第57話 作戦

目が覚めると俺は病院にいた。


それから数秒、周りを見渡しながら

なぜ自分がここにいるのかと

不思議に思い、やがて、


「ネオさん!!!!!」


全てを思い出した。


「せ、先生!!! 健児さんの

意識が戻りました!!!」


隣にいたナースが慌てて

医者を読んでくる。


「おお、よかった。

動かないで。安静にして」


そう言われても体が動かない。

よく見れば首に何かを巻かれて

固定されていた。


なんか足もめっちゃ痛い。


やっぱり俺あのトラックに

轢かれたのか。

ネオさんは?


「あ、あの......俺ともう一人トラックに

轢かれた人いませんでしたか?」


「それは覚えているんだね。よかった。

記憶は正常のようだ。えっとね、

とりあえず、事故で重症を負ったのは

君だけだ。トラックの運転手も

大きな怪我はしてないし、

他に轢かれた人もいないよ」


てことは、助けられたのか。


「よかった......」


ほっとため息が出る。


それから医師に軽い検査を行われ、

絶対安静ではあるが、面会は許可された。


「健児さん! よかった!」


一番最初に来たのは畠山さんだった。

両親や親戚のいない俺のために

色々と面倒を見てくれていたようで、

面会が許可された瞬間に部屋に

入ってきた。


「すみません、畠山さん。

大事な時期なのにこんなことに

なっちゃって……3D配信は

どうなりました?」


「安心してください。

3D配信の方は予定通り行われます。

流石に健児さんと星野さんの

配信は、健児さんが万全の

状態になるまで

延期になりますが、今はそんなこと

心配しないでゆっくり体を休めて

ください」


俺はその言葉に不安になってしまった。

このままネオさんの3D配信を予定通り

行うのか?

理由は知らないけど、自殺しようと

してたんだぞ?

もうその問題は解決済みなのか?


「あ、あの……畠山さん」


「何ですか?」


「ネオさんは」


そのときだった。


「狼!!!!」


扉がガラッと開き、ネオさんが

大声を上げてマリアさんと共に

入室してきた。


あまりの声量にナースさんに

注意されている。


「ネオさん! よかった!」


ネオさんが無事なのを確認して

ほっと胸を撫で下ろした。


対して、ネオさんは顔を真っ赤にさせて

俺の元にずんずんと歩み寄り、力強く

俺の右手を握った。


「……ごめんなさい……本当に

ごめんなさい」


その震えた弱弱しい言葉と

疲れ果てた顔色で、彼女がどれだけ

自分を責めていたのか直ぐに理解した。


俺はその彼女の手を優しく握り返す。


「大丈夫ですよ、ネオさん。

無事でよかった……」


それからしばらく彼女は

自分を責めるように

泣きながら何度も何度も謝罪した。

そのたびに俺が慰める。


「お願いだから……もう二度と

あんなことしないで」


「それはこっちの台詞ですよ。

ネオさんもあんなことしないでください」


「……はい」


あのネオさんがこんなにも素直に

なるなんて。


それがおかしくて俺は

思わず笑ってしまった。


「な、なに?」


ネオさんが戸惑いながら訊ねてくる。


「いや、なんか怒られた子供みたい

だったんで。ねえ? マリアさん」


「……うん」


そのマリアさんの反応に

俺の思考は一瞬静止した。

いつも優しくてニコニコしながら

答えてくれる彼女が笑っていない。


よく見れば、目が充血している。

てっきり、俺が目を覚ましたから

嬉しくて泣いていたのかと思ったが、

この雰囲気からそうではないらしい。


「……何かありましたか?」


俺は思わずそう訊ねる。


すると、ネオさんとマリアさんは

渋い顔を浮かべた。

まるで、何かを隠しているかのように。


「そういえばネオさん……」


俺はもう我慢ができなかった。


「言いにくいのは

分かってるんですけど、

教えてほしいです。どうして

あんなことしたのか」


俺が眠っている間、ずっと自分のことを

責め続けていたであろうネオさんに、

こんなことを聞くのは駄目なのは

分かっている。

それでも知りたかった。


すると、ネオさんとマリアさんが

目を合わせる。


マリアさんが頷いた。


「……じ、実は」


その重たい口から出てきた

ネオさんとカレンの話は、

俺の想像を遥かに超えて辛く、

俺の心を抉った。


気が付けなかった。

真っ先に生まれた後悔と、

カレンに対する怒り。


だが、それよりも感情を乱していたのは

畠山さんだった。


そんなことが……と顔を

真っ青にしている。


加えて、ネオさんがこの話を他人に

しなかったのは、全ては

ブイライブのためだと知り、畠山さんは


「申し訳ございません!」


とその場で土下座して謝罪した。


「全てはネオさんとカレンさんの

関係を注意深く確認できていなかった

私の責任です!!! 

本当に申し訳ございませんでした!!

い、今すぐにシャイニング側に」


「やめてください!」


ネオさんが叫ぶ。


それをしてもシャイニング側はカレンを

守るしかないのはネオさんの話から

分かる。


「それをしたらブイライブと

シャイニングの間に亀裂が生まれます!!

私が……私が耐えますから」


確かに、カレンの悪行を

シャイニング側に密告しても、

あまりプラスにはならないかもしれない。


「いえ! 私はブイライブの社員です!

ブイライブのメンバーを守る義務が

あります。こうなってしまった以上、

ここはシャイニングとのコラボを

中止しましょう」


「そうしたら、Vtuber界隈で

孤立しますよ」


その言葉に畠山さんは押し黙る。

畠山さんだってブイライブを世界一の

事務所にしたいはずだ。

シャイニングと不仲になれば、その夢が

絶たれるのは理解しているはず。


「だから……耐えます」


そうネオさんは言った。

しばらく沈黙が流れる。


その間、俺はずっと

状況整理をしていた。


カレンというあの大学生。

親が大金持ちで、株主とかはあんま

よく分からないが、どうやら

シャイニングの社長よりも上の存在らしい。

つまり、シャイニングを操る裏ボス。


だから、シャイニング側に何を言っても、

シャイニング側はカレンの親の

圧力に負けて、彼女を守らざる得ない。


てっきり、シャイニングがブイライブを

潰しにかかってるのかと思っていたが、

どうやらそうではないらしい。


ということは、シャイニングは

ブイライブの味方ではないが、

敵でもない。

純粋にネオさんの予想通り、

話題性のある俺たちと

絡みたいだけのようだ。


だから、完全なる敵はカレンだけ。


そいつをどうにかすればいい。

ネオさんのことをこんなにも

苦しめたのだ。


同じくらい苦しめてやりたい。


でも、どうやって。

相手は資産家の子。

あの大手事務所シャイニングを掌握し、

性根の腐ったいじめっ子。


下手な事をすれば

俺も目を付けられて、

今後のVtuber人生、いやリアルの

生活にも支障が出る可能性がある。


何か上手い方法はないか?

カレンを苦しめらる方法は。


……思いつかない。

そもそも、こういうタイプは何をしても

理由を付けてやり返してくるはずだ。


だから、一番いいのは触れない事。

それこそネオさんの言う通り、

耐えればいい。


けど、それだとネオさんの

メンタルが心配だし、それに


「……俺はネオさんがこのコラボを

耐えきったとしても、

カレンが今後も何かしら嫌がらせを

してくると思います。

だから、それは意味がない」


その言葉にネオさんが顔を俯かせた。

そんなこと分かっていたのだろう。

一度目を付けられたら、壊れるまで

潰してくるのを。


「……じゃ、じゃあ……

私はどうすればいいの……

教えて……狼……」


「……」


どうすれば……カレンを

追い詰められる。


あいつの嫌がることは何だ?


冷静になれ。必ずあるはずだ。


必ず。


「オー君……助けて。私じゃ……

ネオンちゃんのこと

助けてあげられなかった」


マリアさんのその悲しげな言葉が

心に突き刺さった。


「確証はないんですけど、

一つだけあります。

今後、カレンがネオさんに

手を出せなくなる方法が」


「え?」


ネオさんが顔を上げる。


「俺の予想が正しければですけど、

これなら、カレンは文句をつけれないと

思うし、やり返してくる理由が

ないはずです。

そして、おそらくこれがカレンにとって

一番嫌な事だと」


「……どんな方法?」


恐る恐るネオさんが訊ねる。


俺はその単純な方法を教えた。


「……そうよね。それが……

結局一番よね」


ネオさんは自信なさげに、

力なく答えるのだった。









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