第6話

黎心が公主の元を再び訪れたのは、わずか数日後だった。


「あら、ずいぶん早かったわね」


「……一応、報告に伺おうと思いまして」


その顔を見るに、あまり芳しくない様子だ。


「泉郷出身の者は複数いましたが、全ての条件に該当する人物は見つかりませんでした」


「まあ、そうよね。そう上手くいくようなものなら、こんなに困らないもの」


思った通りだ。

黎心たちも必死に探してくれたのだろうが、夢の世界から推測した情報だけで見つかるほど楽では無い。

重要なのはここからだろう。


「数人の宮女が泉郷から来ていましたが、商家の娘たちで身元はしっかりしています。静影との関わりも一切ありませんでした。それに、とてもじゃないが術を操る才があるようには見えませんでしたよ」


人は見かけによらないと言うが、普通の少女であれば仙術に関わるようなことは無い。

静影とも赤の他人であるのなら、公主たちの推理からは外れていく。


「はぁ……まったく、犯人は一体どこの誰なんだ……」


すっかり疲れ果てた様子の黎心は項垂れてしまった。


「まあまあ黎心さまったら。お茶でも飲んで一休みでもしましょう」


瑠珠が茶を持ってきてくれた。

茶葉の良い香りがふわりと広がる。


「ああ……ありがとう」


「疲れてるのね。そういう時はお昼寝が一番よ」


「そうはいきません。こうしている間にも静影は苦しんでいるのだから、早く助け出さなければ。……それに、他の仕事はどんどん溜まっていく一方なのですから、正直、今すぐにでも静影に目覚めて欲しいぐらいです」


「あらあら大変ねぇ」


後半の方にかなり本音が出ている気がするが、言わないでおいた。

静影のことが心配なのも分かるが、この状態が続くようでは積み重なった仕事も心配になるはずだ。

なにしろ、人員が欠けたからといって都合よく仕事が減るわけではない。

彼らの仕事は主に呪詛事件の解決、祭祀の取り仕切りだ。

祭祀の日付は急には変えられないし、方士が狙われるような事件があれば、その隙を狙って呪物を持ち込む輩もいる。


「ねぇ、あなたたち方士って、どれくらいの数がいたかしら」


ふと、少し気になって聞いてみた。

兄から度々彼らの話は聞くものの、そういえば自分は宮廷方士たちについて知らないことだらけだと改めて思ったのだ。


「さほど多くはありませんよ。宮廷所属の方士の中でもまた組み分けがされていますし、それぞれが担うことも違いますから」


宮廷直属と言えど、禁軍のように大勢人員がいるわけではない。

無為に人を集めるよりも少数精鋭とする方針であり、国中の方士一門から宮廷だけに人をたくさん集めるわけにもいかないからだ。

黎心たちのいる部隊が後宮を管轄内としているだけで、彼らは宦官ではなく、後宮内の立ち入りが許可された特別な組織であるというだけ。


「後宮の呪詛事件は昔からあなたたちが解決しているの?だったら、もう少し人手があってもいいんじゃないかしら」


「……いえ、後宮内での事件も我々の管轄に含まれるようになったのは十一年ほど前からです。ここ数年はめっきり事件の数は減りましたし。やることが増えたからといって、これまで行っていた業務を減らして貰えるわけではありませんから」


「へぇ……そうなのね、知らなかったわ」


この際だからついでにと、気になっていたことを色々聞いてみたがどうやら彼らが後宮に動員されるようになった発端が自分の毒殺未遂だとは思わなかった。

公主としてはあんな昔のこと、わざわざ気を使わなくても良いのに、黎心は言うのを少し躊躇っていた。

本当に律儀な男だ。


「じゃあお兄様も今はうんと忙しいのかしらね」


「ああっ、もちろん皇子殿下も我々に配慮してくださってはいるのですが!」


「ふふっ、別に兄様を非難してるわけじゃないわよ」


嫌味を言ったわけではないのだが、そう取られてしまったらしく、公主は思わず吹き出して笑った。

兄はいつだって忙しなく時間に追われているような人だから、そう対して変わらない気はしなくもない。


「皇子殿下も静影の件について尽力して下さっています。夢の世界にまつわる呪詛について我々の知識が浅いことが原因で、むしろ殿下のお手を煩わせてしまい心苦しく……」


どうやら兄は部下から本当に好かれていたみたいだ。

あの偏屈な男が部下たちと仲良しだなんて、いつも話半分で聞いて疑っていたが、そんなに深刻な顔をされると信じざるをえなくなる。


「でも、だったら、私がお手伝いしましょうか」


「……はい?」


また今度は何を考えてるんだ。

そう言いたげな黎心の訝しげな視線が飛んできた。


「それは、どういった意味でしょうか」


「決まってるわ。私があなたの部下のふりをするのよ」


「……えーっと、どういうおつもりで?」


思いつきで言ったわけではない。

元々予定していたことだ。

ここで引きこもって考えているだけでは限度がある。

容疑者があやふやな以上、自分の足で調査に向かうことも必要だろう。

公主はにんまりとした笑みで自信満々に宣言した。


「私は見習いの方士で、あなたは新入りの教育係。柳静影の事件についての調査に同行させた体でいきましょう」


「見習いって……公主様の顔を知っている人物は月照宮にもいるでしょう。無理ですよ」


「朱妃なんて最後に顔を合わせたのは何年も前よ。宮女たちなら尚更のこと。こんな引きこもりの子供の顔なんて、みんな忘れちゃってるわよ」


忘れているというよりも、勝手に脳内で上書きされている、と行った方が正しいだろう。

いつの間にか壮大になりつつあるあの噂、そういった点では公主にとってかなり利になっていると言えよう。

好き勝手に白雪公主とやらを想像して、本物との落差が広がれば広がるほど、皆は真の公主を忘れてくれる。

後宮での勢力争いを何よりも嫌う公主はそれは大歓迎だ。


「それで、衣装はどんなものにすれば良い?」


「こんなに愛らしい方士は宮廷にはおりませんよ」


「身長はちょっと足りないかもね。でもそれぐらい誤魔化せば大丈夫よ」


「誤魔化せませんよ。どうみたってあなたは可憐な少女だ」


「褒めてくれてありがとう。そうだ、靴にも気をつかわなくちゃね。細かいところまできっちりさせましょう」


まるで話の通じない公主に、黎心はため息をついた。


「……底の厚い靴がいいでしょうね。それと、肩幅と腰周りも服で誤魔化しましょうか」


「そうね。ありがとう、黎心」


ふふふん、と公主はお茶会の準備でもするかのようにうきうきと用意を始めようとする。

はてさて、どうなることやら。

黎心はお手上げだとばかりに苦笑いをするしか無かった。

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