第46話 約束

ライブが始まる前、ミルミルは

何度も深呼吸をして心を落ち着かせた。


なのに、やっぱり人の前に立つと

死ぬほど怖い。


でも、今日は逃げちゃいけないのだ。


「皆さん、私のライブにお集まり

いただきありがとうございます」


一度ゆっくりと観客席を見回す。


いた。


彼がそこにいてくれた。


「ほ、本当は私......こういうの

怖いんです。人前に立つの。

だから、昔、私は歌手になれないって

思ってました」


いつの間にか、こんなにたくさんいる

人々の中で彼だけを見詰めて話していた。


「でも、歌うのが好きで

諦めきれなかったんです。

そんなとき、

私にある言葉をくれた人がいました。

彼はたぶんもうその言葉を覚えていないと

思います。相手からしたら、そんなに

重要なことじゃなかったのかもしれません。

けど、いつか聴かせてよって......

そう言ってもらえたことは私の中で

本当に大切でした。

凄くこの言葉に助けられました。

くじけそうになって、諦めそうになっても

......頑張って私が有名になれば、

いつか彼の元に私の歌が

届くんじゃないかって。そう思えたから、

今私はここにいられるんです」


これで彼は気がついてくれるだろうか。


いや、気がついていなくてもいい。


「私はこの五日間とても幸せでした。

優しいパーティーメンバーに恵まれて、

たくさん遊べました。

たぶん一生忘れることない

思い出になったと思います。

そして、今このとき、この瞬間が

私にとって最も幸せな時間です。

ようやく約束を果たせます。

貴方に聴いてほしくて、

ずっと努力してきました。

どうか、聴いてください。

『勇気の翼』」


────────────────────


呼吸をするのも忘れていた。

それくらい魅了されてしまった。


こんな衝撃を受けた覚えは今までない。


俺も含めて、ここにいる全ての者が

彼女の虜になっていた。


(これが......ミルミルさんの実力......)


そういえば、ミルミルさんがさっき

言ってた話と、ミルクと俺の話が

凄く似てるな。


ミルクってネットで知り合った人だけど、

その人も歌手になりたいって言ってた。

だから、いつか聴いてみたいですって

言った覚えがある。


ミルクさんもミルミルさんみたいに

なってくれてたら嬉しいなって、

よくネットで名前を検索したりしてる。


ライブが終わり、大盛況の中、

ミルミルさんは舞台を降りた。


「オオカミンさん!!」


息を切らしながら真っ直ぐに

俺の元に駆け寄ってくる。


「凄かったですよ! ミルミルさん!

俺もう感動しちゃいました!」


「本当ですか!

よかった...........................

そ、それで.....その......」


「なんですか?」


「え......い、いや......そ、その......

覚えてないんですか?」


「......え?」


「気づいてないんですか?」


「な、何をですか?」


そう訊ねると、ミルミルさんが

黙り込んでしまった。


や、やべ......なんかヤバイこと言ったかな。


そう不安になったそのときだった。


「ど、ど、どうして

忘れてるんですかあああ!!!!」


凄まじいミルミルさんの大声が

ライブ会場に響き渡る。


「え、ちょミルミルさん!?」


「オオカミンさんが

言ってくれたんですよおおおお!?

私の歌聴いてみたいって!!!!」


「......へ?」


「本当に覚えてないんですか!?

聴いてみたいって言ったの!!!」


「い、いや......

言った覚えはありますけど......

ミルクさんって人に」


「そのミルクって人が私です!!!!

私がミルクですううう!!!!!」


その言葉に一瞬俺の思考は停止した。


ミルミルさんがミルクさん......?


「う、嘘......だってミルクさんと

話してたのは昔やってた

のんびりファームっていうゲーム上で」


そのとき思い出した。


たしか、ミルミルさんと

初めて会ったあの日、

ミルミルさんに聞かれたではないか。


のんびりファームをやっていたかと。


そのゲームを俺はオオカミンって

名前でやっていた。


なら、そのゲームで知り合いだった人は、

同名の俺がそのときのオオカミンだと

気づくはず。


それに、ミルミルって名前!

ミルクにめっちゃ似てるじゃん!!


性格もこんな感じだった。

今思えば確かにミルクと共通する

ところが多い。


「だ、だから言ったんです!

貴方に聞いてほしくて、

頑張ってきたって!

な、なのに! オオカミンさん

全然気づいてないじゃないですか!!!」


「なになに?」


「めっちゃミルミルさん怒ってない?」


「あのオオカミンって人何したんだよ」


ヤバイ。めっちゃ注目されてる......


「す、すみません......そういう経験俺にも

あったなって思ってたんですけど、

まさかその彼ってのが俺だと思わなくて」


「こんな経験がそうそうある

わけないじゃないですか!!!」


「いやもう......本当にその通りです......

すみません」


それからミルミルさんに

十分ほど叱られた後、

全部吐き出してすっきりしたのか、

ミルミルさんは次第に落ち着いてきた。


「ご、ごめんなさい!

急に怒ったりして」


「い、いや俺の方こそ気がつかなくて

すみません」


「ほ、本当は気がついてもらえなくても

いいって自分で思ってたんです。

けど、オオカミンさんが本当に

これっぽっちも気がついてなかったので、

.........あのときの思い出は.....

オオカミンさんにとってどうでもいい

ことだったんだなって悲しくなって......

そしたら段々悲しみが怒りに変わって......

色々と言ってしまいました」


「なるほど」


「......ごめんなさい。

最後の最後で雰囲気壊してしまって......

ああ......時間巻き戻したい......

やり直したい......」


「いや。やり直す必要ないですよ。

寧ろ、ミルミルさんが怒って、自分がミルクだって言ってくれてよかった」


「え?」


「ミルミルさんはあのときのことを

どうでもいいことだと俺が思ってるって

言ってましたけど、それは違います。

俺にとってもミルクとの思い出は凄く

印象に残ってますよ。

だって、今でもネット上で

『ミルク 歌手』って検索してますから。

ミルクが夢を叶えてないかなって」


「ほ、本当ですか?」


「はい。これは嘘じゃないです。

本当です。

むしろ、ミルクのことを忘れる方が

難しいですよ。あんなにキャラ

濃かったですもん」


ピリついていた雰囲気を緩和させようと、

笑ってそう言った。


しかし、またミルミルさんから返答がない。


また怒らせたかな......


「よかった......」


しかし、それは杞憂だった。


彼女はほっと安堵交じりに

そう言ってくれた。


「だから、あのときの約束は

もっと前に果たされてたって

ことなんですね。

俺もミルミルさんの歌は聞いたことが

ありますから。けど、改めて、

今日聞けてよかったです。

本当に努力してきたんだなってのが、

凄く感じ取れました」


「......へへ、えへへへ」


すると、上機嫌バージョンの

ミルミルさんが戻ってきてくれた。


「オオカミンさんのために、

努力してきたんですよ?

感じ取ってくれてないと困ります」


トクン


あ、あっぶね!

あの内気なミルミルさんが

一瞬だけ小悪魔的な声でそう囁いてきた。


危うく恋に堕ちるところだったぜ!


俺はご機嫌に照れる

彼女に惚れすぎないように、

ゆっくりと深呼吸をするのだった。



────────────────────

ここまで読んでくださり、

ありがとうございます!


作者のモチベーションに繋がりますので、

面白いと思ってくれた方は、

是非とも【レビュー】【スター】【いいね】

の方をよろしくお願いします。




































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