第10話 猫の勇気

ようやく石城先輩に追い付いたのは、

彼女を追いかけて五分後だった。

人目を避けようと裏路地に逃げ込み、

袋小路になっているとこに

たどり着いてしまったようで、


「こ、来ないでくれ!!!!

こんな私を見るな!!!!!」


膝を抱えて俯きながら、石城先輩は

そう叫ぶ。


逃げることは観念したようだ。


「石城先輩」


「......なんだ。

馬鹿にしに来たのか。

笑いに来たのか。

気色の悪い話し方だったと」


彼女は涙声で震えながらそう言った。


俺はそんな石城先輩の前に腰を下ろす。


「そんなこと思ってないですよ。

あと、これ。鞄。忘れてましたよ?」


ようやく石城先輩は顔を上げた。

見たこともないほど、幼い顔に見えた。

駄々をこねた子供のように

鼻水をすすりながら、


「あ、ありがと......」


と鞄を抱き抱える。


「もういいだろ。

一人にしてくれ」


石城先輩は再び俯いて黙り込む。


気持ちは分かる。

どんな経緯があれ、

自分の違う一面を他人に知られるのは

恥ずかしいことだ。

それが現実の自分とあんなにも

かけ離れていれば尚更。


ここで帰るわけにはいかない。


俺は隣に腰を下ろした。


「一人にしろと言っただろ......」


「悪いけど無理ですよ。

泣いてる石城先輩置いていけません」


「......泣いてない」


涙声なんだが......


「まぁ......気持ちは分かりますよ。

俺も自分がVtuberやってるって

知られたときは、石城先輩みたいに

動揺しましたし」


「......知られたことがあるのか?」


「はい。とあるクラスメイトに」


「......どうだった?」


「キモがられた」


「やっぱり」


「と思ってました」


「え?」


石城先輩はようやく顔を上げた。


「めっちゃ喜んでくれたんです。

俺がそのVtuberだって知って」


「な、何故だ!?」


星野さんは推しだからと言っているが、

なんで俺が推しなのかは聞いていない。

結局、知らないのだ。


「なんかオオカミンのことを

好きだったかららしいです」


「なら尚更、悲しんでしまうのではないか?

推しのVtuberのリアルなど

見たい人はあまりいないだろう。

ギャップもあるし、幻滅するに

決まっている」


「俺もそう思ってました。

でも、なんかそのギャップが

好印象だったっぽいです。

あのとき、俺はその意味が

分からなかったんですけど、

今日ようやく分かった気がします」


「どういうことだ?」


「そのギャップも悪くないってことです。

つまり、俺は黒猫クロネの

中の人が石城先輩だと知って、

もっと黒猫クロネのことが

好きになりました」


「..................は!?

な、な、な、何を意味の分からないことを」


「けっこういると思いますよ。

真面目な石城先輩があんな可愛い声で

話してたって知って好印象を受ける人は。

ギャップ萌えってやつです」


「ギャ、ギャップ萌え!?

わ、私はそんなんじゃ」


「いや、これは俺の私見なんですけど、

可愛い系の女性が可愛いことやるより、

カッコいい女性が可愛いこと

やってる方が半端なくドキドキする

と思うんですよ」


素直に言って、今顔を赤らめてる

石城先輩普通にめちゃ可愛いです。

本人に言ったら殴られそうだから

言わないけど。


「そ、そういうものなのだろうか......?」


「はい。逆もまた然りです。

可愛い仕草の人が急にカッコいい

感じになったら、心にくるものがあると

思います。

配信でやってみたらどうですか?

きっと反響いいと思いますけど」


「い、いや! それだけはダメだ。

あちらの世界の私は、私の理想なのだ。

可愛い声で、可愛い喋り方で」


り、理想......


まぁそれは人それぞれだから語尾に

にゃんついてても、

俺はいいと思うにゃん。


「そんな私がこんな話し方になったら、

きっと嫌われる。私はこの話し方が

嫌なのだ。男っぽい性格も。

だから、私は今の自分を隠していたい」


正直、俺はこの人の過去を知らない。

だから、自分を嫌っているという考えを

否定はできない。


「どうせ、健児もこの私が嫌いだろ?

怖くて、厳しくて。いつも

怖がっているではないか」


石城先輩は苦笑しながら、力ない声で

そう言う。


けど、否定はできないが、

俺も自分の意見は言える。


「確かにそうです。

石城先輩が怖かった」


「ほらな」


俺は思い切り石城先輩の両肩を掴んだ。


「けど、それは俺の理解が

足りていなかっただけです。

先輩がこんな考えを持った人だと知っていれば、クロネのようなキャラに憧れていると

知っていれば、捉え方は違ってきます」


「な、何を」


「つまり、今の石城先輩は何も

怖くありません。むしろ、乙女みたいで

可愛いと思います」


「か、可愛い!?

わ、私が!?」


「今日の配信で素で話してみてください。

今の思いを視聴者にぶつけてみてください。

そしたら、俺の言った意味が分かると

思います」


「し、しかし」


「完璧なキャラを被り続けているより、

その人の素を知れた方が

きっとファンも増えると思います」


「私の素......」


「そうです。正直、昨日のクロネは

ずっと仮面を被ってるみたいで、

ちょっと変でした。

何考えてるのか分からなくて。

だから、ありのままの自分で

やってみるのもありかと」


「......」


石城先輩は返答しなかった。

ただ肯定も否定もせずに立ち上がり、

ゆっくりと一人で帰っていったのだ。


────────────────────


同接 60人


俺ごときが言えたことではないが、

登録者の数に対してこれは少ない。


きっと、俺と同じようにクロネの

素が分からずに、遠ざけてしまっているのだろう。


俺は願った。


配信が始まり、クロリス達のコメントが

流れ出す。


「み......皆」


その声は石城先輩だった。


「こんばんは」


その一声を出すのに、どれだけの

勇気が必要だっただろうか。


「今日は私のクロリスに

話したいことがある」


『誰!?』

『え!? クロネなん??』


「そうだ。これが本当の黒猫クロネだ」


それを言うのがどれほど

怖かっただろうか。


「み、皆......今まで騙すようなことをして、

本当にごめんなさい」


クロネの声は震えていた。


「私は自分が嫌いで、自分とは全く

違う者になりたかった。だから自分を偽り、結果的に大好きなクロリスを騙して

しまっていた。

登録者を解除してもらってもかまわない。

どんな怒りのコメントも読む」


きっとクロネはこんなコメントが来ると

思っていたのだろう。


こんなのクロネじゃないと。


だが、現実は違っていた。


『めっちゃ声カッコいいじゃん!』

『その喋り方個性あっていいと思うよ!』

『何となくキャラ被ってるなとは

思ってたw』

『俺はどんなクロネでも応援するよ』

『そっちの方が我輩はすこ』


批判のコメントなど一つもなかった。


「な、なんで......怒らないのか?

騙したのだぞ?」


『別に騙したとかじゃないでしょ笑

俺たちに夢を与えてくれてただけ』

『頑張ってるのすごく伝わってきてたよ』

『むしろ、本当の自分見してくれて

ありがと!』

『前のクロネも今のクロネも好きだぜ』


「みんな......!」


リアルでは馬鹿にされるような

性格でも、こちらのネット社会では

それが個性があると思われる。


自分が認めていなくても、

そんな自分を認めてくれる人がいる。

それがリスナーというもの。


その後、クロネはリアルの口調で改めて

自分の視聴者と雑談した。


本当の自分の価値観と性格。

そして、どうして今日素の自分を

見せようとしたのか。

さすがに俺の名前は出てこなかったが、

友人から素の自分を見せることで

好きになってもらえることもあると

言われたからと説明していた。


ピコン。

デスコに通知が入る。


『ありがとう』


それは石城先輩からのメッセージだった。


数日後、黒猫クロネの固定ファンは急増した。なんでも、罵られたいというリスナーが

増えたとか。


同接は200から1500にまで増え、

今では紺々キツナと肩を並べるほどの

Vtuberになっているらしい。



────────────────────

ここまで読んでくださり、

ありがとうございます!


作者のモチベーションに繋がりますので、

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是非とも【レビュー】【スター】【いいね】

の方をよろしくお願いします。

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