第3話 な、何ですかその世紀末のような世界は

「ねえ、竹下。ここは?」


 もうちょっとで今日の分の勉強が終わるけど、詰まっちゃったな。これ、どうしたらいいんだっけ?


「(3x+y)+(x-y)i=11+iか……えっと、iが付いてない前とiが付いてる後ろで分けるんだよ」


「あ、3x+y=11とx-y=1の計算をしたらいいんだ」


 竹下は手で丸印をした。


「ありがとう!」


 これがわかれば簡単だ。竹下ってほんとすごい。高二の問題なのに完璧。将来は東大に行けるかも。


「樹せんぱーい。ここ教えてください」


 はいはい、海渡に教えるのは僕の役目。


「どれどれ……前漢の武帝の命を受け張騫ちょうけんさんが行ったところか」


「張騫……それってソルのいる辺りじゃなかった」


「うん、張騫さんは立ち寄ったみたいで目的地はもっと南だったよ」


「ソルさんのところは大宛だいえんです。ということはこの問題の答えは大月氏だいげっしです!」


 海渡も高校の内容を始めている。これも竹下が僕たちを引っ張っていってくれるおかげかな。


「そうだったな。武帝の大宛攻略は名馬を求めてだったけど、ソルのところはやっぱりいい馬が多いのか?」


「いい馬かどうかは分からないけど、育てている人は多いよ」


 ソルの住んでいる場所が出てきたから、ついでに説明しちゃおうかな。さっきも少し話したけど、ソルは地球とはたぶん違う時空にある地球とよく似た星テラにいるみたいなんだ。なぜわかったかって、それは、夜に見る月が地球の月と全く同じで、満ち欠けのタイミングも同じ。だから最初は地球のどこかと思って調べてみて、行商人や旅人から聞いた地形を元にこちらの地図で調べて出てきたの場所が中央アジアのフェルガナ盆地だった。ここは地球では国境線が入り組んでいて珍しい場所なんだけど、そこの東側のキルギス領ジャララバードのさらに東にソルが住んでいるカイン村があるみたい。ただ、地球で見たその場所の衛星写真には、カイン村には存在しないきれいな道路が整備され、車が通り、僕の知らない家が立ち並んでいたんだ。

 なら、次は時代が違うのかもって思って調べてみたら、どうも同じ時代みたいだった。というのも、地球の天文予想でソルの住んでいる場所あたりで流星群が見えるという日に、テラでも流星群が予想通りの時間に見えるからね。

 そこで、竹下たちと考えた末に出てきた答えが、何らかの理由で別れてしまった片方が僕がいる地球で、もう片方がソルのいる世界だということ。そして、僕はそのどちらの世界にも存在することができる特別な存在なんじゃないかって。


「よし! 俺は終わったぜ」


「僕もいいかな」


「終わりましたー。樹先輩、早くあっちのこと話してください!」


「工房だったね。その前に相談したいことがあるんだ。聞いてくれる?」


 二人に昨日テラで隊商の隊長から聞いたことを伝えた。些細なことでも二人には知っててもらいたいんだ。そうすることで解決策が見つかることがあるから。


 ただ、今日の話はちょっとしたことではないんだけど……


「水が……ソルの村は大丈夫なのか?」


「うん、うちの村は今のところ変わりないよ。川も普通に流れている。でも、遠くでは水源が枯れちゃっていくつかの村が住めなくなったんだって」


 隊商の隊長さんが言うには、原因は分からないけどカインの遥か西で川がいくつか枯れたって。そしてそのあたりが、元々雨があまり降らないところだったらしくて一気に水不足になったみたい。

 でも、カインのあたりは大丈夫なんじゃないかな。周りを高い山に囲まれていてその山々の頂上には一年中雪が積もっているし、川の水はその雪解け水だからね。余程のことが無いと枯れないと思う。


「原因がわからないのか……地下水脈の流れが変わったのかな。それで隊長はどう言ってたんだ?」


「村を捨てた人たちの中に、盗賊になった者たちがいるようだから気を付けろと……」


「盗賊ですか! ソルさんって、武術の心得ありましたっけ?」


「そんなの無いよ。というか、僕に無いのにソルにあるはずないじゃん」


 朝になると僕はソルに切り替わる。体は女の子になるけど知識や経験はそのままなので、なにかの術を会得えとくしていたらそれはどちらの世界でも使えるはずだ。


「警察は……いなかったですよね」


「いないいない。盗賊が来た時は村の人が協力して追い返すしかないよ」


「……もし、追い返しきれなかったときは?」


「男の人は殺されちゃって、女の人は死ぬまでおもちゃにされるんじゃないかな」


 男でも僕くらいの年なら……


「な、何ですかその世紀末のような世界は」


 何ですかと言われてもそういうところなんだから仕方がない。


「なあ、樹。村の人たちは強いのか?」


「うーん、どうだろ。男の人たちはある程度は戦えるはずだけど、隊商の人たちがいてくれた方が安心だね」


 隊商は行商人の集まりで、村々を巡り色々なものを売り歩いている。移動中に盗賊が襲ってくることもあるから、腕に覚えがあるものでないと隊商には入れないんだ。


「ソルのお父さんは村長むらおさだろう。自警団を作ってというのはどうなの?」


「盗賊が来た時にはタリュフ父さん(ソルのお父さん)が中心になって戦うけど、訓練までは難しいかな。みんな危険なのはわかっているけど、いざとならないと動かないんだよ」


「こうなったら樹先輩がこっちで必殺技覚えて、あっちの盗賊をやっつけるしかありません!」


「必殺技……どこかに確実に相手を殺せる技を教えてくれるところがあればいいんだけど、スポーツの技じゃ意味がないんだ」


 タリュフ父さんからも隊商の隊長をしているセムトおじさんからも、相手に情けを掛けたらいけないって言われている。そうしないとこっちがられてしまうから。


「人殺しの技。戦国時代ならまだしも現代日本では難しそうだな……」


「うん、でも身を守る方法を知っていてもいいかもしれない。何か考えてみるよ」


「僕も調べときます!」


「それで、工房の話を聞かせてくれるか。どうなったか気になるんだけど」


「ああ、そうだったね。工房の建設は――」


 ほんと、二人がいてくれてよかった。自分一人で考えなくてすむだけでもありがたいよ。





「それでさ、さっきの話の続きなんだけど」


 工房の話が終わったタイミングで竹下が話しかけてきた。


「さっき?」


「お風呂のこと。俺さ、ぼんやりとだけど、こうしたらいいんじゃないかって方法を思いついているんだ」


「マジで! 早く教えてよ。テラでもお風呂入りたい!」


 テラの生活も慣れちゃえばなんてことないって言ったけど、お風呂が無いのだけはさすがに辛いんだ。夏場は水浴びで済ませられるけど、外に置いた水に氷が張るような冬場はさすがに無理。


「いや、それができるかどうか現地を見ないとわからないから、何とかしてあっちに行く方法ってないかな?」


「色々試したけどダメだったじゃん」


「はい、この前は三人でシンクロして踊ってみましたけどダメでした」


 うん、楽しかったけど、何も起こらなかったね。

 テラと竹下たちが繋がる方法があるんじゃないかって、思いつくことを何でも試しているんだけどなかなか結果が出ないんだよなぁ。


「たぶんやり方を間違っているんだよな……」


 というか、正解ってあるの?


「樹はさ、朝起きたらあっちの世界に行ってんだろ。その時のこっちの体はどうなってんだっけ?」


「よくわからないけど、寝ているんだと思う」


「途中で目が覚めたら?」


「寝てすぐの時は移動してないね。でも、数時間寝た後はもうあっちで一日過ぎてた。その後寝直して、朝、目が覚めてもこっちのままだったよ」


「……一日に一度、熟睡したタイミングで切り替わるのかな。その時に樹に繋がっていたらいいのかも。……よし、今夜はみんなで手を繋いで寝てみようぜ!」


 確かにこれまで手を繋いで寝たことは無いけど、そんなことで行けるようになるのかな?

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