第9話 逃亡

「ど、どうしたんですか......?」


その日、バイト先に到着すると、


「石城先輩」


石城茜先輩の様子が変だった。


なぜかめっちゃ睨んでくるのだ。

何か俺ヤバイことしたか?


「い、いや! 別に何でもない!」


この前からずっと何かに

動揺しているようだ。


慌てて視線を剃らして別の作業に移る。


な、なんなんだ?


時刻は21時になり、バイトを上がる時間になった俺は控え室に入った。

なんか今日の石城先輩いつもより怖いし、

さっさと帰ろ。


ささっと着替えて、バックに制服を

詰め込み、


「じゃあ石城先輩。お先に失礼します」


ドアノブに手を伸ばした。


「健児!!!!」


「は、はい!!!」


石城先輩が突然、大声を上げた。

びっくりして振り返る。


「ど、どうしたんですか......?

な、何か俺しました?」


どしどしと歩み寄ってくる石城先輩に

俺はもうお手上げだった。


「ち、ちが」


「すみません!

石城先輩を怒らせたのにそれに気がついてないってのが問題ですよね!

本当にすみませんでした!

以後気をつけます!

許してくだ」


バンッ!

何かが顔面に押し付けられた。


「違うと言っているだろ......」


ゆっくりと目を開くと、

可愛らしい袋に入れられたクッキーが

突き出されていた。


「え......これ」


「そ、そ、その......何て言うか......

これはお礼だ!」


見れば、石城先輩はいつもの毅然とした

態度からは想像できないほど、

頬を赤らめて、恥ずかしそうに

目を泳がしていた。


「日頃のお礼だ!

いつも健児は一生懸命

に働いてくれてるからな!

あと、日頃私はお前に対して少し

きつく当たってしまっているから......

だから、それに対する謝罪の意味も

込めている......」


「え......え......」


「こ、困惑するだろ。

突然こんなことをされて。

だが、受け取ってほしいんだ。

じゃないと、私の気が済まない」


「う、嘘......い、いや......そんなはず」


「ど、どうした? そんな顔をして」


不思議そうに石城先輩は俺の

顔を覗いてくる。


いやいやいやいやいや!

ありえないだろ。

だって、石城先輩だぞ?

こんな男っぽい喋り方で、

きりっとした顔立ちなのに。


けど、このクッキーもそうだし、

共通点が多すぎないか!?


それになんか今の石城先輩の表情が、

いつもの冷たい石城先輩とはまるで

違う。

どこか乙女っぽい。


「う、嬉しいです。

石城先輩がそんなこと

思っていてくれてたなんて。

これ、ありがたく頂戴します」


「そうか! よかった」


そう言って、石城先輩は

満足げにくるっと背を向けて、

帰りの支度を始めた。


今だ。


「なぁ、クロネ!」


「ん? なんだにゃん?」


石城先輩は信じられないほど

可愛らしい声を作って、振り返った。




時が止まった。


「う.........そ......」


呆然とする俺に対して、石城先輩は

目を見開いたまま立ち尽くしていた。


そして、ゆっくりと背を向ける。


「健児。今日のお前の反省点なのだが、

お客様にお辞儀をした際、腰の曲がり具合が足りていなかった。だから、あと」


「なかったことに

してんじゃねぇよ!!!!!!!」


俺がそう突っ込んだ瞬間、

石城先輩が飛びかかってきた。


「ダアアアアアアアアア!!!!!

違う! あれは違うんだ!!!!

あれは血迷っただけというか、

私のペットの名前がクロネって

名前で、思わずペットの意思が私に憑依したというか」


「意味が分からないですよ!

もう言い逃れできないですって!

あんな可愛い声出したんだから!

黒猫クロネのVtuberって先輩

なんでしょ!?」


石城先輩は耳まで赤らめて、

胸倉を掴んでくる。


「な、な、な、な、なぜお前が

そのことを知っているんだ!

私は誰にもVtuberなどやってる

と言ったことないのに!!!」


「俺の声に聞き覚えありませんか!?」


「健児の声?」


「昨日、聞いたはずですけど」


「......昨日......? ......ま、まさか」


石城先輩の顔は真っ青になった。


「そうですよ。

俺がオオカミンです」


「............健児が.........オオカミン」


幽霊でも見たかのように、

俺の胸倉から手を離して

後退していく。


「ということは、私のあの話し方も......

語尾も.....お前に対して話していたことも......全部聞いていたということ......か?」


「......そうです」


次の瞬間、石城先輩は脱兎の如く

逃げ出した。



────────────────────

ここまで読んでくださり、

ありがとうございます!


作者のモチベーションに繋がりますので、

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