第56話 最強の敵

マリアの怒声にカレンは

ぽかんと口を開けたままだった。


その隙にマリアはネオンの前に立って、

カレンに睨みを利かせる。


「……あ~あ、聞いちゃってましたか」


冷静さを取り戻したカレンは、

じっくりとマリアを見詰める。


「これ以上ネオンちゃんに

近寄らないで」


そうマリアが警告した瞬間だった。


「なんすか。その口の利き方は」


ぐいっとカレンがマリアに詰め寄った。


その威圧にマリアは一歩

後退ってしまった。


「無駄な正義感振りかざすのは

勝手っすけど、あんた自分の

立場理解してんの?」


「……?」


「ほら、なーんも理解してない。

大変すね。こんな世間知らずが同期って。

ねえ? ネオさん」


カレンの視線はマリアから

ネオに移った。


それに気が付いたマリアは、

ネオを隠すように一歩歩み出る。


だが、


「マリアいいの。下がって」


ネオはマリアの腕を掴んでそう言う。


「私がちょっと失敗して、

そこを注意されてただけだから」


そんなの嘘に決まってる。

疲れ切った顔を見れば一目瞭然だ。


助けようとしても、その差し伸べた

手を握ってくれないネオにマリアは

困惑する。


「どうして……」


「どうしてって、そりゃ

上の立場の人に歯向かわない方が

いいからっしょ。ネオさんは

そこんとこ分かってるみたいですけど」


マリアはネオに視線を移す。

ネオは黙ったまま俯いていた。


「上の立場って……私たちと

シャイニングの貴方とは対等な

立場のはずです」


「あ~まじか。そこから理解

できてないんだ。馬鹿だな~。

世間知らずなのか、純粋なのか」


マリアの発言を嘲笑していた

カレンの瞳が、一瞬で氷点下に迫った。


「あんたら弱小とうちが対等なわけ

ねえだろ。身の程をわきまえろ」


恐ろしく冷たい言葉に、マリアの

膝が震える。


その弱弱しい反応をカレンは見逃さなかった。


「で? どうするんすか?

あんたに何ができるんすか?」


その問にマリアは唇を震わしながら、


「う、運営にカレンさんのことを」


「チクるんでしょ?

無駄ですよ」


「え……」


「だって、そんなことしたら

不利益になるはブイライブ側だし。

シャイニングと不仲になって

今後のVtuber業界生きていける

わけないでしょ。シャイニングがどれだけ

今のVtuber界隈のイベントを担ってるか

知ってるっすか? 

ストリマーのイベントもシャイニングは

必ず関与してますし。シャイニング側から

NGだされたら今後何のイベントも

出れなくなって終わるっすよ。

イベント主催してる企業は数字

持ってる方を優先しますんで。

そこを理解していないあんたと、

理解しているからこそ何もできなかった

ネオさん」


「で、でもシャイニング側の

運営に言えば」


「あーそれこそ無駄無駄。

隠蔽するに決まってるでしょ。

それとも何ですか? 

うちの運営が認めざる得ないほどの

証拠でもあるんすか? 

もしかしてさっきの録音?」


何も言い返せないマリアをカレンは

まじまじと見詰めて、


「なーんだ。てっきりそれくらいは

してるかと思ったのに、

それすら持ってない感じっすか」


マリアは違和感を覚えていた。

いじめの加害者側から証拠について

言及して来るなんて。

録音のことを言ったら、今度は相手が

常に録音しようと試みるのではと

不安にならないのだろうか。

まるで、録音の証拠があったとしても、

何の問題もないような様子。

それが不気味で仕方がない。


例え人気Vtuberでも悪行が

事務所内で発覚、または

隠し通せなくなれば、

最悪解雇の可能性もあるのに。


「ずっと必死に考えてるのバレバレっすよ。

何でこいつはこんなにも

余裕ぶってるのかって」


まるで心の中を読まれたかのような発言に

マリアは背筋が凍る。

何度も同じ経験をしているからなのか。

一体彼女はどれだけの人をこうして

いじめてきたのだ。


怒りと共に恐怖がわいてくる。


「あ~自己紹介のときに本名

名乗ってなかったし、

知らないのも無理ないか。

じゃあ教えてあげますよ。うちの名前。

うち……金剛寺怜子っていいます」


その発言をした瞬間、

ネオの表情が真っ青になった。


「金剛寺って......まさか......」


「さっすがネオさん。

そっすよ~。あの金剛寺翔大の娘っす」


マリアはその名に聞き覚えがあった。


確かその統率力とカリスマ性で、

若くして成功した経営者。

彼の自己啓発本が有名で

マリアも学校の図書館で

手に取った覚えがある。


しかし、なぜこんなにもネオが

震えているのか分からない。


「ネオさん。そこの世間知らずに

説明してあげてくださいよ。

あの人ピンときてないみたいなんで」


「......金剛寺翔大はシャイニングが

創業するときに多額の資金を

出資した株主でもあるの。

つまり......その彼の娘ってことは、

シャイニングの社長よりも権限を持ってる

可能性がある」


「素晴らしい説明ありがとうございまーす。全くもってその通りっす。うちがここでVtuberをやりたいって言ったら

シャイニング側は直ぐに首を

縦に振りましたし、言うなれば、

シャイニング自体がうちの執事みたいな。

悪く言えば奴隷っす。

うちの不祥事をチクってもシャイニングは

何もできないっすよ」


そして、カレンはマリアにぐいっと

近づいてこう言った。


「だから、言ったでしょ。

立場が違うんすよ。あんたらとうちじゃ」


その冷めきった表情にマリアは震え上がる。


「ど、どうしてそんなことするんですか。

私たちブイライブが貴方に

何かしたんですか?」


「 なーんもされてないっすよ。

ただの趣味ですから」


「え......」


「弱い立場のやつをいじめるの

楽しいんすよね。快感というか。

今までもそうやって遊びに遊んで

潰してきましたし。今回のその標的が

ブイライブだったって話です」


マリアは全く彼女の言っていることが

理解できていなかった。

楽しい? いじめられる側の辛さも

分からないくせに。


「ふ、ふざけな」


「あ?」


マリアの反論もカレンの威圧で遮られた。


「だから自分の立場をわきまえろって。

ちょっと人気者になったからって

調子のんな。あんたらはうちに屈服して、

うちが満足するで泣いとけばいいんだよ。

またうちに歯向かったら、今度は

問答無用であんたを消すぞ」


瞬間、カレンの冷たい表情が一変し、

微笑みに変わった。

ゆっくりとカレンの口元がマリアの

耳に近づく。


「知ってるんすよ。あんたが花屋の店を

経営してるの。あんな小規模な店、

うちの一声で廃業にだって

できますからね」


その言葉にぶるっと体が震えた。

ダメだ。あの店だけは。

自分を育ててくれた両親のお店なのだ。


それだけは......それだけは絶対に。


「ほら、謝罪しろよ。

ごめんなさいって。

うちに歯向かってごめんなさいって

土下座しろ」


マリアは体中が震えていた。


「マ、マリア......」


ネオが心配して声をかける。


助けに来たはずなのに。

何もできなかった。


(結局、私はあの頃から

何も変わってない......)


マリアはゆっくりと膝をつく。


その様子を口の端をつり上げなから、

カレンは嘲笑している。


(私はまた負けるの......?)


ゆっくりと視界が地面に近づく。


悔しさと、無力感で涙が

溢れてきそうだった。


「どげーざ。どげーざ」


愉快そうにカレンは手拍子する。

マリアの額と地面が5cm、3cmと近づく。


その時だった。


プルルルルルルルルルルル


ネオの携帯が鳴った。


マリアは顔を上げ、カレンは

つまらなそうに舌打ちをする。


ネオはカレンに怯えながら震える手で

電話に出た。


「はい、もしもし」


「さっさと切れよ」


カレンは不機嫌そうに呟く。


「はい......そうです。

今ですか? はい。行けます......

え!?」


マリアはネオの雰囲気が一変したのに

気がついた。

さっきまで死んでいた顔色に輝きが戻った。


(まさか......)


「マリア! 狼が目を

覚ましたって!!!!」


そう叫んだ彼女の目には涙が溢れていた。

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