86話 紅玉色の配信


 手首きるるのリスナーたちはざわめいていた。

 なぜなら今日の配信タイトルが『ねこと一緒にご飯! にゃんにゃん異世界パンドラ配信』などと、きるるんがついに壊れてしまったのかと界隈はざわついた。


 きるるんは動物に嫌われる体質で有名だ。

 そこをいじられるのが可愛いのだが、本人は心から『もふもふ』したいという気持ちがリスナーたちには痛いほど伝わっている。

 だからこそ、今回の配信タイトルが告知されたときに『ついに妄想はじめたんか?』『病み期か?』と彼女のメンヘラ具合を心配するリスナーで溢れていたのだ。



『キミの手首もきるるんるーん☆ 手首きるるだよー♪』


:あ、元気そうだ

:よかった……

:いや、待てよ。まだわからないぞ?

:ダウナー前のから元気ってやつかもしれない


:というかここどこだ?

異世界パンドラっぽい?

異世界パンドラ配信なのは本当なのか

:この画角、ナナシちゃんか

:頼むナナシちゃん……きるるんが精神崩壊しないように頼む

:ん!? ちょっと待て!? 猫耳!?


『ナナシちゃん、画角をもっと下げていいわよ!』


 きるるんの命令によって画角が下がれば、なんとそこには信じられない光景が広がっていた。

 なんときるるんの足元には猫が多数おり、リラックスモードでにゃんごろしていたのだ。



:ん? 夢?

:幻?

:またたびでも使ったんか?

:なんだまたたびか

:それならまあこうなるわな

:いやいやいやいやいや、その前にお前ら! きるるんのスカートから生えてる尻尾!

:ん? 付け尻尾じゃ……ない? 動いてるぞ!?

:みみみみみみ耳がヒクヒク動いてるぞ!?

:きるるんが猫耳!?

:か、かわええ

:大事件じゃねええかあああああああ!?



『あっ……』


 きるるんは今頃になってリスナーたちのコメントをしっかり見たのか、自身の猫耳と尻尾を隠すような動きをする。


『こっ……これはその……えっと、この【時計塔の街ニャラート】に入るためには必要だったから、仕方にゃく……!』



:把握したぞ。俺は全て把握した

:俺も把握した。ナナシちゃんグッジョブ

:おそらくナナシちゃんのウルトラ技能で、きるるんを【猫耳の娘ミコリス】にしたんだな

:そうすれば猫と絡めると踏んだ。主人の願いを叶えるために色々と思考錯誤したんだろうなあ

:執事のかがみやんけ

:ナナシちゃんの目論見通り、きるるんは念願の猫さんたちと戯れられたと

:そして感極まって配信をスタートしちゃったと

:猫耳と尻尾が生えてるなんて頭からすっ飛んでたってわけだ


:心の準備が全くできてないのに、まさかの数十万人の前で猫耳しっぽ姿をさらす

:いい具合に動揺しているなw

:からのすまし顔。相変わらずの切り替え、というより強がりが尊いわ


:ん? なんか普通に【猫耳の娘ミコリス】もけっこう歩いてるな?

:待てよ、さっき【時計塔の街ニャラート】って言わなかったか?

:それがどうした?


:おいおいおいおいおい! 人間が入れない【時限領域】だぞそこ!

:またもやさらっと前人未踏を達成するwww

:もはや【にじらいぶ】にとっての日常w



「と、とにかく! 今日は猫さんたちに囲まれにゃがら至福の外ご飯にゃのよ! 夢にまで見たご飯にゃのっ、にゃの…………にゃ、の……よ」



:なあ、なんか口調がにゃってにゃいよな?

:にゃってないですにゃー

:口元がゆるゆるですにゃーゆるるん

:こんなあざと可愛い手法をゆるるんは取るわけにゃいからにゃー

:プライドが無駄に高いからにゃー

:これはあざとすぎる醜態だにゃー

:みんな見るんだにゃー。きるるんがかなり赤面してるにゃー

:手もぷるぷる震えてるにゃー


:でも全力でにゃかったことにしてるのにゃー

:おそらく【猫耳の娘ミコリス】になった副作用かにゃー

:こちらもおそらく今頃になって気付いたのにゃー

:ゆるるんは猫たちに夢中になりすぎにゃー

:それにゃ


:にゃかにゃかひざから崩れ落ちにゃいにゃー

:今回はにゃかにゃかねばるのにゃー

:病まなくてえらいにゃー

:うん、多分、病んでるにゃw

:お前らその辺にしといてやれにゃー

:にゃーつけとるやんw 全然その辺にしておく気がないwww

:それにゃ


 リスナーたちによる、にゃーいじりの嵐。

 そんな羞恥プレイにきるるんはどうにか耐えきり、ナナシちゃんに助けを請う。


『ナナシちゃん! ね、猫さんたちと楽しく食べられるお料理をお願いするわ!』


『おや。お上手にしゃべれた御褒美に、とびきり美味しいものをご用意いたします、にゃ?』


『……! もうっ、にゃにゃしのばかぁ……!』


 ナナシちゃんが夕暮れ時の路上で手際よく料理の準備をする手前、ついにきるるんはひざから崩れ落ちた。

 みずらがやらかしてしまった羞恥の極みに、メンタル容量キャパが決壊した瞬間だった。



:あっ、ついにナナシちゃんの呼び方もふにゃふにゃになったぞwwww

:ナナきる、いいっ!

:まじでナナシちゃんがきるるんを殺しにかかってるわw

:ナナキル!

:あーっ悔しそうに頬を真っ赤にしてるぞw

:少し涙目なのもいいww

:最高かよ

:がんばれきるるん! ぜんっぜん恥ずかしくにゃいにゃ!

:誰にだって失敗はあるにゃ

:もうそのいじりはやめてやれにゃww


:まて……この流れ、また俺たちは飯テロをくらうにゃ!?

:まあわかってたにゃ


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