60話 咲き誇る歌姫


『キミの手首もきるるんるーん☆ 手首きるるだよー♪』

『にゅにゅっと登場☆ ぎんにゅうです!』

『みんなの遊び場はどこー? 海斗そらに決まってる!』

『有名人の闇とか夜の事情を暴くばい! 闇々ヤミヤミよるっちゃ!』


【にじらいぶ】による唐突な緊急コラボ配信は、世間から大注目を浴びた。

 なぜなら、そこには声が枯れてしまった絶大な人気を誇る歌い手VTuberがいたからだ。


『今日は紫音しおんウタさんとの夢のコラボよ!』

『配信許可、いただけましたです! ありがとです!』

『ウタぴは……実は魔法幼女としての活動もしてて、その一環で声を失っちゃったんだ……』

『それでうちらも、何か協力できないかって! で、声が戻る方法が見つかったかもしれん、やけん今は一緒におる!』



:ガチの紫音しおんウタじゃん

:え、ガワを凌駕してね?

:マジで小学生だったんかい

:それであの歌唱力はやばすぎる

:魔法幼女……?

:なんかよくわからないけど、魔法少女と同じような感じらしい

:じゃああれか。【にじらいぶ】は魔法少女たちばかりだから、その縁もあって紫音しおんウタの声を取り戻そうとしてるって話?


:ヤミヤミのことだからまた何か暴露しようと探ってただけじゃね?

:紫音ウタの休止理由を暴くとかなw

:しかし【にじらいぶ】の影響か、まさかの治す方にシフトしたww

:よい、これはよいぞ

:紫音ちゃんの歌声がまた聞きたい!

:ウタちゃんだ! ウーターちゃーん!

:元気そうでよかった!

:いや、声出なくなったから相当悩んだんじゃね?

:そうだけど、それでもまたこうしてウタちゃんを見れただけでも本当に幸せっていうか

:よかったよ。すごく心配だった

:ん? っていうかここどこだ?



『今は妖狐族フォクシアの【聖杯祭り】ってイベントに招かれて、【水晶吹きの隠れ里】に来ているわ』

異世界パンドラです!』

『【聖杯祭り】もそろそろ始まるみたいだから、みんなに見せられそうだったら映すね』

『そん前に腹ごしらえばい!』



:【水晶吹きの隠れ里】ねえ……

:たしかボスが討伐されてるのに黄金領域になってないところだよな

:だからモンスターからずっと襲われてるんだっけ

:それで冒険者を常駐させてる

:だからここの妖狐族フォクシアは人間と敵対してない?


:初めて見るけど、なんというかイメージよりさびれてるな

:建物の老朽化がやばそう

:和風? いや、中華? 台湾とか江ノ島の観光地、路地がぼろくなったって感じ

:まあ逆にいい風情が出てるとも言えるけど

:昔はさぞ華やかだったんだろうな

:水晶がちらほら生えてるのは幻想的

:ぼんやり街並みを灯してるってところがな

:和装のウタちゃんにマッチしてる!


:え? メシ食べるの?

:いやいやウタちゃんの声を治すって配信じゃないの?

:これぞ、にじらいぶぶしww

:まあ、ほら。腹が減っては戦はできぬってやつだよな

:草


 いつもの流れに歌姫を添えて、という超豪華な飯テロ配信にリスナーも喜んでいいのか困惑してしまう。

 しかし、そんなリスナーたちのうわついた空気も瞬時に吹き飛ばしてしまうのがナナシちゃんの飯テロなのだ。いや、さらに沸かすといった方がいいのだろうか。


『ナナシちゃん、今回の食材は何かしら?』


『竜でございます』


:竜? ドラゴンを喰うのか!?

:やばい、俄然興味わいてきたぞ

:ドラゴン肉なんて滅多に出回らない超高級肉だろ

:いや、そもそも食べれるのか?

:鱗とか角とか牙は武器に使えるって聞いたけど、肉はくそ不味いって話だよ

:そんなのを今から食べるのか!?

:怖いもの見たさもあるなww

:え、まって……まさかウタちゃんにも食べさせるの!?

:いやいやまさかな

:そんなゲテモノ食べさせるなよ! 喉の調子が余計に悪くなったらどうすんだよ!


:ウタ民はわかってないな

:料理するのは俺らのナナシちゃんだぜ?

:いいから黙ってナナシちゃんに任せればいいんだよ

:そうそうナナシちゃんにやらせておけば何でもいいんよ


:え、なんだよその信頼関係

:逆に怖いんだが

:まあまあ俺たちはナナシちゃんを信じているさ

:推したちも絶対的な信頼を寄せてるし

:ほんと見てろって


『前回の【竜骨の城ホワイトライン】防衛戦で大量に取れた【たつの落とし子】、エビのようにも見えますね。こちらと【海月くらげ竜】、【鳥賊イカ竜】の切り身を使用してゆきます』


『ばふっ! わふ!』

『きゅーきゅきゅっ?』


『はい。こちらはフェンさんときゅーが仕留めた獲物となっております』



:いつの間にか犬と狐も同伴で草

:あ、ちょっとウタちゃんの表情がほっこりしてるぞ!

:おおおおおお、ウタちゃんは犬派! と見せかけての狐派かと思いきやヒヨコ派かああああああ

:ヒヨコ派ってなんやねんw

:いや、ほんとウタちゃんの頭にぽふって乗った謎のヒヨコも可愛いけどさwww

:あわあわしながら眼だけ上向いてるウタちゃんめっちゃかわよ

:それな。ビジュアル強すぎ

:癒やしすぎるやろ


:そういや、切り抜き動画でも出てたなあのヒヨコ

:きるるんの頭の上にも乗ってたよなw

:一体なんなんだろうな?

:まあ、どうせナナシちゃんの新パートナーだろ?

:いいからナナシちゃんに任せておけって


:料理のメニューは異世界パンドラ産のシーフード?

:タツノオトシゴ? 幼竜が大量に取れたってこと? すごいエビっぽいけど……

:食材としては、まあ……ぷりっぷりのエビ……? だよな?

:他の竜の切り身? 肉? も見た目はイカっぽいな。普通に



『まずは下味をつけるために軽く塩をかけてから、しっかりと水気を切ります。旨味をできるだけ逃さずに、雑味を残さないよう意識するのがポイントです』


 それから真っ白なブロッコリー、おそらくカリフラワーをサッと下茹でするナナシちゃん。

 

『【雪ッコリー】の下処理を終えれば、いよいよメインでございます』


 フライパンを出し、そこにたっぷりとオリーブオイルを注ぐ。さらに薄切りニンニクと辛子を少々まぶしてゆく。


『弱火でじっくりと煮込めば、オリーブオイルとニンンクの風味がより濃厚になります』


 その匂いを想像するだけで食欲が駆り立てられる。そもそも配信映像に映ったオリーブオイルの煌めきが、すでに『やばい』の一言に集約されてしまう。

 そんな味の宝庫にエビっぽい物とイカっぽい物、そして白いブロッコリーが合わさってしまった。

 美味しさ満点の艶めきが各食材に絡まり合い、くつくつとフライパンの中で煮込まれてゆく。

 竜肉の旨味が成長してゆく様を、まざまざと見せつけられるリスナーたち。


『ここで味の決め手となる塩を入れます』


:これは……エビのアヒージョだよな?

:待ってくれ。あの塩っぽい美味しさとぷりぷり食感を想像させないでくれ

:ほんと頼む

:腹が減るんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

:なあ、俺ら何を見せつけられてるの?

:飯テロ



『出来上がりました。【ぷりぷり竜肉アヒージョ】でございます。さらに作り置きではございますが、【ローストドラゴン(竜呪)】もどうぞ。キリっとした炭酸水と相性がよろしいかと存じます』


『ありがとうナナシちゃん。では、ゲストの紫音しおんさんからどうぞ?』


 きるるんに促された紫音ウタはコクリと頷き、両手を合わせてお行儀よくいただいてゆく。



『………………』


 あつあつのアヒージョを口にすると、その幼い顔に朱が灯る。

 それから小さな手で口をおさえて瞳をキラキラと輝かす。

 リスナーは彼女の表情から、如何いかにアヒージョが美味しいかを知ってしまう。


 さらにグラスに注がれた炭酸水をくっと飲めば、シュワシュワの刺激にくーっとなってからのスッキリした表情に切り替わる。

 濃厚なアヒージョを堪能した後に舌をリフレッシュする最適な飲み物、それは極上のスパイスとも言える。

 

 そこから、上品に赤く広がる竜肉ビロードを絶品ソースと共にあむっと食べる。

 すると少女の身体がぼんやりと発光しだす。

 しかし本人はローストドラゴンに夢中で気付いてない様子だ。

 その味わいは想像を絶したのか、紫音ウタはつい声が出てしまった・・・・・・・



『アヒージョ、炭酸水、ローストドラゴン、この御三方は美味の結婚マリアージュですわ……!』


 彼女の歓喜の美声が響くと、にじらいぶのみんなが満面の笑みになる。

 次に紫音ウタが唖然とする。

 わなわなと震えながら、自分の喉を抑え……それからまたポツリ、ポツリと、自身の心を吐露してゆく。


わたくしの声が……声が、戻り……ましたわ……』


 それから少女はぐっと唇を噛みしめながら瞳を閉じる。

 閉じてもなお、あふれ出てくる水滴が頬をつたう。

 止めどなく瞳の奥からこぼれ続ける涙は、今までの苦悩を洗い流すかのように、嗚咽と共に吐き出されていった。

 ただただ小さな身体を震わして、喜びをかみしめるように端整な顔をくしゃっと歪めながら泣いてしまった。


 そんな紫音ウタの姿に胸を打たれたのか、きるるんがそっと優しく頭をなでた。

 次にぎんにゅうが包容力抜群のぷるんぷるんで、穏やかにぎゅっとハグをする。

 そらちーも晴れやかな笑顔で、力強く小さな手を握っていた。

 そしてヤミヤミは……物凄いもらい泣きをしながら、紫音ウタと同じく顔をぐちゃぐちゃにして何かを言っている。


『ずぴっ、よがっ、ぐすっ、ほんど、声戻って、よがぁぁ……ウダぢゃぁぁぁん……』



:えwwwwwwいや、えwwww

:感動だけどもwww

:いや、めっちゃウタちゃん泣いてるし、ほんっとにつらかったのはわかる

:わかるんだけども

:多分すごいことなんだろうけどさ


:ナナシちゃんのめしでサクッとなおるんかーい!

:まじでナナシちゃん何なのwww

:もっと早く出会ってほしかったわ

:まあ結果よければ、な

:シンプルにウタちゃんの声が戻ったなら俺は嬉しい

:本当によかったなって

:にじらいぶに出会えてよかた


:ほんとそれ

:なんか、うん。いい光景だな

:美少女たちの友情……なのか、これは?

:まあ尊いよな

:ヤミヤミが泣いてるの意外すぎる

:あーなんか俺まで少し泣いちゃったんだけど

:まあな。マジで声戻ったし

:これでウタちゃんの歌がまた聞けると思えば、な


『みなさま……本当に、本当に、ありがとうございます』


 ぐずぐずの鼻声で【にじらいぶ】の面々に、特に撮影画面の方向をみてお礼を述べる紫音ウタ。

 それからみんなともふもふと一緒になって、紫音ウタはご飯を楽しんでゆく。幼い少女が救われる、そんな幸せあふれる光景にリスナーたちもほっこり。



わたくし……歌いたいですわ……』


 そして声が戻って1番に彼女は自分の願いを口にした。

 それにはさすがの【にじらいぶ】も驚いたが、やはり彼女には歌姫と言われる所以があった。たまたま【にじらいぶ】を見かけた妖狐族フォクシアにそろそろ『聖杯祭り』が開催されると案内され、あれよあれよという間になぜか聖杯に歌を奉納する流れとなってしまう。


 そうなれば、なんの曲を歌うのかとリスナーたちの期待も膨れ上がる。


わたくし……【にじらいぶ】のみなさまの、執事様の……楽曲を聞いた時からずっと一緒に歌いたいとお慕い申しておりました』



:おいおいおいまさか

:【にじらいぶ】が高校でゲリラライブした時の曲か!?

:ウタちゃん、歌えるのか!?

:まさかの神コラボじゃねえか!

:これはやばいぞw

:神歌枠じゃんww

:しかもケモミミ娘に囲まれてるとか、最高の異世界パンドラライブ会場


『そういうことなら、みんな! 全力でいくわよ!』

『はいです! ベースはできるです!』

『みんなの脳裏にあたしたちのリズムを刻んじゃうよー!』

『えっと、えっと、あ、執事先輩、準備してくれて感謝しとーと。えっと、こっちの電源を入れて……』


 機材一式をどこから持ってきたのか謎すぎるが、手際よくナナシちゃんが【にじらいぶ】の楽器を用意してゆく。

 それから妖狐族フォクシアの各種芸を配信し終わった後には、いよいよ大取りとして【にじらいぶ】と紫音ウタによるコラボライブが幕を開けた。


 各魔法少女たちによるド派手な演出から始まり、爆音が周囲を席巻する。

 さらに気を利かせた妖狐族フォクシアたちが、即興で【にじらいぶ】が奏でるイントロに合せてゆく。

 妖狐族フォクシアも伊達に芸を重んじ、芸に秀でた種族と言われるだけあってそのレベルはすさまじいものだった。


 しゃらんとかき鳴らすは優美なこと

 軽快かつおもむき深い合いの手をさす三味線しゃみせん

 優雅な旋律で盛り立てる尺八しゃくはち

 そして迫力と重みを増す和太鼓の響き。


:まさかの和楽器コラボレーション

:すごいな、まじで妖狐族フォクシアまで引き込むとか

:こんな展開は誰も予想できなかったわ



 そして極めつけは————

 泣く子も笑顔にする、歌姫の美しい声色だ。

 時に切なく、時に力強く、時にクールに。


 その表現力によって奏でられる曲は、もはや万人が惹かれてゆく。

 彼女は、紫音ウタはこの場にいる全員に向けて感謝を込めて歌っていた。



 絶望に殺されそうになった日々を、喜びに満ちた希望の出会いを。

 これまで支えてくれた人々リスナーへ、全力で想いを歌に乗せていた。



:なんだろ。寂しい毎日ばっかだけど……そういうのが吹き飛んだっていうか

:がんばろって思えるよな

:彼女と別れたばっかだけど、またがんばるわ

:ウタちゃんみたいに諦めなきゃいいことあるかもだしな


:なんか……人と人との繋がり? っていうのは大事なんだな

:【にじらいぶ】の本気で助け合う感じがさ、うん、いい



:なんだかんだ自分がさ、周りの人に支えられてるって……気付ける……いい配信だったわ


:なんか知らんけど実家の母ちゃん思い出した

:連絡してやれ

:俺は中学からの友達を飯でも誘おうかな

:いいね。飲んでこいよ

:俺もケンカ中の彼女に連絡してみようかな……

:それは死んどけ

:私も彼氏3号に連絡してみようかな

:3号ってwwそれはやめておけよw

もてあそぶなwww

:もう放っておいてあげてw

:そんなことより俺とライン交換しない?

:そんなことより俺を彼氏4号にするのはどう? 話聞くよ?

:穴モテに群がるのキツすぎwwww

:お前らわかってて好きだわw


 感動のコラボであるはずが、ネタと笑いに溢れてしまうのは【にじらいぶ】リスナーのいつものムーヴなので仕方ないのかもしれない。

 しかしそんな空気をも塗り替えてしまうのが、【紫音ウタ】が歌姫と言われる所以なのかもしれない。


 なぜなら長年妖狐族フォクシアが必死に『芸』を奉納しても、一切の反応を示さなかった聖杯に変化が起きたのだ。


:なあ、なんか聖杯が光り始めてないか?

:うおっ! 花吹雪はなふぶきが舞ってる!?

:おいおいおいおい街並みがどんどん変わってきてるぞ!

:ボロボロの建物が……みやび遊郭ゆうかくになっていく!?

:おおおおお、提灯ちょうちんとかズラッと並んでて綺麗だな

:それに加えて水晶の煌めきもいい味出てるわ



 色鮮やかな街並みに変貌するその光景に、さすがのリスナーたちも心奪われてしまう。

 それは厳しい冬から、枯れ切った花々が一斉に咲き誇るように、リスナーたちに興奮と喜びを芽吹かせてゆく。


 様々な考えや価値観を持つ人々が、【にじらいぶ】と【紫音ウタ】の配信に魅了されている。それこそが、かつてはあらゆる種族が集まり、色鮮やかな交易要所として風雅な街並みと称された『花殿かでん』の復活にふさわしい『芸』だったのだ。


極彩花殿ごくさいかでんファーヴシア】本来の姿が、黄金領域として復活した瞬間だった。


【にじらいぶ】と歌姫が織りなす輝きは————

 黄金領域を復活させてしまう、大ニュースへと色づいてゆく。





◇◇◇◇◇

あとがき


いつも拙作を支えてくださり、楽しんでくださる読者さまに感謝を込めて。

この60話はあなたがいなければ、誕生しなかったと存じます。

誠にありがとうございます。


◇◇◇◇◇

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