54話 推したちとお家デッド(死)


 明くる日の放課後。

 俺は家の自室で少しばかり緊張していた。

 

 なにせ同年代の女子を自宅に招くのは久しぶり・・・・だからだ。

 とはいえ、今日という日に不安はない。


 なぜなら、お出迎えの準備は万端だからだ!

そして、幸運なことに母さんも義妹たちも今日は出払っているからだ!

 結果的に夜宵やよいあおいがうちに来る件を、説明する必要がなかったのは精神的にだいぶ負担が軽減された。


 あとは先程送った位置情報を元に2人が家に来たら、少しばかりの料理でもてなして、音楽を語り合って、すみやかにお帰りいただこう。

 そう、これが俺の完璧なるプラン!



「やっほいいい! 完璧だ!」


「おにい、なに一人でテンション上がってるの? やばい人だよ?」


「ましろおおおおおおおおおお!? なんでいるのおおおおおおおおおおおおおおお!? 俺の思考も真っ白に吹っ飛んだぞぞおおおおおおおおお!?」


「ダジャレとか本当にやばいよ……お兄、大丈夫? あとふつうにうるさい」


「えっ、あの……今日は真冬と放課後、買い物に行くって話じゃなかったか?」


「編集が終ってないから、真白は家でお留守番って感じ。それより、なに? 真白がいたら困る理由でもあるの?」


「えっ、ぜんぜんぜんぜんんぜんぜんぜんっ、まったくもって何もないかな!?」


「なにそれ。怪しすぎてヤバい。まあ、どうでもいいけど、あんまりうるさくしないでよ? 編集に集中するから」


「お、おうっ! ぜ、絶対に頑張って集中しろよ! 静かーにするから、絶対に部屋から出て来なくていいんだぞ!?」


「ほんとに怪しいなー」


 バタンと義妹は自室へと入ってゆく。

 だ、大丈夫だよな?

 べ、別にやましいことは何もしてないけど、なんだろう。

 やっぱり家族に【にじらいぶ】のアレコレを……俺が女体化してる姿なんて絶対に見られたくないんだああああああああああああああ!

 兄の尊厳が失われるうううううう!

 だから、そう。

 

 今日の訪問客であるあおい夜宵やよいについても、説明なんてしなくていいんだ!

 そもそも、彼女たちが変身しなければ何も問題ない!

 万が一にも真白ましろが部屋から出てきて彼女たちと遭遇したとしても、【闇々よる】と【海斗そら】であるとバレない!

 

 普段から彼女たちは魔力を温存するために、私生活ではめったに変身しない。異世界パンドラ関連か、どうしてもって時だけしか魔法少女になっていない。

 だから安心しろ、俺。

 そんな風に自分に言い聞かせていると、ピコンとSNSの通知が届く。どうやら2人は無事にウチの玄関前に到着したようだ。


「はいはいーっと。今、開けます。道、大丈夫だった————」


「やっほー、しろくん!」

「わあ、ここがしろ先輩の家だっちゃね!」


「いやいやいやいやいや!? なんで変身してるのおおおおおお!?」


「だ、大丈夫だよ? しろくんちの敷地内に入ってから変身したよ? 誰にも見られてないからね?」

「実際に楽器演奏する時は魔法少女になっとるばい。微妙に聴覚? 音感? みたいのが変身してる時と、してない時でちがっとーばい」


しろくんいるなら信仰MP消費は心配いらないかなって」

「より実践に近い状態で曲作りに挑みとーばい」


 うんうん。

 二人のプロフェッショナルな姿勢は尊敬するよ?

 でも、でもさあああ……。

 うちでするのはなああああ……。


 俺は内心ビクビクしながら、そっと2人を自宅へと招き入れる。


「静かめにしてもらえると助かるかな」


「んん? もちろんって言いたいけど、親御さんにはお話通してくれてるんだよね?」

「静かにしたいのはもちろんばい。でも、しろ先輩にヴァイオリンパートの合わせとか弾いてもらわんといかんとよ?」


 やべっ。無理ゲーだ、これ。





 絶望一色だった俺の予想に反して、意外にも作業は静かに行われていた。

 だいたいは夜宵やよいが持ってきたPCから、音源をヘッドフォンで聞いて確認し、新しい音を夜宵が打ち込み、また俺やあおいが聞き直す作業なのだ。


「ヴァイオリンパートってやっぱ先に全部録音しておくんだよな?」


「なして?」


「えっ、だって撮影係が必要だろ?」


夕姫ゆうきさんが言ってたけど、当日はちゃんとプロの撮影スタッフを雇うって言ってたよ?」


「えっ、じゃあ俺は……?」


「なんとかってポーション飲むっちゃよ? また綺麗なしろ先輩が見れるっちゃね」


「羽根の生えた白ちゃんがヴァイオリンを弾いたらかっこいいだろうなあー」


「おおう……」


 やばい。

 女体化×ヴァイオリン×にじらいぶ。

 もう絶対に義妹たちには見せられない。

 バレたくない。


 まあ、今から絶望していても仕方ないから意識を切り替えるとするか。



「ああ、そうだ。夜宵やよい、俺に記録魔法をかけてくれないか?」

「なして?」


「まあ、せっかく変身してるなら動画の素材も集めておこうかなって。メイキング動画みたいな感じでさ」

「わかったっちゃ。記録魔法————【キミの瞳に思い出を】」


 これで【海斗そら】と【闇々よる】の素材が撮れるぞ。

 となれば俺もここからは完全に仕事モードに切り替える。


「お二人とも、作業に適した軽食……おつまみをご用意しております」


「さすが執事くん」

「やっぱ執事先輩は気が利くとよ」


 俺はドラゴン肉に醤油と麺つゆ、スパイスに塩と黒胡椒、すりおろしにんにくを練り込んでから三日ほど乾燥させていた。さらにそれらをオーブンで焼いた物を2人に持っていく。



「こちら、【無限の旨味うまあじドラゴンジャーキー】でございます」


「うわっ、ビーフジャーキーみたいだね?」

「燻製ものは大好きやけん、余計にお腹減ってしまいそうばい」


 たしかにジャーキーが、燻製特有の塩づけでいぶした香気こうきがほのかに鼻先をもてあそんでくる。


「味見と毒見、失礼いたします」


 実はこれ、『邪竜ポイゾラ』という毒っぽい竜肉で作ったので、審美眼で効能は知っていたが少しだけ不安だったのだ。

 なので試しに一口いただいてみる。


すると、これまた口に含める時間が長ければ長いほど、旨味が舌に浸透してゆく。ドラゴンが誇る力強さと深みのある余韻が、噛めば噛むほどにじみ出て来るのだ。

じわり、じわりと次々に生まれゆく味わいは……クセになりそうだ。



「も、もらうね! はむっ!」

「うちも! あむっ!」


 俺が大丈夫、美味しいですと報告する前に推したちはジャーキーを食べ始めてしまう。

 よほど我慢できなかったのだろう。


「んっんっ………………」

「うむ、うぐ………う、うまか……」


 推したちが、するめをしゃぶるようにジャーキーを一心不乱に食べている光景はやっぱり微笑ましい。

 何本か食べ終わった頃には、あおい夜宵やよいもジャーキーをもにゅもにょしゃぶりながらPC画面を見つめて作業に集中してゆく。


 ヤミヤミは椅子に片足を乗せながら、ヘッドフォンをつけて真剣な表情で音に聞き入っている。スカートからのぞく眩しい太もも、そしてニーソの上には未発達ながらもやわらかそうなお肉が乗っておられる。

たまにゆらゆらと椅子を無意識に回転させる姿に幼さを感じるが————ちょっ、その態勢は見えるぞ!?

全力回避!


そらちーはスカート越しからでもわかる、形の良さそうなお尻を机に乗せ……健康的な美脚をあられもなくさらけ出している。必死に譜面を睨んだり、書き直してみたり、シャーペンを唇と鼻の間に挟んで乗せてみたり。ジャーキーをはむはむしたり。


 うん。

 これは最高なのでは……?


 だって2人の美少女がすこし無防備な姿で、楽曲を作るシーンなんて神でしかないぞおおおお!?

 とっても尊いよおおおおお!

 


そして俺は俺で、彼女たちを撮影してるだけに終わらない。ジャーキーといえば喉が渇かないように炭酸水とジンジャーエール、ウーロン茶なども用意しておく。

 ジャーキーには甘い飲み物よりも、ややキリッとした辛口な発泡系が合うと思っている。


「んっ、すっきりするねー。爽快だよ♪」

「リフレッシュできるばい。作業効率があがるっちゃ!」


 こうして何とか静かに作業が進むかに思えたところで、ついにあのターンが来てしまった。



「執事先輩。ここんパートば流すけん、実際に合せて弾いてみてほしか」


「か、かしこまりました……」



 そうしてPCからトラックが流れ、幻想の弾き手にふわさしい音色を奏でてゆく。



「んん、あたしのライドシンバル入らない方がいい気がするよ。ここは控えめに刻んでいった方がピアノとヴァイオリンが際立つよね?」


「そらの言う通りだっちゃ。ここのパートはきるると執事先輩を盛り立てて……そこから一気に重低音とバスドラムで変曲してった方が、インパクトあるっちゃね!」


そらちーとヤミヤミが曲について語り合う。

そんな絵はファンもにっこりだろう。そんな風に思っていた俺に、微笑んだのは死神だった。


「ちょっと! おにい! 静かにしてって、言ったでしょ!」


 ドア越しで義妹がご光臨された。

 さすがにいきなりドアを開けたりはしないが、ここは何とかしないとヤバイ。

 俺はすぐさまドアに張り付く。


「あちゃー……執事くんには妹さんがいたんだ?」

「悪いことしたっちゃね……謝るばい」


 2人は根がいい子たちなので、すぐさま俺の部屋を出ようとする。

 が、正確にはドアと推したちの間に俺がいるわけで、妹、ドア、俺、推しに挟まれる形になってしまう。


「そ、その……しばしお待ちを……私が話をつけてまいりますので」


「えっ、でもお邪魔してるのはこっちだし悪いよ。しっかりご挨拶して謝りたいかなって」

「そうばい。こんままじゃ居心地が悪かもん」


 ずいっと接近してくる推したち。

 近い、近いよ!?

 いや、当たってるからね!? なんかそのマシュマロみたいなものと、控えめなプリンがあああああ!?

 く、くおおおおおおおおおおお!?


 ドア越しに義妹さえいなければ、まさにし合わせなのにいいいい!



「ちょっと、お兄? 友達来てるのはいいんだけど、静かにしてもらっていい? ねえ、聞いてる!?」


「は、はいいいいいいい、あっ、ちょっ、ドアノブはダメっ! くっ、くううっ」


 ドアノブに手を伸ばす推したち。

 阻止しようとすると2人と必要以上に密着してしまうので、セクハラと訴えられかねない。

ああっ、どうすれば!?


 禁断パンドラの扉は、推したちによって開かれつつあった。

 




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【無限の旨味うまあじドラゴンジャーキー(竜毒)】★☆☆

『邪竜ポイゾラ』の肉を燻製にした物。

噛めば噛むほど、中毒という名の旨味がにじみ出てくる。神々は『毒を食らわば皿まで』と、この禁忌に近しい美味を徹底的にしゃぶりつくすのが癖になっていた。

もはやこの味わいの前に、あらゆる良識など吹き飛んでゆく。

まさに魅惑の魔性ジャーキーである。



基本効果……3時間、あらゆる毒を無効にする

★……永久にステータス色力いりょく+1 信仰MP+1を得る

★★……2時間の間、全ステータスが+2される。また、ステータス色力いりょくが30以下の場合、三日以上ジャーキーを食べないと状態異常『錯乱さくらん』に陥る


★★★……特殊技術パッシブ、『毒の竜鎧ポイゾラスキン』を習得

毒の竜鎧ポイゾラスキン』……触れた者に『猛毒』、『錯乱』、『幻覚』の状態異常をランダムで一つ発生させる


【必要な調理力:250以上】

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