第64話 新たな春

4月10日。

桜舞い散るこの季節。

これから始まる青春に胸を躍らせて、

新入生の尾形唯は校門をくぐった。


(あ~ワクワクする!

ここが東京の学校か~)


今年から故郷を離れ、

東京の学校へ進学。

そして、一人暮らし。


この学校に到着する道中で、

東京の華やかな街並みに圧倒された。


(ここから私の新生活が始まる!)


肩まで伸びた黒髪ショートヘアーに、

凛とした顔立ち。

責任感の強そうなきりっとした雰囲気。


「あの子……めっちゃ可愛いよな」

「俺あとで連絡先交換してもらお」


唯の歩く姿を見た男子学生が

次々に目を奪われていく。


(ふふーん。そうよ。私は可愛いのよ!

見たか都会っ子! 

東京の子じゃなくてもモテるのよ!

あー楽しみ。サッカー部の

マネージャーになって、

イケメンな年上の先輩と付き合うんだ~)


その真面目そうな性格とは裏腹に

肉食系だった。


それから一週間後、

唯の存在は学校中で噂になっていた。


「ねえねえ唯ちゃんだよね?

今日学校終わったら俺とどっか行こうよ~」


(うわ~めんどくさ……

東京の人ってほんと

ガツガツくるな……)


昼休み、廊下を歩いていると知らない

年上の男子生徒にナンパされ、

スマホには連絡先を交換した

クラスメイトの男子達から

メッセージが来ていた。


最初はモテるのも嬉しかったのだが、

こうも頻繁に男に誘われては

しんどくなる。


それに、唯は面食いであり、

イケメンにしか興味がない。


「唯大変だね~」


「毎日ラブレター来てんじゃん」


クラスの友達が冷やかしてくる。


「あはは……嬉しいんだけどね……」


「けどなに? 

他に好きな人がいるとか!?」


「……うん」


「え!? 誰!?」


「えーと、この前サッカー部に

見学に行ったときに見かけたんだけど」


「分かった! 三年の武田先輩でしょ!」


(ぎく……)


「その顔は図星だな~」


「や、やっぱり武田先輩って有名なんだ」


「そりゃそうだよ。あのルックスで

サッカー部のキャプテンだし。

この学校で一番人気あるんじゃない?

でも、唯ならワンチャンありそう」


「そんなことないよ~」


と謙遜するが、腹の底では


(そうだよね~

私と武田先輩ってお似合いだよね~)


と誇らしげの唯。


「けど、この学校には

最強のマドンナがいるから」


そう友達がぽつりと言った。


「マドンナ?」


「知らないの? 

あの読者モデルの星野凛だよ。

この学校の三年生だって」


「う、嘘!? あの凛が!?」


「うんうん、もしかしたら

あの二人付き合ってるんじゃない?」


(く、くそ……

そんな強敵がいたなんて……

早めに武田先輩にアタックしないと)


「そういえばさー唯~」


「え、何?」


「その鞄につけてるキャラクター何?」


「あーこれ? 私が好きなVtuber」


そう言って、唯は友達に

そのストラップを見せた。


「あーオオカミンだよね?

星宮リナとコラボしてた」


別の友達が興味深そうに言う。


「知ってるの!?」


「うん。私レインボー好きだから

Vtuber知ってる~オオカミンの

ことは名前ぐらいしか

知らないけど。

唯はオオカミンが好きなん?」


「うん! 

元々は柊ニノちゃんの

ファンだったんだけどさ、

配信者祭のときに虜になったの。

なんかもうメンタルが凄くてさ、

普通の人じゃできないことを平然として、

その上配信を面白くしてくれるんだよね」


「おおー唯がこんなに

テンション高いの初めて見た」


「意外な一面だね」


「あああ! ごめん! つい!」


その後、友達は笑ってくれたが、

オタクな一面を出してしまったことが

恥ずかしくて仕方なかった。


(やばい……絶対キモオタだと

思われた……

やっぱこのストラップ外しとこ。

武田先輩にもキモいって

思われるの嫌だし)


放課後、サッカー部の見学に行くために

廊下を歩いていた唯は、

鞄からストラップを外した。


「あ……」


外した瞬間、

手からストラップが落ちる。


慌てて二歩戻り、

ストラップに手を伸ばした。


その直後、後ろを歩いていた人が

代わりに拾い上げる。


「あ、すみません~ 

ありがとうございます」


その男子生徒は無言で

そのストラップを渡してくる。


何やら戸惑っている様子だった。


そして、ぽつりと


「それってオオカミン……」


男子生徒が口にした。


「え! 知ってるんですか!?」


思わずその言葉に

食いついてしまった。


「え、ま、まあ……」


おかげで、相手が驚いてしまった。


「あ、ごめんなさい! 

オオカミン知ってる人なかなかいなくて」


「な、なかなかいない……

そうなんだ……」


すると、男子生徒は

悲しそうな表情を浮かべる。


(分かる。

推しが知名度ないと辛いよね……)


唯は謎にそう納得した。


「そういえば、その上履き……

緑色ってことは一年生?」


「はい。この春から入学しました。

尾形唯って言います」


唯は相手の上履きの色を確認した。


「上履きの色が赤ってことは……

三年生の方ですか?」


「そうだよ。

三年の佐藤健児。よろしくね」








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