第9話 一頭に三人?
「おはよう、待った?」
待ち合わせ場所に行くと、すでに竹下が来ていた。
「おはよう、俺も今来たとこ」
竹下は朝早く目が覚めたみたいで、僕の散歩に付き合っていいかって聞いてきたんだよね。
「さすがに海渡はいないか」
「いや、あいつも早く起きてたぜ。ただ、今日は大口の仕出しの注文が入っているらしくて朝から家の手伝いだってさ」
総菜屋の息子の海渡は、小さい頃からお店の手伝いをしていてなかなかの料理の腕前だ。今日も戦力の一人として駆り出されたんだろう。
心地いい風が吹く川沿いの道を竹下と共に歩く。いつも一人だったから、他の人と歩くのはちょっと変わった感じがして、わくわくするよ。
「今日は、朝早かったんだ」
「うん、目が覚めちゃってさ。……あのな、樹。俺、たぶん半分テラと繋がってんじゃないかって思うんだ」
「そうなの!?」
「ああ、昨日と同じように今日の夢も樹から聞いた風景ぽい場所だったし、それをぼんやりとだけど延々と見続けるんだ。朝から海渡も電話でそう言ってたから、たぶんあっちの俺たちの目を通して見えてるんだと思う」
すごい! 二日続けて、それも二人とも同じように見ているのなら、本当に繋がっているのかもしれない。
「ただ、夢の中の出来事だからこっちからは何もできないし、たぶんあっちの俺もこのことに気付いてないと思う。樹とソルのように、俺たちが完全に繋がるには何かが足りないんだ」
「どうする? 今日もうちに泊まって手を繋いでみる?」
連休は明後日までだから、泊るのはかまわない。
「俺んちさ、今日からゴールデンウィークの最終日までイベントなんだよ。特に今日は子供の日だろう。子供たちを呼んで着せ替え写真館をやることになってて、衣装の片づけとかで夜遅くまでかかると思うんだ」
竹下の家は呉服屋さんだから、休日も何かと家の手伝いがあったりするんだよね。
「そっか……次、泊りに来れるのは来週の土曜日?」
「かな。海渡にも話しておくよ。それで、昨日は何があったの?」
「えっとね……!」
「な、何も無かったよ。うん、何も無かった」
「あ。や。し。い! 白状しろ!」
「あはは、や、やめて。脇は弱いんだって」
散歩の間、僕は幾度となく襲ってくる竹下のこしょこしょ攻撃を逃れながら、なんとか秘密を守り通すことができた。
〇(地球では5月6日)テラ
「お、重たい……」
朝食を終えた後、私とユーリルとコペルの三人は工房建設現場の近くで日干しレンガ造りに勤しんでいる。
「ユーリルの甲斐性なし。ソルの方が役に立つ」
「だって、これまでやってた仕事、そんなに力を使わなかったし……」
あれ?
「ユーリルって隊商宿(行商人と旅人用の簡易宿)で働いていたって言ってなかった? 薪割りとか結構重労働だよね」
この前の身の上話の時にそう言っていたはずだ。
「その宿にはそれ専門の人がいてさ、俺はその人の仕事取るわけにはいかないから、もっぱら掃除とかいろんなものの修理とかやってたんだ」
なるほど、他の人の仕事取ったら恨まれちゃうか。
「でも、ここの男手はユーリルだけ。もっと気合を入れる」
コペル、容赦がない。
「わ、わかってるよ」
「今日はお昼まででいいから、あと少し頑張って」
午前中いっぱい水を含んで重くなった粘土を型に入れていく作業を続け、ある程度レンガを並べたところで空を見上げる。
お日様がそろそろ真上か……
「ありがとう。午後は別の作業があるし、今日はこれで終わりにしよう」
「や、やっと……助かった。ねえ、ソル。これ、いつまでやるの?」
私たちの前には200個くらいのレンガの元ができているけど、これだけじゃ全然足りない。
「少なくともあと50日は必要だね」
村の人から工房を作るには10000個くらいレンガが必要と言われているから、途中雨が降らなければそれくらいでできると思う。
「そ、そんなに……村の人は手伝ってくれないの?」
「レンガが揃って建物を作るときには手伝ってもらえるけど、それまでは私たちで頑張らないといけないんだ」
村の人が手伝ってくれたら、たぶん半分くらいの時間でできると思う。でも、すでに綿花の栽培を頼んでいるから、レンガ造りまでお願いするのは気が引けちゃう。
「とほほ。仕方がないか……それで、午後の作業って何?」
「ユーリルには薬草畑の世話を手伝ってほしいんだけど、いいかな?」
「いいけど、薬草畑って何?」
「うちって薬師でしょう。薬を作るための薬草の一部を畑で作っているんだけど、手入れが必要なんだよね。それを手伝ってほしいの」
「ふーん、コペルは?」
「コペルは裁縫がしたいんだって。母さんもそれでいいって言っていたから、お願いするつもり」
「へぇー、そうなんだ。コペルは何を作るの?」
「みんなの冬用の服。今から準備しないと間に合わない」
「ほんと! それは助かる。俺、冬服が着れなくなってて、どうしようかって思っていたんだ」
ユーリルの身長は私と同じくらいだから、たぶん160センチはないと思う。着れなくなったということは、去年はもっと背が低かったということかな。
「私には糸車という強い味方がある。なんだって作れる」
おおー、それは楽しみだ。
「私は行く。二人は二人で頑張る」
「コペル、今日はありがとう」
コペルはよほど裁縫がしたいのだろう、駆け足で家へと戻っていった。
「えっと……二人っきりでいいの?」
私と一緒にコペルを見送ったユーリルが不安そうな顔で聞いてきた。
「もちろんダメだよ」
カイン村では、結婚前の男女が誰の目にもつかないところで二人だけになることは禁止されている。
「え、じゃあ、どうす……」
「ソル姉! ユーリル兄! お昼過ぎたよ!」
テムスが手を振りながらこちらに向かってやってきた。
「テムスも一緒か、よかった」
ユーリル、ホッとした顔をしているよ。
だよね。いきなり女の子と二人っきりになって、それを村の人に見られてここにいられなくなったらって不安になっても仕方がない。
あーあ、テムスったらいきなりユーリルに飛びついて……お、上手くあしらったぞ。ユーリルに弟はいないみたいだったけど、隊商宿に年下の子がいたのかな……
「それで、畑は近いの?」
テムスにまとわりつかれながらユーリルが尋ねてくる。
「山の入り口にあるんだ。歩けないこともないけど、馬にしよう。でも、一頭しか借りられないから、ユーリルが操ってくれる?」
私もテムスも馬に乗れるけど、ユーリルは遊牧民の出身だって言っていたから馬の扱いはうまいはず。
「……一頭に三人?」
「ごめんね。うちに馬が二頭しかいないから、一頭は急患があった時のために残しておかないといけないんだ」
三人でもみんな体が小さいから乗ることはできるだろう。
「わ、わかった。久々だけど何とかやってみる。すぐに出発?」
「薬の量を調べなくちゃいけないから、それが終わったらすぐに。二人は馬小屋で待ってて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます