56話 虹ライブ!
芸術祭に向けての準備は着々と進んでゆき、俺たち【にじらいぶ】の演奏は人前でも十分に通用するクオリティになったと自負している。
そうして芸術祭、当日を迎えた。
俺たちのゲリラライブは学校側の運営と交渉が成立しており、生徒間にはゲストが体育館でライブをするとだけ告知されている。
いわゆるゲストは出てのお楽しみ、シークレットライブってやつだ。
「なんだかこの二週間はあっという間だったけれど、すごく楽しかったわ」
「少しずつ近づいてくるお祭りに向けて、学校中のみんなもちょっとそわそわしてる空気が好きです」
「あたしは水泳部も含めて個人競技が多かったから、みんなで一つの物に向かって何か頑張るってワクワクするね」
「五人で話し合うてパートば変更してみたりするん、ばり嬉しかったばい。一人でBGM作ってるだけじゃ絶対に味わえなかったと」
あとはこのライブをきっかけに、
やれることは全部やった。
何も問題はない。
そう、何も問題は
「あっ、お
「兄さん。こんにちは」
おいおい、これは幻覚かな?
演奏が1時間前に控えた俺は、緊張で幻覚でも見てるのかな?
「あっ、ふー……んー、ん?」
深呼吸して瞳を閉じても、真白と真冬が目の前にいた。
「んんん……
「気が変わったかなー」
「真白ちゃんが行った方がいいかもって」
「あっ、
「この方々が兄さんのご学友。兄と真白ちゃんがお世話になってます。私は真冬と言います」
「やっほーましろん! わー、キミが真冬ちゃんかあ……本当にましろんそっくりだね!?」
「白ちゃんたち来たっちゃか! ありゃ……そうなると
そうだよ
俺のあられもない女体化ライブが、義妹たちの目に焼き付く可能性があるわけだよ!?
「この間……? いつ間にナナシの家族を
「むむむむ、2人とも手強いです。
「なあ、我が妹たちよ……その、1時間後のゲストライブとか見に行ったりしないよな? 素人の出し物なんて興味ないって言ってたもんな?」
「あ、お兄もゲストライブ見に行くの?」
「兄さん。ゲストは素人ではないかもよ?」
「えっ、あー……見に行くっていうか…………真白と真冬も見に行っちゃうの?」
「この間、
「素人の2人から話を聞くだけでもすごい参考になったからって、真白ちゃんが言うから」
「色々な人の作品を見て、真白たちの活動の糧にしようかなってねー」
「そういう感じなの。真冬も賛成なの」
うっそん……。
◇
「日本舞踊部の発表が終わったわね。肝心の
体育館ステージ裏できるるんに変身した
「いよいよね……さすがの私も緊張するわ」
「ドキドキです。失敗しないか不安です」
「大丈夫。この日のためにあたしたちは練習してきたんだから」
「それにうちらには│
「ワフッ」
「きゅうーん」
「ぴっぴっぴっぷぴっぽ!」
このライブではフェンさんもきゅーもぴよも重要な役割を担っている。
ちなみにフェンさんはドラゴンジャーキーをチラつかせたら、一も二もなく協力してくれた。最近は狼というより、本当に犬化が激しい気がするぜ神喰らいさん。
ついに本番30秒前。
俺たちは各々の手を合わせ、気合いを入れるためのエイエイオーをする。
「さいっこうにわくわくの虹を咲かせるわよ! にじらいぶ!」
「「「「「えいえいおー!」」」」」
「わふっ」
「きゅー!」
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴっぷっぴぴぴぴぴぴぴ!」
こうして俺たちの戦いが始まった。
まずはきるるん、ぎんにゅう、そらちー、ヤミヤミの登場パフォーマンスだ。
開幕から、ヤミヤミが準備しておいたトラックが流れ出す。
そして天翼を持つ俺が、観客から見えないステージの天井から無数の白い羽根を舞い散らす。さらに傍にひそんだフェンさんの見事な暴風、もとい送風により会場にも白い羽根が散りばめられてゆく。
幻想的な演出からきゅーによる閃光魔法が発動。普通の照明機材では決して実現できないド派手な光彩が巻き起こる。
それから天井でスタンばっていたきるるんが、ステージへとダイブ。
『キミの常識をきるるんるーん☆ 手首きるるだよー♪』
血の魔剣を何本も発動しながら登場するきるるん。同時にぴよが足元に控えており、ボオオオオッといくつもの火柱が幾本も沸き立つ。
ぴよはドラゴンなだけあって色々と炎の造形には詳しいのだ。
まあ全部、オナラだけど。
とにかく浮遊する剣がきるるんの周囲を乱舞しながら、炎が吹きすさぶ演出は控えめに言って迫力満点すぎた。
『にゅにゅーっと演奏☆ ぎんにゅうです!』
ステージの左手から、
まさに輝く領域を瞬時に展開する姿は魔法少女そのものだ。
『みんなの注目ライブ会場はどこ!? 海斗そらに決まってる!』
そしてステージの右手から激しい演舞を舞いながらアクロバティックに登場したのはそらちーだ。
彼女の四肢の動きに合わせて、青い水しぶきが線を引く。
まるでペンライトのように光を帯びた水の螺旋が、きるるんとぎんにゅうへと襲い掛かる。血の魔剣が、
しかし、その続きは黒一色に全て呑み込まれた。
『たまった闇はここで全部吐き出すばい!
ヤミヤミの夜魔法により、瞬時にして闇がステージを覆い尽くす。
そして音が消え、視界を奪われ————
唐突に訪れた静寂から、徐々に闇が晴れてゆくと————
魔法少女たちの凛々しい姿のお披露目と同時に、爆音が鳴り響く。
「「「「【虹ライブ】! みんな聞いて!」」」」
MCのない、ただただ音だけ届けと願った【にじらいぶ】渾身の曲が開幕だ。
彼女たちが登場を終えた瞬間から————
呆気にとられた生徒たちは、演奏と共にドッと喝采が巻き起こす。
「え、なんかすごくね……?」
「やっっっっば!!!!!!」
「めっちゃ美少女やん」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「なんかよくわからないけど綺麗……」
「……憧れるなあ。可愛い」
「うそ、【にじらいぶ】? 本物? えっえっ、俺、いつも見てるんだけど!?」
「すげえええええええええええええええええ!」
よし!
何度も何度も練習して、みんなであーでもないこーでもないと試行錯誤を繰り返した登場パフォーマンスは大成功を収めた。
さあ、あとは俺も彼女たちほど目立たないポジションでヴァイオリンを弾き続けるのみ!
きるるんのピアノヴォーカルを引き立てるように、ぎんにゅうのベースと融合するように、そらちーのリズムに乗って、ヤミヤミのトラックとギターと共に熱いスパイスを奏でる。
サビはフェンさんの氷雪魔法によって【
推したちは楽曲に合せて魔法を発動してゆく。
どの角度だったら一番インパクトが強く見えるのか?
輝いて見えるのか?
どのタイミングだったら一番エモいか?
楽しんでもらえるか?
たくさん意見を出し合って、練習を重ねながら俺たちで作り上げた————
歌と音楽と光と魔法のイリュージョン!
俺たちがこの二週間で準備できたのはこの一曲のみ。
だけどこの一曲に俺たち【にじらいぶ】の全てを詰め込んでいる。
みんなの色を乗せて、見せて、魅せて、五感全てをハックする。
そうだ、その調子だ。
俺は観客の様子を見て、ついつい微笑んでしまう。
そのまま【にじらいぶ】のパフォーマンスに引き込まれて、彼女たちの色を感じるんだ!
日常のいざこざや、辛い思い出も、こなさなくちゃいけないノルマも!
今は忘れていいんだ!
今だけは————
今を目一杯、全力で楽しもうぜ!
また明日も頑張れるように!
彼女たちの歌が、音楽が、全ての観客に
この気持ちが少しでも誰かの力になれるのなら、私たちは、俺たちは、
魔法少女VTuberとして走り続けたい。
支え続けたい。
だから、みんなも——————どうか————
自分の音色を
◇
こうして俺たちのゲリラライブは大成功を収めた。
プロのカメラマンを雇ったおかげもあって、このライブ映像は瞬く間にYouTubo内での急上昇ランキング3位にまで上り詰めた。
【にじらいぶ】によるチャリティーゲリラライブは物凄い話題を集め、大手音楽会社などからの企業案件もちらほらと出て来た。またアーティストとしてデビューしないかと、プロデュースの話なんかも来ているらしい。
さらにリスナーの間では【にじらいぶ】が今後リアイベを行うなら、絶対に見に行くと躍起になっている者までいる。チケット販売やドームライブも夢ではないのかもしれない。
これだけ話題になればきっと、【
「ねえ、お
「兄さん。どうして【にじらいぶ】の専属スタッフをしてるって早く言ってくれなかったの?」
義妹たちにもばっちり届いていた。
「お兄が【にじらいぶ】のナナシちゃん? だったのはビックリって感じだけど」
「それ以上に兄さんが女装してたこと……母さんになんて言えばいい?」
おおう。
さすがは家族……一発でナナシちゃんの正体を俺だと見破った、か……。
「これ、全国に配信されてるよね。うわーお兄、ノリノリでヴァイオリン弾いてるね?」
「ニイサンカックイイー、オッパイプルンプルン、キョニュウダイスキー」
俺は膝から崩れ落ちた。
ライブの興奮ですっかり義妹たちを、忘却の彼方に吹き飛ばしていたのだ。
それから俺は義妹たちにチクチクと黒歴史を
しかし悪い事だけではなかった。
ちょっとだけ2人との距離が、以前より近くなったと感じられるからだ。
主に義妹たちのVTuber活動についてよく相談されるようになったのだ。
「真白ー、真冬ー! お風呂は入るのかしら?」
母さんが義妹たちへと問いかければ、2人は俺をチラッと見てから————
「んんー真白たちよりお兄の方が疲れてるかなって」
「兄さん、どうぞ一番風呂だよ」
なんだか最近……二人の俺を見る目に、崇敬の念が込められているような気がする。
さすがに気のせいか?
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