83話 紅玉猫のしっぽ


【先駆都市ミケランジェロ】から西に行けば、牧歌的な街へとたどり着く。

 その名も【猫の街ニャルンテ】だ。

 ここでは多くの猫が畑や石垣の間から顔を覗かせ、可愛らしい表情を見せてくれる。しかし、今日の目的地はここではない。


「あっ、にゃんこ……!」


 馬車から思わず顔を出してしまったのは、我らが【にじらいぶ】の社長、くれない嬢である。

 動物好きなのに動物に嫌われやすい彼女だが、遠くから猫を愛でる横顔は微笑ましい。


 さて、ドラゴン牧場でたこパした俺たちだが、他のメンバーは早々に仕事へと戻っていった。そんな中、今日は社長のリフレッシュ日というわけで、みんなから俺が社長の案内役をおおせつかっている。


「まったく、みんなして気の使いすぎよ。で、ナナシ。この私をどこに連れて行こうって魂胆なのかしら?」


 棘のある喋り方だが、口元はもにゃもにゃとゆるみそうになっている。

きるるん、まんざらでもないんだな。


「今日はくれないがぐっとくる場所に案内する予定だ。少しでも我らが社長にリラックスしてもらいたくてな」


「それなら、さっきの【猫の街ニャルンテ】がいいわ。緑豊かでほのぼのしていて、にゃんこもたくさんいるから最高じゃないの」


「また避けられるのがオチでもか?」


「……………………」


「せっかくの休みなのに、くれないが傷ついて帰るだけなんて悲しすぎるだろ?」


「……もうそれ以上は言わなくていいわ」


「さようですか。お、そろそろ着きますよ、お嬢様」


 俺が半分だけ仕事モードの口調でくれないに語り掛けると、彼女は期待に満ちた眼差しで馬車窓から上半身ごと乗り出す。

 落ちては大変なので、俺はとっさにくれないの腰を支えておく。


「……っ!」


 ちらりと至近距離で目が合うも、くれないは慌てて顔を背けながら目的地へと視線を移す。



「すごい、わね……あんなにもたくさんの時計塔があるなんて……」


「【時計塔の街ニャラート】。猫たちが時間を見守る【時限領域】って呼ばれているな」


 俺の紹介にくれないは首を傾げる。


「【時計塔の街ニャラート】……? たしか、ここから先は人が踏み入れられない領域よね? 猫にまつわる一族でない限り、立ち入りを一切禁止されていたわよ?」


「確かに【猫耳の娘ミコリス】の戦士たちが、検問の際は厳しく目を光らせているな」


 くれないはジト目で俺を見つめる。


「まさかナナシ。私をここまで期待させておいて、リサーチ不足でしたなんてオチはないでしょうね?」


「もちろんだ。実はこの間、夜宵やよいとの配信でお世話になった【天導の錬金姫エル・アルケミスス】ことタロさんから、いい物をもらったんだ。料理のお礼にってな」


 そうして俺はふさふさのススキっぽい二本のアイテムを取り出す。



「タロさんからもらったのは『紅玉こうぎょく猫のしっぽ』と『白星しらぼし猫のしっぽ』だ。これをおしりにつけると、あら不思議……! なんと、猫耳が生えてくる! しかも解除方法は自分の意思次第!」


「え……じゃあ……私も一時的に【猫耳の娘ミコリス】になれるのかしら……?」


 本当はこの地を治めている神様にもしっかりアポをとっているから、そんな必要はないけれど……きるるんの猫耳姿なんて、リスナーにとってはたまらないはず。

 さきほど夜宵やよいにかけてもらった記録魔法はまだ発動しているので、動画の素材としてもこの機を逃すのはありえない。



「そうだ。さ、このしっぽをお尻のへんにつけてくれ」


「わ、わかったわ……ちょっと、これって直接つけないといけないのかしら……?」


「あっ、まあ……そうなるな……」


 おおう。うっかりしていた。

 というか女の子が自らスカートの下に何かをつけようとする絵面は……控えめにいって破壊力抜群だった。妙に艶めかしいというか、うん、ごちそうさまです。



「ちょ、ちょっと、こっちを見ないでよね!? ナナシもさっさとつけなさいよ!」


「あ、はい」


 狭い馬車の中で、サッと上着を広げて一瞬の壁を作る。

 その隙に神速でズボンとパンツを降ろし、自身のおしりへ装着! それから瞬時にパンツとズボンを履き終える。この間わずか0.3秒だ。

 見事に上着をキャッチしなおして、唐突に訪れた達成感に浸ってしまう。


 まさか推しがすぐ横にいる状況でこのような変態変身マジックショーをする日が来ようとは。何かに目覚めてしまいそうだ。

 しかも『白星猫のしっぽ』をつけたからなのか、頭とお尻のあたりが妙にむずがゆい。なんというか、敏感な部分を触られているような心地よさとくすぐったさだ。


「ちょ、ちょっとナナシ……こ、これ、大丈夫にゃの?」


 ん?

 くれないさん?

 いま、何か違和感が————


 俺はそう思って彼女の方へと振り返る。

 そこには不思議そうに、自分のスカート下から生えた尻尾を触ってみたり、頭部に生えた猫耳をもふもふしてみたりする……可愛いすぎるきるるんがいた。


「あ、あの、くれないさん……?」


「にゃにかしら?」


「そ、その喋り方が…………」


「だからにゃによ? にゃっ!? にゃ、にゃ……!?」

 

 ほーう、なるほどなるほど。

 これが【紅玉猫のしっぽ】の副作用か。


「ちょ、ちょっと、これ! どうしてにゃの!?」


 恥ずかしそうに赤面しながら、慌てふためくきるるんは————

 最高に推せた。



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