第5話 それでもオークは百合が好き

 3日後。人間の王国辺境地の外縁部。そこに第7オーク小隊はやってきていました。

 夜通しの行軍で疲れ切ってはいましたが、隊列は整然としていて、統制のとれた動きはそれを感じさせません。

 私はリリアナとルカの2人とともに、4足魔獣が牽引する幌車に乗りながらそれを眺めていました。

 すごいですねサキュバスの威力は。こんな見事な行軍はこの部隊に着任して初めてです。


「もうすぐ人間領か…」


 ぼそり、と独り言のように呟くリリアナ。この3日間口数が少なく、何かを考えこむように黙り込んでおり、彼女とは特に会話らしい会話はありませんでした。


「やっと帰れますね、お姉様!」


 反対にルカの方は、沈黙するリリアナを補うかのように陽気に振舞ってよく喋っていました。道中でもリリアナとの騎士団での出来事や、2人で過ごした日々について語ってくれて、私に百合の豊穣をもたらしてくださいました。彼女のことは心中で女神様と呼ぼうと思います。


「ああ。まさか無事に帰ることができるとはな…」


 リリアナは神妙な面持ちでこちらに向き直ると、慎重に選ぶようにして言葉を発してきました。


「その、なんだ…。王国騎士である私が、魔族相手にこんなことを言うのはおかしいと思うのだが…」


 目を逸らしながらぽつぽつと語り始めるリリアナ。少し葛藤するかのように口ごもった後、やがて意を決したようにこちらを正面から見ました。


「ありがとう。捕虜に決して蛮行を加えなかった貴殿の行動に感謝する」


 おそらくこれまでずっと言うかどうか考えていたであろう言葉を口にしました。人間からしたら、魔族に感謝することなどきっと考えられないことなのでしょう。魔族にとっても同じようなものなので、その言葉がどれだけ重いのかは分かります。


「気にすることはない。これも隊長としての務めだ」


 彼女の言葉に照れくさくなりながらも、私は少し笑いながらそう返しました。


「貴殿のような者がいるのなら、魔族に対する考え方を改めなければならないな」


「…部下たちの言うように、私がおかしいだけだよ。その必要はないさ」


 私が百合豚なだけなので、本当に必要ないです、はい。


「ふふふ、そうか?なら礼儀を払うのは貴殿だけでいいな」


 おお…。初めて笑っているところを見ました。少し打ち解けたようでなんか感動しますね。


「きっと貴殿の親も、自分の代わりに人間に借りを返した息子に礼を言うだろうな」


「…ああ。そうだな」


 そういえばそんな設定でしたね。忘れていました。

 ひと時の談笑を楽しんでいる中、幌車の垂れ幕がばさりと開けられて、部下が顔を覗かせました。


「人間領の近郊に到着しました。騎士様方、お降りください」


 すごいですね。楽しむだのマワすだの言っていたオークの言葉とは思えません。


「ああ、分かった。ルカ、行こう」


「はい、お姉様」


 外に降りると、人間領に向けた街道の両端に、花道を作るかのように部下たちがズラッと並んでいました。なんという態度の変化。


「おそらく次に会うときは敵同士だ。だが、今日だけは感謝させてくれ」


 部下たちにも感謝を述べて頭を下げる2人。


「気にすることはありません。仕事ですので」


「次の戦場でも容赦はしませんよ」


「願わくば、平和になった世界でまたお会いしたいですな」


 キリッとした顔でキメ台詞を吐く部下たち。どの口が言ってるんですかね。


「早く行くといい。あまり我々がここに長居すると、人間の警備隊が飛んできそうだ」


 私がそう告げると、2人はこちらにも再度頭を下げました。


「そうだな。ではこれで」


「ありがとうございました!行きましょうお姉様!」


 そうして人間領へと歩き出す2人。短い付き合いでしたが、こうしてみると幾ばくかの寂しさは感じますね。こちらもありがとうございました。あなた方から頂いた百合エピソードは一生大事にしますので…。


「早く帰りましょう!お姉様の婚約者の方も、きっとお姉様の安否を早く知りたいはずです!」


「お、おい、からかうんじゃない」


 楽しそうに話しながら去っていく2人。うんうん、そのままずっと仲良く添い遂げて…。


「は???」


 コン、ヤク、シャ…?蒟蒻?車?

 何か今、聞き捨てならない言葉を聞いたような…。


「ん?どうした?」


 私の疑問の声が大きかったせいか、立ち止まって振り返る2人。私はその2人に慌てて駆け寄りました。


「い、今、なんて?」


「聞こえていたのか?別に大したことでは…」


「実はお姉様には婚約者がおられるんですよ。お姉様、早くその方に会いたいだろうなって」


「こ、こら!余計なことを言うな」


 照れたように顔を赤らめてルカの口を押えようとするリリアナ。

 その表情に猛烈に嫌な予感がしました。


「こ、婚約者って…?ど、どんな…?」


「なんだこんなことが気になるのか?…まあ、貴殿ならいいか」


 リリアナは胸元からペンダントを取り出すと、それを開いて収まっていた紙切れを見せてくれました。

 おそらく映写機で撮られたであろう写真と呼ばれる紙切れには、一組の男女が写っていました。

 一人は硬い表情のリリアナ。もう一人は爽やか、という単語を体現したかのようなイケメンの男。


「お姉様の婚約者は別の騎士団の団長なんですよ!」

 

その言葉を聞いた瞬間――私は自分の中の何かが崩れるような音を聞きました。

 

「え…え、でも、2人は姉妹だって…」


「?それがどうかしたのか?」


「ずっと隣で支え続けるって…」


「?はい、戦友としてお支えしますよ?」


 私がなぜ狼狽しているのか分からない、という顔の2人。私は激しくなってきた動悸を抑えながら、なおも問います。


「お姉様って言うから…、きっと、思い人なのかなって…」


「何を言っとるんだ。普通姉妹は恋仲にはならんだろう」


「!!!!!」 


 響く彼女の言葉――粉砕される妄想――真っ暗になる視界――。


「どうしたんでしょう…」


「さあな。ルカ、そろそろ転移アイテムが使える距離だろう。王都までそれで――」


「ふざけんなアァァァーーーーーッ!!!」


 気が付いたら私は――急速に沸騰した怒りに身を任せて叫んでいました。


「てめえら俺をおちょくりやがって!!ぶっ飛ばしてやる!!」


「な、なんだいきなり!?」


 豹変した私に驚いて遠のく2人。部下たちも私の変わりように慌てて止めようとしてきます。


「どうしたんですか隊長!?無事に送り届けるんでしょう!?」


「ここまで来てどうしたんですか!」


「うるせええーーッ!!」


 しがみ付いてくる部下たちを振り切り、2人をぶん殴ってやろうと駆け出します。


「オークめ、本性を現したか!?」


「お姉様、転移アイテムいけます!」


「よし、起動しろ!」


「ああーーー?!待てやコラアァァーーー!!」


 しかしすでに遅く、振り上げた私の拳は空を切り、2人は虚空へと消えたのでした。


「チクショおおおおおーーーーッ!!!」


 快晴な青空に、一匹の百合豚の汚い慟哭が響き渡るのでした…。

 

 骨折り損のくたびれ儲け。部下たちにボコボコにされてまで守ったのに…こんなことって…あんまりですよ…。

 

 はあ…。





 後日。部下たちの風俗代で貯金がほとんど吹っ飛んだのはまた別のお話。


 

 

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