57話 妖狐たちのお願い


【にじらいぶ】による怒涛のライブは、くれないの宣言通り高校7カ所と被災地3カ所を回っての一大イベントになった。

 学校側の都合もあるので、よく七校も何らかのイベントと合わせてライブを敢行できたものだと、くれないの営業力に舌を巻いた。


 そして正直に言えばスケジュールの調整がかなり厳しかった。

 ライバーたちは通常の配信活動も継続した上で、他県への遠征スケジュールをこなさなければいけないので、後半はみんな移動中に睡眠を取っているといったブラックすぎる状態になっていた。


 それでも俺たちはやりきった。

 行けば、誰かの笑顔が咲くから。

 喜びと興奮に満ちた気持ちを、少しでも誰かに残せるなら。


 そんな思いでみんなはチャリティーライブをやりきったのだ。

 さすがのくれないも『今回のライブイベントは宣伝になったとはいえ、みんなへの報酬がゼロに近いものね……特別手当は別途支払うけれど、ライブ事態が収益化できてないから、額の方は期待しないでほしいの』と申し訳なさそうに言っていた。

 それでもみんなは『楽しかったです!』とか『青春だったよ!』とか『お祭り気分だったっちゃ!』と笑顔で返してくれた。

 これには│くれないもうるっときていたのか、みんなに一日だけ休暇を与えてくれた。


 やったああああああ!

 一日も休みがもらえたぞおおおおおおお!

 24日ぶりの休みだひゃっほいいいいい!

 

 そんなわけで、ソロでやって来ました異世界パンドラ

 もちろん行先は吟遊詩人で賑わう【星々が沈まない街ステラ】だ。



紫鳳院しほういん先輩……いるかな……」


 実はあれからちょっと気まずい……学年が違うからそもそも滅多に会えないけれど、それでも学校で偶然すれ違った時は、なぜかそそくさと逃げてしまうのだ。

 まあ……おしっこ我慢大会を聞かれてたら……それは、うん……俺もポロッとデリカシーのない発言をしてしまったと反省している。

 このままズルズルと避けられてしまうと、【にじらいぶ】のみんなに申し訳ない。


 そんなわけで彼女が姿を現しそうな場所と言えば、この街なのだが。

 見当たらないな。


「るるるるーらららら~♪ ふぉうっ!」


 うーん。

 今日は来てないのだろうか?


「ららららら~こぉんのぼぉくの美声うぉ~きぃて惚れてしまぅんなよぉおおん♪」


 なんとなく耳障りな音楽が流れてくる。

 俺はそんな雑音を無視して紫鳳院しほういん先輩を探す。


「ほぉぅらほぉうら♪ ぼぉくのうたごえぃにきぃきぃほれてぇぇいいいる♪ るっるっるんば♪ さんば♪」


 あ、そういえば紫鳳院しほういん先輩って変身中は幼女姿だったっけ。

【紫音ウタ】としての姿を脳裏に浮かべ、再び彼女がいないか辺りを見回した————


「やぁやぁ♪ きみぃもぼぉくのファンになっちゃったかぁぁい?」


 なんかウザいのが視界に割り込んできたので、再び無視しておく。



「照れちゃうぅんなんてかわうぃぃぃねえ♪」


「いや、あのすみません……まじで迷惑なので、まとわりつくの辞めてもらっていいですか?」


 妙な絡み方をしてきたのは、茶髪の青年だった。

 顔がそこそこ整っていて背も高いしモテそうだ。喋らなければ。


「おぉぉう、意外なハスキー美声だねえん♪ ちみちみぃ~♪ まぁさかっ、こんの僕を知らないのかぁぁぁい? チャンネル登録者3000人のっ! 冒険者と歌い手で、話題のぉぉぉぉおお♪ この、ぼぉくうぉっ♪」

 

 いちいち喋り口調をメロディに乗せてくるのがくどすぎる。


「知りません。サヨウナラ」


「ほぉぉん♪ こんのぼぉく、【メロディ王子】を知らないのかぁい♪ ここらじゃ有名、ぼぉくは聡明、おまえは無名♪」


「ん……? この辺で顔が利くってことですか?」


「そんなの当り前ェー♪ ぼくはここでの叩き上げェー♪ おまえの音は始まらねェー♪」


「ではこの辺で、これぐらいの小さな女の子を見ませんでした? 髪色は紫で、多分和装だと思うのですが」


「そんなん知らねェー♪ 女児誘拐、未完成ェー♪」


 なんだか面倒な人だな……。

 そろそろお暇しようと【メロディ王子】を振り切ろうとする。


 だが、今度は別の人物が俺を凝視して口をアングリと開けていた。



「に、に、に、にじら、いぶ、のナナシちゃんでござるか!?」


 まじか。

 やばい。

【にじらいぶ】のライバーならいざ知らず、モブのナナシちゃんまで把握してるリスナーさんが、異世界パンドラにホイホイいるなんて……これが有名税ってやつか。


 後ろ髪を一本縛りにしたその青年は、着物の帯に一本の刀を差していた。

 そして背中には何かの楽器……三味線を背負っているようだ。


「ナナシちゃんでござるか? ほ、本物でござるな……そ、それがしはノブナガと申す。あいや、本名は多田野ただの信長と申す者で、その、お会いできて光栄でござるよ」


「ほぉぉっぉん♪ ぼぉくはメロディ王子さぁぁん♪ けもっこをこよなく愛するぅん、最高の王子さぁん♪」


「ああ、其の方には挨拶してござらん。ん、おぬし……妖狐フォクシアの少女に声をかけ続けて、【水晶吹きの隠れ里】を出禁になった残念王子ではござらんか……」


「彼女たちは照れ屋さんなのさぁん♪ だけぇどぉ、そんなぁツンケンさも愛しいのさぁん♪ 絶対にふりむいてはくれないぃん、なびいてはくれないぃん、そこが最高なのさあん♪」


 そのまま、そのまま、信長さんの注目がナンパ王子に集まっているうちにそーっと離脱しようとする。なにせ、信長さんが【にじらいぶ】のナナシだと認識している以上……下手に俺の地声を出したら『ナナシちゃん』のイメージが崩れてしまう危険性がある。

 しかし、俺のそろーり離脱作戦をはたから見ていた人物たちがいた。


 彼女たちは雅な和装で身を飾り、チャーミングな狐耳が生えている美人さんだ。


「あら? 九尾様の御主人様でありんせん?」

「はらはら、いとうれしきかな」

「今宵はなんて幸運なのでありんすか」


 顔見知りのキツネ耳娘さんたち……高位冒険者パーティー【六華花魁りっかおいらん】の三人は俺を見かけた途端、フワリと花が舞うように接近してくる。

 妖艶な笑みとさりげないスキンシップにゾクゾク……している場合じゃない!

 信長さんとナンパ王子の視線が俺に集中してしまうぅぅぅ。



「えっ……愛しのケモ耳娘たちが……あんな親し気に、なびいている、だと!? どうして!? なんでっ、僕にはあんな塩対応だったんだぁああぁ!? あれは照れ隠しとかではないのかあぁぁぁん……ツンデレ特性が妖狐フォクシアたちはデフォなんじゃないのかああんんん」


 うわあああナンパ王子が膝から崩れ落ちてるし、信長さんも興味深そうに俺を見てる。



「これはこれは……やはりナナシ殿は非常に面白い御仁ごじんでござるな」


 どうにか失礼にならないようコクコクと頷いてみたりする。

 くっ……ここは無言でニコニコしているしかないのか!?

 

 俺はナンパ王子、信長、そして【六華花魁】に囲まれ苦境に立たされる。


「九尾様の御主人様、実は折り入って小話こばなしをしたいでありんす」

「どうかどうか、わちら妖狐フォクシアの後見人としてお耳に入れるだけでも」

「わちらの隠れ里が、黄金領域になりんせんのはご存じかと思いんす」


 うんうんうんうん、コクコクコク、ん?

 後見人……?

 妖狐の隠れ里って黄金領域になってないの?

 え、でもボスって討伐済みじゃなかったっけ?


 あっ、ちょっ、娘さんがた!? ちょっ、どこをお触りになさってるのですかね!?

 ちょっ、あっ。それ以上はっ、色々とその、元気になってしまうと言いますか!?

 ち、近いでやんす!

 いい匂いでやんす!


「そういえば小耳に挟んだのでござるが、なにやら妖狐フォクシアらが音楽に秀でた者を自分たちの里に招待していると。クエストとしても発注されてるでござるな」


 信長さんがしたり顔で頷き、【六華花魁りっかおいらん】と俺を交互に見返す。



「どうかどうか、わっちらの里にきてくりゃしゃんせ?」

「にじらいぶの音芸にひどく感動したでありんす。お願いでございます」

「どうかどうか、九尾様のご主人様?」


 うー……。

 ここで首を横に振ったら……さらに【六華花魁りっかおいらん】の勧誘がすごいことになりそうなんだよなあ。


 だから俺はコクコクとうなずくしかなかった。



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