第62話 忘年会

3D配信を終えて三週間後。

1月24日。

 

野菜と肉の入ったレジ袋を

片手に家路に向かう。


いつもと違うのは、


「オー君、大丈夫?

私持とうか?」


マリアさんが隣にいることである。


別にこれは年上のお姉さんと

そういう関係になったのではなく、


「大丈夫ですよ。四人分の鍋ですし、

そんなに重くないですから」


今日は俺の家でブイライブの

忘年会と俺の退院祝いをするのだ。

本来であれば、年末にするのだが、

俺の3D配信が重なっていて

できていなかった。

そこで皆の都合の良いこの日になった。


そして、マリアさんと駅で

ばったり会って今に至る。


「ごめんね。この前もオー君の

家にお邪魔させてもらったのに」


「いえ、全然。寧ろ、いつも寂しいんで

賑やかになるのはありがたいですよ」


「ああ……本当に私の弟になる?

なんてね」


……なりたい。


「そういえば、オー君聞いた?

私たち先輩になるのよ」


「あ! 聞きましたよ!

確か今日事務所で一次面接があるって」


「うんうん。ネオンちゃんも

面接官の一人として参加してるのよね」


そう。今日は二期生の一次面接がある。

そして、その面接官として

ネオさんが選ばれた。

レインボーの黎明期を支えた彼女ほど

面接官に適した人材はいないだろう。


「俺絶対ネオさんが面接官だったら

何も話せませんよ」


「どうして?」


「怖すぎるから」


「あ……」


「貴方の強みをどう弊社で活かしますか?

それだけ? 不採用。

ご足労頂きありがとうございました。

お出口はそちらですって

言ってきそう」


「……オー君」


「なんでそんなに青ざめて」


「狼」


俺はようやくその存在に気が付いた。


「狼」


「は、はい」


「どうしてこっちを見ないの?

怖いから? 私が怖いものね」


「い、いえそ、その」


「では、貴方に聞きます。

貴方はブイライブにどのように

貢献できますか?」


「え、えっと......」


「はい、不採用。罰として

これ持ちなさい」


ネオさんから不機嫌そうに

荷物を持たされるのだった。



────────────────────


カシュッとビール缶を開ける音がする。


「えー皆さん、3D配信、そして今年一年

お疲れさまでした!

今年発足したブイライブという事業ですが、

皆さんのおかげで私たちの想像を超える

売り上げになっております。

これも全て皆さんのおかげです。

マネージャーとして至らぬ点も

ありましたが、今後ともブイライブ

発展のために力を貸してください!

そして、皆さんとともにブイライブを

世界一のVtuber企業にしましょう。

それでは、改めまして乾杯!」


畠山さんの言葉に乾杯と俺達も続いた。


無論、俺はオレンジジュースだ。


「いやーそれにしても健児さんが

退院できてよかったです」


畠山さんがそう笑って言う。


「色々と畠山さんには

お世話になりました」


「いえ、マネージャーとして

当然のことをしたまでです」


「ネオさんとマリアさんも

お見舞いとか来てもらって

ありがとうございました」


「……狼が怪我したのは

私のせいなんだし、

当然よ」


デレてる。耳赤。


「おかげで全然入院生活が

退屈しませんでしたよ」


「それはよかった。

私も昔入院したことあるけど、

凄く暇になるのよね。夜とか怖いし。

オー君はお化け見たりしなかった?」


「ないですよ。

あ、でも前ナースさんから

変なこと言われて」


「変なこと?」


「俺が眠ってるときに、

金髪のハリウッド

女優みたいな人がお見舞いに来たって。

俺の知り合いって言ってた

らしいんですけど、

俺そんな人知らなくて」


「え!? 不審者?

私は一度も見なかったけど」


「あー私は一度だけ病院の

受付で見かけましたね」


「まじですか!? 畠山さん」


「ええ、目立っていたので

よく覚えています。

ただ、話しかけてはいないので

健児さんとどういう関係かは

分からないんですけど」


「ほ、ほんとにいたんだ……」


急に怖くなってきた。

ナースさんしか言ってなかったから

見間違いかなって思ってたけど、

畠山さんも見たってことは……

 

だ、だれ……マジ怖い……


とぶるぶる怖がってる俺の隣に

もう一人怖がっているネオさんがいた。


「や、やめなさいよ……

きょ、今日この後一人で

帰らなくちゃいけないのに」


「そ、そうですね! 

とりあえず、忘れましょう!」


俺はそう言って、話題を変えた。


それから四人であのときあれがあって、

これがあってと思い出に浸り、

大人たちのお酒も進んだ。


「まったく……この前は

えらい目に遭ったわ……」


完全に酔っぱらったネオさんが

そう愚痴を溢す。


「あらあら……ネオンちゃんが

子供みたいになっちゃった」


対して、結構飲んでいたのに

ほろ酔い程度のマリアさん。


「子供じゃない! 

子供……じゃ……ない……」


「ははは……霧島さんがここまで

お酒が弱いのは意外ですね」


そして、全然酔っていない畠山さん。


「凄いですね。畠山さん

酔わないんですか?」


「いや、私も最初の方は酔いましたよ。

けど、会社の付き合いで飲まされるので、

もう慣れました」


あー社会人になりたくねえええええ


「まあ、霧島さんも

疲れてるんでしょう。

今日は頑張ってもらいましたから。

霧島さんがいいプレッシャーを

与えてくれたおかげで、

受験者のメンタル面も見れましたよ」


「や、やっぱネオさん怖か」


「んあ?」


「すみません」


ぐでんぐでんなのに、

悪口には直ぐ反応した。


「私は別に怖くないわよ! 

ただ……顔バレしないように……

Vtuberの姿でモニター越しにしたから……

それでちょっと

緊張させちゃっただけよ……」


なるほど。

まあ、確かにいつも視聴してる

ネオさんがそこにいるだけで緊張するかもな。



「それで畠山さん。

今日の面接はどうでした?」


マリアさんが畠山さんに訊ねる。


「個性あふれる

人材がたくさんいましたよ。

非常に悩みどころです」


おおーと俺とマリアさんが

興味深そうに反応する。


「どれくらいの人数が

二次面接に進むんですか?

てか、俺、どれくらいの

倍率なのか知りたいんですけど」


「倍率ですか……

とりあえず、私たちが

考えている最終採用人数は

皆さんと同じ三人です。

ちなみに、今回この二期生の応募総数は

なんと3000人ですよ」


『3000人!?』


俺とマリアさんは同時に

驚いてしまった。


「これも皆さんが注目を

集めてくれたおかげです。

この3000人が霧島さん、

三浦さん、健児さんと一緒に

配信をしたいと思ってくれた

方々なんですよ」


「ま、マジか……

てことは、1000倍……」


「3000……どうしよう……

私……その倍率を突破してきた

人達の先輩になるの……なれるかしら」


いや、マジでそれ。

マリアさんの言う通りなんだが。

絶対、天才ばかりが入って来る。


改めて、自分が所属している事務所が

大手になっていることに気づかされる。


「二人共、そんな臆せず、

自信を持ってください。

霧島さんなんてTOEIC960を

持ってる人とか、

あの東大卒の人に対しても

『それをどうブイライブに

活かすんですか?』って強気に

面接されてましたよ」


さすネオ。

言うことが違うぜ。


てか、とんでもない人たちが

応募してるな……


「それに私もそれは同意なんです。

どんなに学歴とか持ってる

資格が良くても、

結局Vtuberとして成功するのは、

人に愛される、尊敬される、

好かれるかが重要ですから。

その点、皆さんは本当に飛びぬけて

素晴らしい素質を持っていると

マネージャーの私は見ていますよ。

だから、新しく入ってきたメンバーを

導いてあげてください」


その言葉を聞いて、

責任感が押し寄せると共に、

誇らしくもあった。


頑張ろう。いい先輩になれるように。


それから、畠山さんが明日も

会議があるということなので

先に帰宅した。


「さあ、後片付け後片付け」


残ったマリアさんが食器を洗い始める。


「あ、俺も手伝いますよ」


そう言って立ち上がろうとしたとき、

さきほどまでうとうとしていた

ネオさんが寄りかかってきた。


「ネ、ネオさん?」


「……寝る。動くな狼」


完全にできあがってるよこの人……


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