第4話 ソル姉! 隊商が戻って来たってよ

「ふわぁ、眠くなってきた」


 二人にいろいろと相談ができて、今日はほんとよかった。でも、時間はそろそろ午後の11時。さすがに寝ないと体がもちそうにない。


「もう? ……樹ってほんと夜が早いよな」


「だって、あっちでは朝日とともに起きているんだよ。こっちでもそれが習慣になってるから、どうしても目が覚めちゃうんだって」


 ソルの世界はとにかく朝が早い。時計というものが無いから日の出とともに一日が始まる。だから夜はすぐに眠くなっちゃうんだ。


「わかった。早速みんなで手を繋いで寝ようぜ」


 ピッタリとくっつけた三つの布団の真ん中に、僕を中心にして三人が集まる。


「海渡、繋いだ?」


「はい、もう何があっても樹先輩とは離れません! 竹下先輩はどうですか?」


「俺もがっちり繋いだ。さて、これでどうなるかだ」


 僕の両手は竹下と海渡の手に握られた状態だ。

 しばらく寝返りを打てそうにないな……まあ、いいか。さて、


「もし、行けちゃったらいけないから確認するけど、テラはいつ死ぬかわからない世界だよ。二人はほんとにいいの?」


 盗賊だっているし、女の人はいつ犯されるかわからない。だから、ソルは万一のために婦人用の薬を飲んでいる。そうしないと、不幸なことが起こってしまうかもしれないから……


「もしじゃなくて、俺たちは行くの! なあ、海渡」


「はい、僕もソルさんの世界でお手伝いをしたいです!」


「わかった。僕も二人には来てほしい。待ってる。それじゃ、竹下お願い」


「りょ!」


 竹下が照明のリモコンを押すと部屋は暗闇に包まれ、僕は両手に二人の体温を感じながらいつのまにか眠っていた。






〇(地球の暦では5月4日)テラ



 ちゅん、ちゅん……


 ん、朝だ……隣は……弟のテムスだ……竹下と海渡は……いないな。

 そういえば、二人がこっちに来たらどうなるのかな……

 いきなり現れるのかな……

 それとも全く知らない人になるのかな……

 合言葉を決めといた方がよかったかも……


 起き上がり、ぐっと一伸び。木窓からうっすらと明かりが漏れてきている。今日もいい天気になりそう。


「ん、ううん」


 隣の布団がもぞもぞと……


「ふわぁ、ソル姉、おはよう」


「おはよう、テムス。顔を洗って馬小屋に行こうか」


「はぁい」


 テムスと一緒に井戸へと向かい、釣瓶つるべを使って井戸から水をくみ上げる。


「自分でできる?」


 釣瓶から水を移した二つの桶のうち一つをテムスに渡して、顔を洗うように促す。


「できるけど、つ、冷たい……」


 テムスは水の入った桶に手を入れて、ぴちゃぴちゃとしているけど顔に全くかかっていない。冷たいから形だけで終わらそうとしているんだ。


「ほら、目ヤニが付いているんだからしっかりと洗おう」


「わ、わかったよ」


 渋々顔を洗うテムスを見ながら、私も自分用の桶の中に手を入れる。

 うっ、思ったよりも冷たかった。テムスに言った手前、自分がやらないわけには……意を決して顔を洗う。


「はい、ソル姉」


 先に顔を洗い終えたテムスが、羊毛で織られた生地の端切はぎれを渡してくれた。


「ありがとう」


 うーん、やっぱり水気がすっきりと取れない。羊毛だとふき取りがいまいちなんだよな。秋になったら綿花が収穫できるから、それで綿の生地を織って……


 おっと、仕事しなくちゃ。


「テムス、行くよ」


 テムスと一緒に井戸から少し離れた馬小屋へと向かう。


「ねえソル姉、起きた時に何か探してたでしょう? もしお化けだったら、僕、怖いんだけど……」


 お化けか……お化けでもいいから来てくれないかな。


「友達がいないかなって思ったんだ」


 馬たちが一晩使って汚れた寝藁ねわらけながら答える。


「友達ってチャム姉のこと? 春に隣の村に行ったじゃん」


 チャムは、ミサフィ母さんのお姉さんのサチェおばさんと隊商の隊長のセムトおじさんの娘で、一つ年上のいとこだ。同姓だし年も近かったから仲がよかったんだ。

 暦がないこの世界では春の中日(春分の日)にみんなが一斉に年を取る。チャムはその日にこの村で結婚できる16歳になったので、東の山向こうのタルブク村のセムトおじさんの実家に嫁いでいった。お相手はチャムのいとこで15歳のエキムくん。

 実はこの結婚、ギリギリまで予定どおりに出発できるかやきもきしたんだよね。というもの、この世界における結婚できる条件は村々で異なっていて、年齢だけのところのあれば生殖できることが条件のところもある。カイン村は年齢だけ男は15歳、女は16歳以上なんだけど、タルブク村では男も女も13歳以上で尚且つ生殖できることが条件。つまり、男の人は精通してないといけないし女の人は生理がきてる必要があるということだね。チャムの方は生理がきてて問題なし、でもエキムくんの方が去年の秋の段階で精通がまだで、もしかしたら結婚が遅れるかもとなっていたんだ。

 それが、春になって雪が溶けタルブク村との街道が通れるようになり、セムトおじさんのところに届いた知らせを見せてくれたチャムの顔はほんとに嬉しそうだった。幸せになってほしいよね。


「チャムとは別の友達かな」


「そんな人いたっけ? この村にソル姉と年が近い人はもういないよ。みんな村の外に行ってるじゃん。変なの。早く終わらせてごはん食べよう。もうペコペコだよ」


 私の小さい頃、流行病で子供が何人も亡くなったらしい。だから、私たちに近い年代の子供ってあまりいないんだ。


「私もペコペコ、早く終わらせよう」






 カラカラカラカラ……


 昼の仕事を済ませたあと、部屋に戻ってできたばかりの糸車を回す。

 糸車の先に繋がれた紡錘車ぼうすいしゃには、私の手から伸びた羊毛の繊維が絡み合い、次々に糸となってつむがれている。


 これは、これまで糸を紡ぐには紡錘車を手で回すしかなかったこの世界を変えるかもしれない画期的な物。竹下と海渡と一緒に調べて、私がこの世界にもたらした初めての形。


「ソル姉、隊商が戻って来たって。連れてって!」


 部屋にテムスが飛び込んできた。

 戻ってきたということはセムトおじさんたちだ。あのことを聞かなきゃ。


 テムスと一緒に向かった広場では、カイン隊(カイン村所属の隊商)の人たちが他の村から運んできた品物を所狭しと並べていた。昨日は別の村の隊商がバザールを開いていたんだけど、今日も多くの村人が集まってきている。普段、他の村に行くことがほとんどないこの世界では、隊商の人たちが運んできてくれる物が外の世界を知る唯一の手段といってもいいと思う。たぶん、毎日隊商が来たとしてもみんな集まるんじゃないかな。


「あれ何だろう……僕、行ってくる!」


「テムス!」


 あーあ、行っちゃった。

 テムスは、昨日畑仕事で来られなかったから仕方がないか。盗賊のことは心配だけど、ここには隊商の人たちもいるし、周りは知り合いばかりだから大丈夫だろう。


 さて、セムトおじさんは……

 きょろきょろと辺りを見わたす。どこ? 誰かと商売をしているのかな……


「やあ、ソル。来てくれたのかい」


 後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。


「おじさん! お帰りなさい!」


 振り返ると優しい顔のおじさんがいつものように微笑んでいた。


 セムトおじさんはベテランの行商人で、カイン隊の隊長さんだ。この世界のことは何でも知っている……というのは言い過ぎかもしれないけど、よく知っているのは間違いない。この前も私が頼んでいた綿花の種を見つけ出してくれた。ほんと頼りになる存在なんだ。


「おじさん、父さんが話があるって」


 昨日聞いたことが本当かどうか確かめなきゃ。


「そうか、私もタリュフに話があるんだが、どこに……」


 おじさんは周りを見渡している。


「父さんは診察があるからジュト兄と家にいます」


 今日は患者さんが来ていて、父さんは診療所を出ることができなかった。父さんから、おじさんに話があると伝えてくれと頼まれていたんだ。


「そうか、それなら行商が終わり次第そちらに行くことにしよう。そのように伝えて……いや、ソルには先に紹介しておいた方がいいのか。ユーリル! コペル! ここに来てくれ」


 ユーリル? コペル? 誰?


 おじさんの声に導かれ、茶色い髪に茶色い瞳の私と同じくらいの背の高さの少年と、こちらではほとんど見かけない白い肌に青い瞳を持ったブロンズ髪の美少女がこちらに向かってきた。

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