しい。


楽しそうに話すな~


推しを知っている人と

話すのが楽しくて仕方がないのだろう。


そのときだった。


ここの外の渡り廊下はよく

虫が飛んでくるのだ。


昔、俺もここを歩いていて

蜂に襲われたことがある。


その蜂が今まさに彼女の後ろを

飛んでいた。

しかも、オオスズメバチだ。


羽根の音が凄くて俺は

直ぐに気が付いたが、

彼女は推しの話に夢中になって

まるで気づいている様子はない。


「ゆ……」


いや待て。

ここで蜂がいるって言ったら、

パニックになるんじゃないか?

そしたら、蜂を刺激してしまう。


なら、このまま黙って……


直後、蜂が彼女の

スカートに制止した。


彼女は全く気が付いている様子もなく、

足を進めている。

そのたびに蜂が揺れるのだ。


刺される……


俺は瞬時にそう判断し、

彼女が気づかないように

そーっと手を伸ばした。


「健児先輩何してるんですか?」


すると、たまたま振り返った彼女が

不思議そうに見てくる。


「あ、いや……なんでもない」


そうですか。

と彼女は前を向いた。


俺はもう一度そーっと腕を伸ば


「あ、あの……本当に

何やってるんですか?」


再び彼女が振り返る。


その怖がってる様子に心が痛くなった。


「も、もしかして……

健児先輩ってそういう……」


「い、いや! ち、違うんだよ!」


けど、お尻に蜂がいるなんて言ったら、

絶対彼女は驚いて暴れる。

下手したら、自分で叩こうとして

刺されるかもしれない。


「そ、そうですよね!」


彼女が前を向いて歩きだす。


もう今しかない。


これでまた疑われたら距離を取られる。


俺は一歩を踏み出した。


右手を大きく開いて彼女の

スカートに触れないように、

すれすれで蜂を叩き落とす。


そのつもりだった。


直後、不審がっていた彼女が振り返る。


ペチン!!!


最悪の事態が起こってしまった。


彼女が急に止まって振り返ったから、

俺の右手の軌道がスカートすれすれから、

尻直撃コースへと変化してしまった。


蜂はもうどっかに行ったが、

もうそんなものはどうでもいい。


「……ひっ」


状況をようやく理解した

彼女の口から出たのは悲鳴だった。


「ひやああああああああああ!

変態変態変態変態!

だ、誰かあああああ!!!」


そう言って、彼女を走り出してしまった。


「ち、ちが………」


何とか弁明しようとしても時すでに遅く、

彼女の姿はなかったのだった。



────────────────────


翌日、俺は生徒指導室に呼び出され、

事細かく説明したところ、何とか

停学にならずに済んだ。


だが、俺が一年生の女子の尻を

叩いたことは瞬く間に

学校中に広まった。


あの一年生が可愛くて知名度があったのも

原因にあるのだろう。


おかげで、新しいクラスでは

初手浮きました。


この健児。

三年目にして、二年の頃より

ぼっちになる。


けれど、幸いにも


「は? 

助けたのにオオカ……健児君のこと

セクハラ扱いしたの?

その一年生……今から……」


「ああああ行かなくていい!

星野さんが行ったら絶対

一年生怯えるから!」


星野さんが俺のことを

信じてくれたこと。


ちなみに、三年も同じクラスになれた。


星野さんキレたら怖いからな……


勢いよく立ち上がり、一年生の教室に

向かおうとした星野さんを必死に宥めた。


────────────────────


(もう最悪!)


その夜。


(同じオオカミン推しだったから

油断した……下心なさそうだったのに!

やっぱり東京の男ってやばい!

まさかお尻を触ってくるなんて!)


あれから一日経過しても、

その叩かれた感触が蘇り、鳥肌が立つ。


(気持ち悪い気持ち悪い!

もうあの先輩には

絶対近づかないようにしないと)


そう思いながら、パソコンを起動した。


(よし。気持ち切り替えて集中……

今日は大切な日なんだから……

落ち着いて……深呼吸……)


カチッとマウスをクリックした。


(はー緊張する……

でも、いよいよだ……)


尾形唯が東京に引っ越して

一人暮らしを始めたのは、

高校のためではない。


事務所が東京にあるので

今後何かと便利だからだ。


その事務所とは……


「皆さん初めまして!

ブイライブ二期生の

東雲アリサです!」

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