第6話 まだ……それは恥ずかしいこと?

「うん、膜はあるし、ここもきれい。もう服を着てもいいよ。一応聞くけど、男の人との経験は?」


「まだ……それは恥ずかしいこと?」


「恥ずかしくは無いよ。この村ではそれが当たり前だから」


 この世界の貞操観念は住んでる場所によってまちまちで、カインはかなり厳しい方だと聞いたことがある。西の方では結婚までにできるだけたくさんの人とやって相性のいい人を見つけるとか、兄妹や叔父姪とかもOKとかいうところもあるらしい。

 それに、セムトおじさんがコペルは孤児だと言っていたから、そういうところの出身ならいろんな人と経験してて、病気を持っているんじゃないかって心配していたんだ。


「そうだ、コペルは生理は来てるの?」


「来てる。ソルは?」


「私もこの前来た……辛かったりしない?」


「ちょっときついときがある」


「それならさ、薬があるからそれを飲んでみて、生理も軽くなるし、万一の時も安心だから」


 地球で竹下たちと話したように、テラの治安はよくない。カインは盆地の奥で田舎だし、村の人たちもしっかりしているから比較的安全なんだけど、それでも女の子が一人で出歩かないように言われている。旅人はたまに通るし、山の中に連れ込まれでもしたら何をされるかわからないからね。望まない妊娠をしないためには必要な事なんだ。


「お、服も着たね。それじゃ戻ろうか」


 私はコペルと一緒に居間へと向かった。





 ドアを開けると、ユーリルがホッとした表情でカルミルを飲んでいるのが見えた。この様子なら問題なかったのかな。

 ちなみにカルミルというのはテラでの呼び方で、地球では馬乳酒と呼ばれている文字通り馬のお乳から作られたお酒のこと。こちらでは各家庭で作られているんだけど、お酒といってもアルコール度数はほとんどなくて子供でも飲むことができるんだ。テラではこれをみんな水代わりにガブガブと飲むから、大丈夫なのかと心配になって一度地球で調べてみたんだけど、馬乳酒には様々なミネラルやビタミンそれにたくさんの乳酸菌が入っていて、飲めば飲むほどに元気になるかなり高性能な健康飲料だった。


「お帰り二人とも。ソル、どうだった?」


「大丈夫だったよ」


 報告は端的に。詳しいことは他の人がいない時に。


「そうか、ユーリルも問題ないようだし。義兄さん、二人はうちの子供として預かります」


「世話をかけるね」


 よし! 家族が増えたぞ。


「さて、二人は今からうちの家族になるわけだが、お互いをよく知らないと上手くいかないと思うんだ。辛いかもしれないが、ここに来ることになった経緯いきさつを話してくれないか」


 父さんはじっとユーリルとコペルを見つめている。

 そうだ、二人はどうして孤児になったんだろう。家族として理由を知っておかなきゃ。


「わかりました。まずは俺から……」


 コペルがうつむいてしまったのを見て、ユーリルが話し始めた。


「俺は、コルカの町から遥か北に行ったところにある草原の遊牧民の家で生まれました。小さい頃に父さんも母さんも兄貴たちもみんな病気で死んでしまって、それからは同じ遊牧民のおじさんの家に引き取られて暮らしていたんですが、三年前の寒い年に家畜がかなり死んじゃって……」


 ユーリルは唇をかみしめている。よほど辛かったみたいだ。

 コルカは、このあたりでは一番大きな町で地球で言ったらウズベキスタンのコーカンド。その遥か北側の草原地帯ならカザフスタンあたりかな。内陸で普段でもかなり寒いところのはずだけど……三年前、ほんとあの年は寒かった。まだジュト兄が私たちの部屋にいた頃だったから、テムスと三人で毛布をかぶり身を寄せ合って寒さをしのいでいたっけ。今思い出しただけでも、体が震えてきちゃう。


「……それでどうしたの?」


 母さんに促され、ユーリルは話を続ける。


「は、はい。何とか春までは持ちこたえたんですが、結局おじさんがこれ以上俺を育てることができないからって、ちょうど通りかかった隊商に預けられたんです。それから街道沿いの町に行ったときに人手を探していた隊商宿があって、そこで働くことができました。でも水が枯れてその町も住めなくなって、コルカに逃げた時にセムトさんに拾われたんです」


 ユーリルは同い年なのに、二回いや三回も住む場所を失ったんだ……

 う、目がウルウルとしてきた。


「苦労してきたのね。これからはここがあなたの家なんだから安心していいのよ」


 母さんの目にも涙を浮かんでるよ。


「あ、ありがとうございます」


「ユーリル、よく話してくれたね。コペルもいいかな」


 コペルも顔を上げた。話してくれる気になったようだ。


「私は西の方に住んでいた。北の方で水が枯れた後、村に盗賊がきて……母さんから納屋の隅に押し込まれて、静かになって見に行ったらみんな殺されてた」


 そ、そんな目に……


「コペル!」


 コペルを抱きしめた母さんの目からは涙が溢れだしている。


「怖かったね。辛かったね。もう大丈夫だからね」


「うっ、うっ……」


 コペルもぽろぽろと泣き出してしまった。話し方から感情が乏しいのかもと思っていたけど、そういう経験をしていたからなのかも。






「さてと、私はそろそろ失礼しようと思うが、ソル、工房の方はどうなりそうだい」


 母さんとコペルが落ち着いたのを見て、セムトおじさんが帰り支度を始めた。


「村の人に建設をお願いしているけど、みんな忙しくてなかなか進まないんだ……」


「そうか……コルカのバザールでソルの糸車のことを話したらみんな興味を持ってね、早く実物を見たいって言っているんだよ」


 コルカで!

 そこにはたくさんの行商人が集まるらしいから、その人たちが欲しいということは糸車を売りだしたらすごいことになるかもしれない。


「何とかやってみます」


 頼むよといっておじさんは帰っていった。


「ユーリルとコペルにも手伝ってもらうことになるけどいいかな?」


 そのまま居間に残った新しい家族の二人に尋ねる。


「俺はそのためにここに来たから、何でも言って」


「私も頑張ると言いたいけど、どちらかというと裁縫の方をしたい」


「コペルは裁縫が得意なの?」


「得意というか好き。どうやって作るのか考えるだけでも楽しい」


 裁縫が得意ってすごい。私はいまいちなんだよね。

 こちらの世界では女の子が結婚するときには、色鮮やかな織物を持参することが決まっていて、私もそろそろ準備しないといけないんだけど、なかなか……たぶん、気持ちが定まってないんだろうな。


「それなら、コペル。今度、新しい生地ができるんだ。それで作ってもらいたいものがあるんだけど、手伝ってくれるかな」


「どんなの?」


綿めんの生地、今、その元になる植物を育ててるの。秋にはできるはずだよ」


「綿? 聞いたことない……でも、楽しみ」


 この世界で生地と言ったら羊毛。冬は暖かくて夏は涼しいという性質を持っていて、冬は寒くて夏は暑いこの地にはなくてはならない物なんだけど、水に濡れると固くなってしまって使いづらい。そこで代わりの素材がないかって探していたら、地球の綿花の原産地がインドだと知って、あのあたりの行商人と取引のあるセムトおじさんに特徴を伝えて探してもらっていたんだ。

 そして、おじさんが一袋の綿花の種を仕入れてくれたのが去年の冬。それを今年の春から村の人に頼んで育ててもらって、たぶん秋ごろには収穫できるはずだ。今のところ生育も順調そうだし。綿花が取れたらそれで綿の糸を作って……手ぬぐいで我慢しようと思ってたけど、コペルが裁縫が得意ならタオルにしてくれるかも。タオル……作るのが難しそうで諦めていたけど、もし作れたら……ヤバい、顔がにやけてしまいそうだよ。


「ソル、話は尽きないようだが、二人は長い旅をしてきたばかりなんだからそろそろ……」


 そうだった。嬉しくて忘れちゃってた。

 私はコペルを、テムスはユーリルを連れ、それぞれの部屋へと向かうことにした。

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