第7話 体を拭いて待ってなさい

「ソル、これ?」


 今日から私たちの部屋になる空き部屋に到着したコペルは、隅に置いてある赤色の絨毯に興味を示した。


「父さんが、この前来た隊商から買ったんだ。邪魔かな?」


「邪魔ちがう……」


 何だろう。じっと見ているよ。そんなに気になるのなら……


「広げてみようか。手伝って」


 コペルと一緒に巻いてある絨毯を床にころころと転がす。

 うん、やっぱりものがいい。元々敷いてあるものよりも肌触りが断然違うよ。結局母さんにバレちゃって父さんは怒られちゃったけど、これはいい買い物だった。


「ねえ、コペル、これ……」


 顔をあげると、コペルは絨毯の端のしつけを手で確認しながらうんうんと頷いていた。


「どうしたの?」


「これ、私が作った」


「うそ!」


 そんなことって……そういえば、コペルは西の村から来たと言ってたな。昨日の隊商は、確か西のコルシあたりが本拠地だったはずだ。そこで買ったとしたら、あり得るのか。


「売ったの?」


 コペルはうんと頷く。


「い、いくらで」


 コペルは手を5と広げた。

 3倍か……でも、隊商の人はそれくらいとっても仕方がないよ。命をかけて移動しているんだから。


「出来上がるのに、時間がかかったんじゃないの?」


「うん、でも好きな事だったから、いつの間にかできてた」


 コペルって、これだけのものをいつのまにか作っちゃうんだ……すごい子がうちに来ちゃったかも。


 大事な絨毯を汚さないように丸めて片づけていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。


「ソル姉、入るよ」


 部屋に入ってきたテムスとユーリルは、私の荷物と布団を抱えて……あっ!


「ゴメン、取りに行くつもりだった」


「いいよ、あと一回で終わるから」


 荷物を置いた二人は再び部屋を出て行った。

 元々私とテムスの部屋だったところにユーリルとテムスが住み、空いていた反対側の角の部屋に私とコペルが移動することになったから、みんなで引っ越し作業をしようとしていたんだけど、赤い絨毯の話で忘れてた。


「ソルさん、これは?」


「ソルでいいよ、ユーリル。そこに置いてくれるかな」


 再び現れたユーリルに布団の置き場所を指示する。


「ここだね。あとは?」


「あとは……」


 何かあったかな……


「はい、ソル姉」


 おっと、大事なもの。糸車。


「ありがとう。二人とも、もう大丈夫だよ」


 じゃあねーと言って、テムスとユーリルは自分たちの部屋に戻っていった。


 さてと……


「……それ?」


 コペルの視線の先には、テムスが運んでくれた糸車がある。


「糸を紡ぐ機械だよ」


「機械?」


 見せた方が早いか。

 テムスが運んでくれた荷物の中にあったほぐした状態の羊毛を手に取り、糸車についている紡錘車ぼうすいしゃに絡ませる。


「紡錘車をどうする??」


「まあ、見てて」


 糸車というのは、紡錘車と大きな丸い車輪のようなものを紐で繋いで連動させ、車輪を回すことで紡錘車を回すというものだ。

 私が車輪を回す。すると、紐で繋がっている紡錘車が回り、羊毛が自動的に巻き取られ、糸が紡がれる。手で紡錘車を回すより何倍も早く糸を紡げるから、これまで夜遅くまで糸を紡いでいた女の人の作業の軽減に役立つはず。


「早い! すごい! ちゃんとできてる!」


 あはは、コペルもこんなに喋れるんだ。それだけ気に入ってくれたのかな。

 竹下たちと相談して作り方を調べ、手先が器用なジュト兄に頼んで作ってもらって、母さんとセムトおじさんの奥さんで母さんのお姉さんのサチェおばさんに初めて見せた時も同じ反応だったんだよね。


 これまでこちらの世界で糸を紡ぐには、紡錘車を使って手で紡ぐしかなかったから、当然時間がかかっていた。どの家でも、家族の衣服の分の糸を用意するだけでも夜遅くまでかかっていたはずだ。うちだってそうだったし。

 もし、糸車がこの世界で普及したら糸を紡ぐために使っていた時間が短くなり、その分他の仕事ができるようになる。きっと生産性が向上するはずだって、竹下たちと話し合った。ほんとこれからが楽しみなんだ。


「私もする」


「いいけど、疲れてない?」


「平気」


 コペルはそういうと私から糸車を取り上げ、見よう見まねで糸を紡ぎ出した。






「ねえ、もう寝ようよ」


「こうするともっと糸が丈夫に……」


 この短時間で糸の撚り方をマスターしつつあるコペルはすごいと思うけど、さすがにもう寝ないと明日が大変だよ。


「ダーメ。明日にしようよ」


 コペルを何とかなだめ床に就かせる。

 ふぅ、今日も濃い一日だった。あ、そういえば竹下と海渡のこと忘れてた。誰も様子がおかしい人がいなかったから、たぶんこっちに来れなかったんだよね。明日、あっちで聞いてみよう……






〇5月4日(木祝)地球



 ちゅん、ちゅん

 ん、朝だ……時間は……6時か……二人は……寝てるな。手は……外れてる。


 まだ早いから二人とも起きないよね。先にいつものように散歩に行ってこようかな。


「う、うん? ……朝?」


 あ、起きた。


「おはよう、竹下」


 竹下はキョロキョロとあたりを見回している。


「……樹がいる。おはよう。ふわぁー、良く寝た」


「もう、起きるの? まだ早いよ」


「うん、もう十分。そういえば……なんか夢を……」


 え、何? 何を見たの?


「ん、ふああー、あっ!」


 起き抜けに海渡が抱きついてきた。


「おはよう、海渡」


「おはようございます。んー、樹先輩の匂いですぅ」


 に、匂いってどういうこと、もしかして臭いの?


「どれどれ……んー」


 竹下まで……


「やめてってば……そ、そんなに匂う?」


「いえ、いい匂いですよ。ねえ竹下先輩」


「ああ、俺は好きな匂いだぜ」


 そ、そうなんだ。なんだか恥ずかしいな……あっ!


「竹下、さっき夢って言っていたけど、もしかしてテラに行けたの?」


「テラ……そうか、手を繋いで寝たんだ。なんか夢を見たような気がするけど、ぼんやりとしか覚えてない。つまり、残念ながら俺はいけなかった。海渡は?」


「僕もよくわからない夢を見ましたが、樹先輩のようにあっちの人にはなれませんでした」


 そうか、二人ともいけなかったんだ……残念だな。


「それじゃ、そろそろ離れてくれないかな。トイレに行きたいんだけど」






「そこ右ね」


 早く目が覚めた僕たちは、朝の散歩に出発した。


「川に向かうんだ」


「うん、いつも川沿いを歩いている」


 毎朝、日の出と共に起きる僕は、天気がいい日は朝ごはんの前に散歩に行くのを日課にしてる。家の近くの川に設置された遊歩道をぐるりとすると、すがすがしい気分になる。


「ところで樹先輩、テラで変わったことは無かったんですか?」


「あった! 聞いて!」


 二人にユーリルとコペルが来たことを伝えた。


「へぇ、ソルに新しい家族ができたんだ」


「うん!」


「お聞きしましたところ、そのお二人は年齢的に竹下先輩と僕と一緒なので、物語なら絶対その二人って僕たちですよね」


 物語ならそうかもしれないけど、これは現実だからそんなにうまくいかないよ。


「それだと、海渡は女の子だぜ」


「僕はどっちでも構いませんよ。テラに行けるのならね。樹先輩でも女の子をやれているんだから、僕だって上手くやって見せますよ」


 僕ってうまく女の子やれているのかなぁ……いまいち自信がない。


「しかしなあ……夢の内容をハッキリと思い出せないけど、どうもテラのような気がするんだよな」


「僕もそんな感じがします。なんか周りは草原っぽい感じでした」


 ソルが住んでいるところは放牧が盛んで、馬や羊をたくさん飼っている。だから周りは牧草地だらけ。


「二人はテラと繋がったってこと?」


「わからん。でも、可能性はあるかもしれないということは分かった。また、挑戦しようぜ!」


「了解です。絶対に行ってやります!」


 うん、僕も二人に来てほしい!





〇(地球の暦では5月5日)テラ



 翌朝、カイン村で目覚めた私は、さっそくコペルと一緒に台所まで向かう。

 これまでやっていた馬の世話はテムスとユーリルの担当になったから、私とコペルは朝ごはんの準備を手伝わないといけないんだ。家族が二人も増えてお母さんたちだけじゃ大変だもんね。


「おはよう! 母さん、ユティ姉!」

「おはようございます」


 母さんとユティ姉はすでに台所にいて、野菜の皮むきをしていた。


「おはよう。二人とも、よく眠れたかい」


「コペルが糸車を離してくれなくて大変だった」


「あれはいい物、仕方がない」


 私たちは皮むきが終わった野菜を切りながら答える。


「あはは、あれは本当に便利なものだからね。村のみんなも欲しがってしまって大変なんだよ」


 最初の糸車ができた日。母さんと一緒に糸車を使ったサチェおばさんが村の人に話しちゃって、そんなにすごいのなら私も欲しいとなるわけで……かといってジュト兄が村人の分の糸車を作ることはできないから、それ専用に工房を作ることにしたんだけど、父さんからやり始めたのなら最後まで責任もってやりなさいと言われて、私が責任者をやることになってしまったのだ。でもその代わり、工房のことはある程度なら私の好きにしていいみたいだから、他に作りたいものができたらそれも作ろうって思っている。


「みんなが欲しがって当然。私も五つは欲しい」


「それは多すぎ」


 私はコペルの頭を小突く。


「二人とも仲良しになったね。あとはコペルがこっちに慣れてくれたら安心だ。コペルはもううちの子供なんだから、わからないことがあったら何でも聞くんだよ」


「はい」


 コペルは嬉しそうに頷く。


「お義母さん、せっかくコペルも来たことですし、二人にあの事を教えてはどうでしょうか?」


 あの事?


「そうだねぇ……年頃だし、早いってことは無いか。よし! ソル、コペル、今日夜に部屋にいくから体を拭いて待ってなさい」


 体を拭いてって……何をされるの?

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