第11話 み、水かけ? これ全部!?

 畑についた私たちは、さっそく作業を始めた。


「ユーリル兄、こっち!」


「へぇー、小屋まであるんだ」


「うん、作業道具を置くためと急な雨の時の避難場所にね」


 二、三人が退避できるようにちょっと広めにしている。雨なのに入れなかったらかわいそうだもん。


「なるほど、だから屋根まで。それで、俺の仕事は何?」


「私が畑を見て回っているから、その間テムスと一緒に水かけしてて。それが終わったら薬草を収穫して、今日は終わりだよ」


 ジュト兄から婦人薬が切れかかっているって言われたから、今日はそれ用の薬草を収穫して帰る予定。


「み、水かけ? これ全部!?」


 ユーリルは柵で囲われた畑を指さした。


「今日は四分の一だけ。毎日区分けして撒いているんだ」


 全部撒けたらいいんだけど、広くてそれは大変なんだ。


「四つある畑の一つってこと? それでも結構な広さだよ」


 畑はだいたい10メートル四方の広さのものを四つ作っていて、そこにそれぞれの薬草の相性や時期を考えて育てている。


「水はどこから……もしかして川じゃないよね」


 にやりと笑い、ユーリルが指さす方を同じく指さす。


「ほんとにあそこなの……結構距離があるじゃん。とほほ、今日の帰りは歩けないかもしれないよ」


「ほら、終わらないと帰れないよ。つべこべ言わずに働く!」


「俺、大変のところに来たのかも……」


 心配しなくてもこの世界、どこに行ってもブラックだよ。でも、そうしないと生きていけないんだから仕方がない。


「ユーリル兄、はい」


 テムスは、小屋から天秤棒てんびんぼうと二つの桶を取り出してユーリルに渡す。


「これ、何?」


「こうするんだよ」


 テムスは、天秤棒の両端に紐が付いた桶を吊るして川まで向かう。


「ほら、ユーリル、ボケッとしてないでテムスについていって」


 ユーリルは、見よう見まねで天秤棒を担いでテムスのあとをついていった。

 この天秤棒は、水を運ぶのに困っているって言ったら竹下がこういうのがあるよって調べてくれて、私がこっちで作ったものなんだ。村の人には教えているけど、ユーリルが住んでいたところまでは広まっていなかったみたい。


 さてと、私は私でやるべきことをやらなくちゃ。


 私は柵を新しく広げたところに向かう。ここには、セムトおじさんから探してもらった綿花を植えているんだ。綿花の栽培は村の人にもお願いしているけど、私も作ってみないとよくわからないからね。


 芽はまだだな。ついこの前、種を撒いたばかりだし……えっと、やり方を間違ってないよね。オーガニックコットンを作っている人から教えてもらった方法でやっているから、大丈夫だ……よね……

 うぅー、心配だよぉ。早く芽が出ないかな……


「はぁ、はぁ……はぁ……水……水、持って来たよ」


 天秤棒を担いだユーリルが、ふらふらになりながらやってきた。


「ありがとう……大丈夫?」


「ち、ちょっと休憩させて……」


 私の隣に座り込んだユーリルから水が入った桶を受け取り、綿花の種を撒いた場所にパシャパシャと満遍なくかけていく。


「そんな感じでいいの? バシャーっといかないんだ」


「うん、乾燥しない程度でいいんだって」


「ふーん、ここは何を植えてるの?」


「綿花」


「綿花? ……ああ、コペルに話していたあれか。俺はこういうのやったことが無いから新鮮」


 なるほど、遊牧民だから栽培とか珍しいんだ。


「これから手伝ってもらわないといけないから覚えてくれるかな」


「もちろん。そのためにここに来たん……」


「あー! ユーリル兄、さぼってる!」


 川から戻ってきたテムスがユーリルに詰め寄ってきた。


「さ、さぼってない。休憩しただけだって」


 二人が仲良くしているのを見るのは微笑ましいんだけど……


「テムス! 桶を下ろしてからやりなさい!」


 テムスは天秤棒を抱えたままユーリルとじゃれているから、水が撒き散らされている。このままだと綿花畑が水浸しだ。


「ごめん、ソル姉! ほら、ユーリル兄も謝って、ソル姉、怒ったら怖いんだって」


「お、俺もなの? ごめん」


「はいはい、もういいから早く終わらせよう。日が暮れちゃうよ」


「「はーい」」







 婦人薬のはこれくらいでいいかな。あとは……


「あ、そこの薬草は葉っぱだけ摘んで」


「こ、こう?」


 本当にユーリルは畑仕事するの初めてなんだ。枝を折っちゃわないか、恐る恐るやっているよ。


「ソル姉、これくらいでいい?」


 テムスが見せてくれたかごの中には、三分の一くらい薬草が入っている。これにここにある薬草を入れたらちょうどいい感じ。

 よし、今日の仕事は終わり。


「お疲れ様。薬草もこれくらいでいいよ。そろそろ戻ろうか」


 日も結構傾いてきたから、帰ったらちょうどいい頃だと思う。


「や、やっと……もうだめみたいだから、テムス、帰りは俺の代わりにお願いできる?」


 ユーリルは馬を指さしている。


「いいの!」


 テムスは一人で馬に乗れるけど、三人乗りは初めてのはず。心配になってユーリルを見ると、任せとけというような顔をした。もしかして、テムスに経験を積ませるためにやってくれているのかな。


 薬草を入れた籠を馬に括り付け、三人で馬に乗り込む。来た時と同じ順番で乗っているけど、手綱たづなを握っているのはテムスだ。ユーリルはそれをジッと後ろから眺めている。


「いくよ。はっ!」


 テムスの合図で栗毛の子が動き出す。


「お、いい感じ。そのままゆっくりな」


「走ったらダメなの?」


「三人乗っているからなー。止めといたほうがいいと思うぜ。もし走って、ソルを落としたらどうする?」


 ユーリルの肩越しにテムスが身震いするのが見えた。

 私ってそんなに怖いのかな……


「ゆっくり行くね」


 今の速度は人が歩くよりも少しだけ早い感じだ。


「ありがとう、ユーリル」


「俺も兄貴からこうやって教えられたからな。テムスは弟も同然だから今度は俺が教えてあげるんだ」


 うちの村のほとんどの人は馬に乗れるけど、遊牧民ほどの腕前となると数えるほどしかいない。だから、こんなふうに教えてくれるのは本当に嬉しいし、助かる。セムトおじさんによると、盗賊に襲われたときも馬の腕前ひとつで生き残れるかどうか決まることがあるらしいからね。


「ところでソル、水やりなんだけど何とかならないのかな。時間がかかって大変だよ」


「何とかって、どうしたらいいの?」


「わ、わかんない……うー、俺に知識が欲しいよ」


 薬草畑については竹下たちに聞いてみたことがあるんだけど、見てみないと何とも言えないって言われている。私が現状を上手く伝えることができたらよかったんだけど、せめてこちらにメジャーや水平器があればなあ……





 それから数日間、ゴールデンウィークが終わった地球では中間試験に向けた準備で忙しい日を過ごし、テラでは工房の建設や薬草畑の世話を三人でやったりしていたんだけど、ユーリルがカイン村に来てから十日目のことを私は一生忘れることができないと思う。

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