76話 闇のお誘い


「銀条さん、藍染坂あいぞめざかさん、異世界パンドラソロコンテンツをする際は必ず安全マージンをとりましょう。特に藍染坂あいぞめざかさん、わかっているのかしら?」


【にじらいぶ】恒例の放課後ミーティングは、くれないの注意喚起から始まった。


「絶対にナナシ同伴ですること。いいわね?」


「はいです!」

「わーい!」



 若干、怒られているのに月花つきかあおいはなぜか嬉しそうだった。

 そしてそんな2人とは正反対に、くれない夜宵やよい紫鳳院しほういん先輩はちょっとだけピリついていた。



「二人とも気付いてしまったのね……記録魔法を覚えてしまえばナナシと二人きりになれると…………事務所としてはソロコンテンツが増えるのは嬉しいけれど……ナナシを独占できなくなってしまったわ」


「うちは初めから記録魔法を覚えとったばい。ばってん、みんなに遠慮して……しろ先輩と二人きりになるチャンス……ずるかばい」


「…………」


 三人、いや二人が何やらブツブツと呟いている。かろうじて聞き取れたのはくれないのソロコンテンツがどうのって部分だけだ。

 なるほど……月花つきかあおいにソロコンテンツがあって自分たちにはない。その辺を焦っているのかもしれない。

【にじらいぶ】のメンバーは仲間だが、時として切磋琢磨に競い合うライバルでもある。特にチャンネル登録者数でいえば、ヤミヤミが一番伸び悩んでいるから焦っているのかもしれない。

 今回のミーティングで一番悔しそうにしているのは夜宵やよいだった。

 くれないの方は悔しいというより……んっ、なんかめちゃめちゃ怖いぞ!? え、筆箱から急にカッターを取り出して何をなさるつもりで!?



「ぎんちゃんとそらちーのソロコンテンツが確立したのは喜ばしいわ。私やヤミヤミ、ウタもそういったコンテンツが展開できないか、今後は模索してゆきましょう。ただ、ナナシのスケジュールが厳しくなりそうなら、動画編集量を減らす方針にするわ」


「動画編集だけ業務委託、とかできるっちゃね」



「く、くれないさん……口では俺の仕事量を配慮してくれてるのに、どうして行動は猟奇的なの!? カッターを首元にあてっ、あてないでっ!?」


 チキキキッとカッターの刃が出る音に戦慄してしまう。


「動画編集の外部委託、いいかしら?」


「う、うーん……」


 どうにも、この提案には頷く他ない状況だ。

なにこれ、怖い。


 俺としてはみんなの魅力を引き立てる編集を、他の有象無象に任せてよいのかと懸念してしまう。しかしくれないの態度から、先方にある程度レクチャーしたり要望を出せば問題ないのか?

 ん、もしやこれはくれないなりの優しさ?

 俺の仕事を減らすためにカッターで脅すというスタンスで、外部委託を了承させる?


「なによナナシ。不満そうね? いいかしら、切り抜きや動画のクオリティが多少は下がっても……私、事務所にとってはナナシの健康状態の方が大切なの」


「うっす」

 

 微妙に照れくさいことを言ってくれる社長である。

 たしかにここ最近は5人分の動画編集を任せられていたので、毎日の睡眠時間が3時間を切っていた。いや、俺としては億を超える報酬を【にじらいぶ】からいただいているので、これぐらいは当たり前だと思っていたんだが……確かに身体にガタが来ているのは否めない。



 そんな感じで本日のミーティングが終わり、各自解散となった。

 普段であれば、そのまま図書館にライバー数名が残ってわいわいと互いの情報共有やくだらない雑談をするので、俺もなんとなく混じっていくのだが……今日は速帰宅した。

 なぜなら寝るためだ。


 自室のベッドに転がり、泥のように眠りにつく。

 そして俺は着信音で目が覚めた。


 時計をチラリと見れば6時間も寝れていた。というか夜中の12時に電話をかけてくるなんて緊急か?

 スマホに映った相手の名を見れば、余計に緊急なのかもしれないと懸念する。

 断罪配信でまた炎上でも引き起こしたのだろうか?


「はい、もしもし」


『あっ、しろ先輩……今日はばり疲れてそうやったけど、寝れたと?』


「あ、あぁ。おかげさまで」


 気遣い上手の後輩である。

まあ欲を言えばもう少し寝ていたかったが、ここは先輩らしくシャッキリしないと。


『起こしてしもうたよね。申し訳なか』


「いやいや、大丈夫。で、夜宵やよいが電話してくるなんて珍しいな? 緊急か?」


『緊急ばい。実は新しか領域が見つかったっちゃ。そげん情報が入ったと』


「新しい領域か」


「まだほんの極一部しか知られとらん貴重な情報なんや」


 なるほど。

 さすがは暴露系VTuberなだけある。【にじらいぶ】の情報収集役として、早くも熱いニュースを仕入れたわけだ。


「やけん、もしよかったら明日……しろ先輩と一緒に行きたかねって」


「なるほど。より多くの冒険者に知られる前に、自分のソロコンテンツとして配信できないか……さっそく模索しているわけか」


「そうだっちゃ。安全マージンについては、白先輩さえいればOKって、社長は言いよったし問題なか?」


 後輩がさっそく先輩たちに負けじと行動に移そうとしているのだ。ライバーとして、ここまでの気概を見せつけられて断るはずもない。

 先輩として後輩の背中を押してやらねば!


「わかった、俺もついていく。で、どんなところなんだ?」


「【劇場封域ドールクイーン】って領域ばい」


「ん? 安全な黄金領域なのか?」


「黄金領域とはまた違って、特殊なところだっちゃ。神々に封印された世界だとか、女王が不在だとか、とにかく人形たちの王国だっちゃ」



劇場封域ドールクイーン】……また俺たちの新しい冒険が始まりそうだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る