第58話 3D配信

あれから二週間が過ぎた。

俺は未だに入院生活を

強いられているが、

後遺症などほとんどなく、このまま

安静にしていればまた

歩けるようになるとのことだ。


もうすぐネオさんの3D配信が始まる。

昨日はマリアさんと凛風さんの

3D配信が行われたが、まるで幼稚園児と

先生のようなほわほわとした

配信が行われた。


ネオさんのことでマリアさんも

苦しんでいるはずなのに、そんな

素振りは一切見せずにいつもの

優しいお姉さんになっていた。


ネオさんを心配させないための

マリアさんなりの配慮なのだろう。


「健児君、おはよう」


ぼーと時計を見ていたら

ナースさんに声をかけられた。


「おはようございます」


「今星野さんから電話が来て、

もう少しで到着しますって」


「了解です」


すると、なぜかナースさんが

ニヤニヤし始めた。


「な、なんですか」


「フフフ。いやね、

健児君も隅に置けないなぁって。

あんな可愛い同級生が迎えに

来てくれるし、

美人なお姉さんたちが

お見舞いに来てくれるし。

誰が健児君の彼女なの?」


随分とこのナースさんと

仲良くなったおかげで、

こういう冗談を言われるようになった。


「……やめてくださいよ。

俺年齢イコール彼女なしですよ」


「ごめんごめん。たくさん女性の人が

お見舞いに来るものだから」


まあ確かに同期メンバーと星野さん。

あとはミルミルさんも

お見舞いに来てくれた。

俺は本当に恵まれている。


「それに私びっくりしちゃった。

あんな背の高くて綺麗な人

初めて見たわ。

健児君はあのハリウッド女優みたいな人

とどこで知り合ったの?」


「ハリウッド女優みたいな人?

いや……知らないですけど」


「え? あの人健児君の

知り合いって言ってたけど」


「いつ来たんですか?」


「健児君がまだ意識を失っていたときよ」


背の高くて……ハリウッド

みたいってことは外国の人か?

え、誰? 怖くなってきたんだけど。


「オオカミン!」


すると、ちょうど星野さんが顔を出した。


俺が目覚めたばかりのときは、

泣きまくって何言ってるのかほとんど

分からなかったが、今はいつもの

明るく元気な彼女に戻っている。


「行こう! オオカミン!」


「そうだね」


俺はそう返した。



────────────────────


「では、配信を始めます。

5……4……3……2……1」


向けれたカメラにネオは

右手を大きく掲げた。


スタッフたちの前のモニターに

自分たちの配信とコメントが映される。


『待ってました!』

『来たああああ!』

『ネオ様頑張って!』


ネオの配信枠のためか、

ネオに対するコメントが圧倒的に多い。


配信開始と同時に音楽が流れ、

隣にいるカレンと共にネオが踊りだす。


マリア達のほわほわとした

配信とは打って変わって、

こちらは歌とダンスのライブ配信だ。


カレン、ネオの歌声が配信に流れ、

コメント欄が開始早々に沸き立つ。


ネオは自慢の歌とダンスを披露しながら、

二週間前に健児に言われたことを

思い出していた。


【カレンが最も嫌がることは実力負けを

することだと俺は思います】


【実力負け?】


【はい。聞いた感じ、カレンって人は

金持ちのわがままお嬢様ですよね。

きっと今まで欲しい物を金と親の権力

で手に入れてきたんだと思います。

ここで不思議に思いませんか?

どうして何でも手に入れられてきた

カレンがシャイニングに入ったのか。

そして、何故このブイライブの

コラボに参加したのか】


【……お金……じゃないわよね】


【勿論。お金は持ってるはずです。

それも腐るほどに。たぶん、その腐る

ほどのお金や親の権力を持っていても

手に入れることができなかったものを

手にするために、シャイニングに

入ったんだと思います】


【分からないわ……

カレンは何が欲しいの?】


【人気です】


【え?】


【人からの支持や人気はお金や親の

権力では手に入りません。

例え、手に入れていたとしても、

それはお金や権力目的の

偽物だったと思います。

友達がいたのかすら怪しい。

そんな彼女だからこそ、

本当の人気が欲しいはずです】


その言葉にネオははっとした。

確かに、カレンは常にこの

3D配信に固執していた。

このコラボで名を売れば、

こちらのファンも獲得できるからか。


(もしかして……

私に嫌がらせをし続けていたのは、

私の戦意を喪失させるため?)


何となく、次にオオカミンが

口にする言葉が予想できた。


【つまり……狼の言う実力負けというのは、

3D配信でカレンよりも目立って、

私の方が多く人気を

獲得するってことね】


【そうです。きっとそれがカレンに

とって最も嫌なこと。3D配信で

コメント欄とトイッターがネオさん

のことばかりになったら、カレンは純粋に実力負けをしたことになり、

何も手出しできないと思います】


それが今の自分に

できるのだろうか。

そう疑ってしまった。

だって、前も星野凛に負けて、嫉妬して、

シャイニングから逃げてきたのに。


カレンの実力は本物だ。

一緒に練習をしていて痛感した。


(そんな相手に………私が……)


【……そうよね。それが……

結局一番よね】


ネオはそう返答するしかなかった。


(やっぱり……)


カレンに敵うわけがない。

その気持ちは配信中の今も同じだった。


3D配信が始まり、40分が経過。

5曲目が終わり、6曲目に突入した。


ふとスタッフ側の方に目を向けると

畠山とマリアが心配そうに

こちらを見詰めている。


それもそのはずだ。

誰がどう見ても、カレンが目立っている。

歌唱力、演技、表情。

その全てで凌駕され、

こっちを飲み込んでくる。


初めはネオを言及する言葉が

多かったコメントも、今は

『カレン』という言葉が多い。


だが、こうなるのは当たり前だった。


その理由は事情を知っている

マリアと畠山の目には明らかだ。


カレンが踊る位置が毎回、

ネオよりも一歩前。

歌の主旋律もカレンが圧倒的に多く、

ネオはどちらかというと

ハモリに徹していた。


それも事情を知らない人からしたら、

違和感がない程度に。


対等に見えて、全く対等じゃない。

全てはカレンを目立たせるためのコラボ。


(私が……私がもっと……

カレンに負けないで、

反論していれば)



耐えるという選択肢を取っていたから、

なるべくカレンの機嫌を損ねないように

していた結果、こうなってしまった。


しかし、そう後悔してももう遅い。


6曲目が終わる。


残り……1曲……


「いや~最高っすね! 

ネオ先輩歌上手いし、ダンスも上手だし、

めっちゃ楽しいっす!」


そんな言葉を平然と言われる。


(……何が……世界一の

Vtuberになるよ……)


それはオオカミンとマリアに言った夢。

そして、シャイニングの顔と

呼ばれていたばかりの

あの頃の自分の目標。


『カレンちゃんも歌上手すぎ!』

『カレンの方が圧倒的に上手いww』

『初めてカレンさんのこと知ったけど、

今日でファンになったわww』


盛り上がるカレンとリスナーたち。

そして、取り残されるネオ。


(結局……私って……ほんと……)


そのとき、スタッフたちが

ざわめき出した。


「ふー間に合ったね」


ガタガタと車椅子の音と共に、

星野の小さな声が聞こえてくる。


(……え……なんで)


そこには入院中のオオカミンがいた。

車椅子に座ってこちらを見詰めている。


(まだ安静にしておかなきゃ

いけないはずじゃ)


驚きが隠せない。

それは隣にいるカレンも同様だった。


「は……」


カレンはぽかんとしたまま

口を開けている。


「ネオさん!!」


動揺して固まったままの

二人に星野が叫ぶ。


「突然ですけど、

3Dデビュー記念ということで

スペシャルゲストです」


コメント欄が星野の声に盛り上がる。


事前に次回の3D配信は星野と

オオカミンと告知しているから、

ここに星野がいるのは

何も不自然ではない。

リスナーたちは友情出演と

捉えられているだろう。


(スペシャルゲスト?

それってそこにいる狼?)


「あ、先に言っておきますけど、

スペシャルゲストって

俺じゃないですよ」


車椅子に乗っている

オオカミンはさらっと言った。

そのオオカミンの言葉に

コメント欄が更に盛り上がる。


『オオカミンじゃん!』

『事故ったって言ってたけど

大丈夫だったのか!』


「俺はスペシャルゲストを招いた側です。

苦労しましたよ。

畠山さん、マリアさん、

そしてシャイニング側の方にも

協力してもらったんです」


(シャイニング側も?)


見れば、確かにスタッフたちは

困惑しているが、シャイニングの

運営数人は何も動揺していない。

お偉いさんに話しは

通しているということか。


「ど、どうして……」


「そんなのネオさんに

自分の力を100%出してもらうためですよ。

ねえ! ゲストの方々!」






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