114話 姫と生の信念
今夜の【エルフ姫みどり】の配信は、概ねいつも通りの賑わいを見せていた。
視聴者数は2000人ほどで、中堅配信者としてはなかなかの同接数だ。
:熊耳女子たちの頂上で月見酒とか贅沢すぎるwww
:いい眺めだ
:酒池肉林w
:まじで
:でも【
:15Lvの冒険者でも組み伏せられるって聞いた
:つよっ! 上級冒険者並みの実力やん!
:そんな強者を隷属させる姫殿下さすがっす
そして今日も変わらず、視聴者たちは【
そんなコメントに眉がヒクつくのは、誰であろう奴隷配信をしている【エルフ姫みどり】本人だ。
彼女は内心から湧き出た吐き気をどうにか抑え込み、元気に明るく友を
「ちょっと座り心地がよくないでーっすね? そこのくまっこ、もっとお尻の角度を上げるのでーっす!」
:おおおおナイス姫殿下!(2000円)
:もうちょっと、もうちょっと上げたら見える、見えるぞおおお!
:スカートの中からまんまる尻尾がこんにちはするのか!?
:どうなんだ!?
:今日こそ見れちゃうのか!?
リスナーたちの興奮を煽るようなアングルだが、そこはあくまでもプロ。
エルフ姫は絶妙なアングル調整でギリギリを攻める。
くだらなすぎる配信にエルフ姫は心底げんなりするも、その本音は笑顔の裏にそっと閉じ込める。
自分は今日も責務を果たしたのだと、どうにか心の折り合いをつけながら。
「俺は登録者数100万人超えの【聖剣】だ! 登録者数が圧倒的に上の俺とコラボなんて光栄だろ!?」
だが、唐突に彼女の予定調和が崩れ去る。
【エルフ姫みどり】にとって、格上の配信者とのコラボは願ってもいない話だ。コラボの恩恵を得て早く有名になれれば、より早く【
しかしどこか高圧的で、絶賛炎上中の【聖剣】がコラボ相手となれば話は変わってくる。
まずコラボ相手にはこちらの裏事情を理解してもらった上で、コラボする方が安全なのだ。
その辺を全てすっ飛ばしたあげく————
「あ、えーっと……へんた……あっ、俺は、その……『白マントマン』です」
意味のわからない人物まで登場していた。
夜風にマントをなびかせ全身ピッチピチの白タイツ姿で、なんとものっぺりとしたお面をつけた不審者だった。
エルフ姫は一瞬、地球ではああいったファッションが流行っているのかと頭をめぐらすけれど、やっぱり浮かぶのは変態の二文字だけ。
しかし彼の傍らに自分の臣下がいるのを視認すると、もしかして新たな協力者候補なのかもしれないと気付く。
:めっちゃカオスすぎる状況www
:なんだこれww
:てか聖剣さんやん!
:大炎上中の不倫無双の聖剣だwwww
:神コラボきたああああああ
:え、聖剣どうして姫殿下と!?
:もうやけくそじゃね!?
:どうなるんだwwww
:てかあの変態白マントなにww
【聖剣】の登場で大いに盛り上がるリスナーたち。
エルフ姫は配信を切るに切れない状況に追い込まれていく。
「白マントマンだと? ふざけた格好しやがって。エルフ姫! あんな変態と俺とで、どっちとコラボがしたいんだ!? どっちが迷惑だあ?」
もちろん炎上中の【聖剣】とのコラボはまたとないチャンスだ。
マイナスイメージの彼だけど、今は不倫騒動もあって注目度が高い。そしてエルフ姫は自分も奴隷配信をしている身であり、同じくマイナスイメージ同士で相性がいいともわかる。
「もちろん、【聖剣】とコラボしたいでーっす。ただ後日、日を改めてからにしませんか? 打ち合わせなども一緒にしたいでっす!」
「はあ!? 俺の方針はな、いつでも生なんだよ! 生の臨場感! 生の空気感! 生の戦闘! 生配信! 生の不倫セッ〇ス!」
生を豪語する【聖剣】さんに、『白マントマン』はたじろいでいた。
聖剣と童貞では、ダンジョンでくぐりぬけてきた修羅場の数も、性事情の数も、圧倒的に聖剣に軍配が上がっていた。
誰も羨ましいとは思わない類いのもので、むしろなるべく回避したい経験値である。
「今すぐ! この俺と! 【
そこで初めてエルフ姫は【聖剣】の狙いを察知し、想像以上にまずい状況だと悟る。
:まっじか!
:激熱展開きたあああ
:姫殿下と【聖剣】が協力したら、すごい奴隷ショーが見れるんじゃないか?
:見てええええええ!
:この配信に【聖剣】がいるってマジ?
:うわ、ほんとにいた
:奥さんに早く慰謝料払えよw
:異世界で性奴隷をこさえようとしてるとかww
:まじで【聖剣】やべえ
:でも有名人がどこまで落ちてくかは見物だな
:てかあの白い変態スーツはなに? 【聖剣】の部下とか?
:戦隊もののザコキャラって風貌だよなww
しかしながら配信はさらなる熱を帯び、まさかの同時接続数が2万人へと跳ね上がっていた。
エルフ姫はリスクとリターンを天秤に賭けて葛藤する。
この配信は必ず切り抜かれ、物凄い再生数をたたき出すのは間違いない。そうなれば自分はもっと有名になり、【
そして友の神は見つかり、今も知性を失い続け獣と化す【
問題は日に日に深刻化していて、一刻を争う。
……そうだ、わかりきっている。自分はありとあらゆるリスクと汚名を背負う覚悟で、【エルフ姫みどり】として配信を始めた。
【
それが我々の神を解放してくれた【
だからこそ彼女は信念を貫き通し、目の前の【聖剣】に立ち向かうと決意する。
「いくら配信界隈の先輩でも、【
「なんだと?」
「【
「それはあれか? この聖剣様に立てつくと?」
「
突如、エルフ姫より放たれたのは、見えない豪風の巨大すぎる矢だった。
それは明確に殺意の込められた魔法であり、一撃決殺を狙った不意打ちだ。
「ふん。起きろ、【
しかし、豪速の矢を容易くはじき返したのは光り輝く剛剣だ。
夜闇に神々しく————いや、禍々しいオーラを伴う聖剣によって、エルフ姫の先制攻撃は凌がれてしまう。
剣一本でのし上がった【聖剣】だからこそ可能な芸当で、それはまさに王道を行く強さだった。
:姫殿下www不意打ちは卑怯すぎるww
:奴隷ビジネスの利権を誰にも渡したくないとか期待通りの鬼畜っぷりだw
:え、まさかの有名配信者同士の殺し合い!?
:やっば!
:【エルフ姫】VS【聖剣】
:世紀の神配信きたこれえええ
:姫殿下がんばれ!
:不倫は最低だけど【聖剣】の戦闘スタイルは好きだった
:実は俺も。かっこいいよな
:俺さ……【聖剣】さんに憧れて冒険者になったんよ
:わかる。やっぱあの無双感はたまらないよな
「俺がなぜ、【聖剣】と名乗るか理解できたか?」
余裕の笑みでエルフ姫に語り掛ける【聖剣】。
しかし、エルフ姫もまけじと【
「先輩はどうやら、
月夜の晩に、黒く
月光が照らす茂みで、
その正体は————
「包囲陣形でっす!
周囲に隠れ潜んでいた【
「ハハッ、少しは楽しめそうだ」
————エルフたちと勇者の決戦が幕を開けた。
なお、『白マントマン』はオロオロしていた。
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