第25話 約束

あれから一週間が経った。

先週は面白CMのパロディを

二本撮り終わって、今は残りの恋愛映画の

ワンシーンを撮っているところだ。

現在、水曜日。来週の文化祭のための

リハが今週の金曜日にある。

その日までに映像を完成させて、

文化祭実行委員の人たちに上映できるか

審査してもらうのだ。


つまり、作業できるのは今日と明日だけ。


衣装や小道具ができるのに時間がかかり、

最後の撮影がギリギリになってしまった。


「健児! これはどうするんだ?」


「あーそれもうちょい右に置いて。

じゃないと、

カメラのフレーム内に入らない」


「けんちゃんこれはここでいい?」


「うん。そこで大丈夫」


そして、毎回撮影に携わっていた俺は

いつの間にかクラスに指示を出す

監督係になっていた。


「うわっやば~

この衣装映画のまんまじゃん!

クオリティ高すぎ!」


衣装係に衣装を着させてもらった

星野さんが鏡の前に立っている。


その声に視線を移すと、その美しさに

釘付けになってしまった。


バラの刺繍がされた真っ白なドレスが

良く似合っている。

それに加えてあのスタイルの良さ。


ほんとにモデルなんだなと

クラス中が見惚れていた。


いかんいかん!

集中しなければ。

最近、寝不足で気を抜くと

ぼーっとしてしまっている。


「ういーす」


「この衣装でいいのか?」


すると、この学校で一位、二位を

争うイケメンの武田と吉田が衣装を着て

教室に入ってきた。

それにクラスの女子たちが騒ぎ出す。


今回の撮影内容はこうだ。


三角関係である二人の男がヒロインを巡って

争い、最終的に一方の男がヒロインと

キスをするというシーン。


ちなみに、ヒロインと結ばれる役を

演じるのがチャラい武田。

負けるのが真面目系の眼鏡の吉田。


「ねえ武田君が星野さんとキスするの

やばくない!?」


「ね! 私もう心臓バクバクなんだけど」


後ろにいる女子たちがこそこそと

興奮している。


キスね……



俺は先週のことを思い出していた。


「なあ、お前ってさ。

星野と付き合ってんの?」


それは二本目の面白CMを撮影し

終わった後。

俺は演者側だった武田に呼び出された。


「……は?」


「いやだってさ、この前星野からお前の

住所聞かれたんだよ。

理由聞いても教えてくれなかったしさ、

最近星野はお前とよく話してるし」


「ああ……そういうこと。

付き合ってないよ」


「あ、そうなん? だよな~

ありえないって思ったわ。

ならいいよな」


「何が?」


「俺と星野がキスしても」




何であのときの俺は返答を

躊躇ってしまったのだろうか。


「やばっ! 星野めっちゃ可愛いじゃん!」


「アハハ! でしょ!?」


演者である二人が楽しそうに

談笑している姿にスマホを向ける。


「二人ってほんとお似合い……

見てるだけで癒される~」


後ろの女子の言葉に同意だ。

こうして見ると、本当に二人は

ベストカップルだ。


その思いとは裏腹に何故か

心がもやもやする。

直視したくない。


俺は嫉妬しているのか?


俺なんかが。


冷静に考えてみろ。


星野さんは俺を推しと言っていたが、

それはオオカミンというキャラクターが

好きなのだ。


俺じゃない。


勘違いをするな。

辛い思いをするのは自分だぞ。

このまま静観しているのが

自分に合っている。


本来であれば、話すことすらできない。

そんな人なんだ、星野さんは。


「健児?」


後ろにいた南君の声にはっとする。


気が付けば、もう撮影の準備が

整っていたようだ。


後は俺の指示を待っていたらしい。


「も~健児君しっかりしなよ」


星野さんがそう笑う。


全く、誰のせいでこんな余計な事を

考えていると思っているんだ。


「じゃあ、まずは初めに――」


それから一時間ほど経ち、いよいよ

ヒロインと主人公が結ばれる

最後のキスシーンが来た。


「じゃあ最後にこのシーン撮ります」


俺はパソコンで映画を流して、

二人に説明する。


「……分かった」


気のせいだろうか。

星野さんの返事が少し低く

聞こえた気がした。


「撮ります。3……2……1」


俺の合図と共に二人の演技が始まる。


武田はこの映画を予習してきたようで、

しっかりと演技ができている。


「本当に俺でいいんだな?」


「……うん、私は貴方を選んだの」


普段の星野さんからは

想像のできないほどの

色っぽい声が教室に響く。


気が付けば、廊下には二人の演技を覗き込む

生徒達で溢れていた。


武田が星野さんの腰に手を回して

抱き寄せる。


お互いの顔が近づくにつれて、

外にいる女子たちの興奮しきった

声が少し聞こえてくる。


これくらいなら動画内に

入らないだろうから問題ないのだが、

これなら外に「静かに」と

注意の看板を置いておけばよかったな。


そう思いながら、スマホに視線を

戻したときだった。


主人公を見ているはずのヒロインの視線が

一瞬だけこちらを向いていた。


いや、違う。

あの視線は……スマホじゃなくて、

それを持っている俺に

向けられていたような。


勘違いか?


「やばいやばい」


「武田君と星野さんがキスしてる」


正直に言うと、俺はそのとき目を

閉じてしまっていた。


女子たちが興奮している中、カメラ役の

俺はそのシーンを見たくなくて、

一瞬だけ目を閉じた。


情けない。心の中では強がっても、

結局は星野さんがキスするのを

見たくなかった。


まあ、俺が見てようが見てまいが、

二人がキスしたのは事実。


「……星野」


だが、武田は少しだけ悲しそうな

表情を浮かべていた。


「お疲れ~楽しかったね! 武田!」


対して、星野さんは笑みを浮かべる。


「あ、ああ……そうだな」


武田は必死に笑い返していた。


何かあったのかと思っていた俺の元に、


「どれどれ?

ちゃんと撮れてるか見せてよ」


星野さんが俺の持っていたスマホを

タップした。


撮影した動画が再生される。


「あ……」


気が付いてしまった。


星野さんは武田とキスする直前、

武田の顔の角度をバレないように変えて、

カメラから二人がキスをしているのか

分からないようにしていた。


「お! めっちゃよく撮れてるじゃん!

南っち! どう?」


「おお! いいな!

十分じゃないか? なあ、健児」


「……え、あ、そう……だね」


「じゃあ、これで撮影は全部終わりだね!」


星野さんのその声にクラス中が盛り上がる。


お疲れ様と互いに言い合っている。


それからしばらくクラスの皆と

小道具や衣装の片づけをして、

それが終わると部活、バイト、

帰宅する者などで散り散りとなった。


俺もこのまま帰宅したいところだが、

バスの都合上、あと三十分ほど

待たなければならない。

この時間が勿体ないし、ちょうど

シオリさんから貸してもらっている

ノートパソコンがあるから、

編集でもするか。


俺は夕日の差し込む、

誰もいない静かな教室で

編集作業に取り掛かった。


その直後だった。


「オオカミン」


その言葉に肩がビクッと跳ねた。


もう振り返らずとも、誰か分かる。


「……さっき友達と帰ってなかったけ?」


「うん、けど、南っちが、

健児君が教室に残ってたって

言ってたから戻って来た」


ガタガタと星野さんは

椅子を引いて隣に座る。


「おりゃ」


謎に人差し指で頬を突いてくる。


「な、何?」


「意地悪してるの。

止めてくれなかったから」


「何を?」


「キス」


その返答に体が静止した。


「あたし目で訴えかけてたけど、

気が付かなかった?」


「見てはいたけど……

あれそういう意味だったのか。

そんなに嫌だったの? 

武田とキスするの」


「うん。オオカミンには

見られたくなかったな」


そのはっきりとした言葉に

再び俺は静止する。


「てっきり止めてくれるかなって

期待してたのに……

オオカミンはあたしが男とキスしてても

何とも思っていなかったってことなんだよね」


「……」


「……ぷっ……」


「何で笑ってるの」


「実は見てたよ。

あたしがキスするとき、オオカミンが

目を閉じてたの」


「……」


「アハハ! やばっ! 耳真っ赤じゃん!」


「……う、うぜえ」


「あ、オオカミン怒っちゃった」


「怒ってない」


「怒ってないの?

じゃあ、何で目を閉じてたのか

説明してよ」


「……」


「ちなみに、あたし武田と

キスしてないよ。

寸止め。

どう? 嬉しい?」


「……」


「あらら、また黙っちゃった。

まあ、その反応見れて満足したし、

許してあげるよ。

その代わりさ……」


「その代わり?」


俺はパソコンから星野さんに視線を移す。


彼女は頬杖を突いて、こちらの顔を

覗き込みながら、少し頬を

赤らめてこう言った。


「あたしと……文化祭回らない?」



────────────────────

ここまで読んでくださり、

ありがとうございます!


作者のモチベーションに繋がりますので、

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