53話 推し・もふ・ロック


 紫鳳院しほういん先輩は膝から崩れ落ちた後、どうにかよろよろと立ち上がった。


『わ、わ————』


「そ、そのすみません……えっと……わ?」


 そして顔を真っ赤にしながら綺麗な一礼をしてくる。


わたくし、失礼いたしますわ!』


 俺が呼び止める間もなく、そそくさとその場をご退場。

 う、うーん……やっぱりまずったよなあ……。


「どうしたのよ、ナナシ」


 廊下にいる俺に話しかけてきたのはくれないだ。放課後以外で話しかけてくるのは珍しいが、ついうだつの上がらない生返事をしてしまう。


「おーくれないか……さっきの……見てた?」


「バッチリね。紫鳳院しほういんさんは有名人だし、廊下でナナシと彼女が何か見つめ合っていたのはクラスのほとんどが見ていたわよ。貴方が一方的に話しかけていたところもね?」


「あー……そう見えてたのか……」


「で、何があったのかしら? あんなに綺麗で目立つ人と」


「実はさ————いや、くれないも紫鳳院先輩と同じぐらい綺麗で目立つからな……クラスの連中の眼と耳もあるし、また後で説明する」


「き、綺麗……い、いいわ。じゃ、じゃあ、今日の放課後。臨時のミーティングをするわよ」


 なぜか照れた素振りをするくれないだが、彼女も先輩同様にそそくさとフェードアウトしてゆく。


 そういうわけでやってきました放課後の図書室。

 くれない月花つきかあおい、そして夜宵やよいは急だったので、ビデオ通話での参加となった。

 俺は4人に【紫音しおんウタ】の正体と、彼女とのやり取りを報告してゆく。


「まさか……紫鳳院しほういんさんが魔法幼女で、【紫音しおんウタ】だなんて私でも予想外だわ。それと、校長もやり手よね」


「魔法幼女さんって魔力の特定が全然できないです」


「あたしたちとは波長がちょっと違うもんね」


『苦労が絶えんやろうね。そん分、うちらより強力な魔法ば持っとーことが多かね』



 彼女たちの話を聞くに、魔法幼女というのは自らの魔法制御を苦手とする身分らしい。

 魔法少女は変身することでオンオフが可能だが、魔法幼女は変身するしないに関わらず、特定の魔法が自動で発動してしまうのだとか。


「結論から言えば……【紫音ウタ】と仲良くなる鍵は音楽にあるわけね」

七々白路ななしろくんにこのままお任せするです?」

「んー……それじゃあシロくん1人に負担がいくよね?」

『しろ先輩に頼りっきりで、もし失敗したっちゃ、うちら攻められんばい』


「それなら、魔法幼女に詳しい私たちが何もしないのは悪手よね」

「んん、じゃあ、音楽するです?」

「音楽っていうと、バンドとか?」

『たしかにみんな楽器が好きっちゃんね!』


 えーっと、くれないがピアノで月花つきかはベース。あおいはドラムで、夜宵やよいがギターとEDMだっけ?


「いいわね。多方面に営業をかけてみるわ」


「営業?」


「そうよ。この際だからうちの芸術祭も活用しましょう!」


「おい……まさか芸術祭でライブを披露するって話か?」


「よくあるでしょ! 芸能人とか大成した人が登壇して全校生徒に語ったり、歌ったり! 私たちもチャリティーイベントの一環で、芸術祭に出ましょう!」


 おん。

 俺は爛々と紅玉色ルビーに輝くくれないの瞳を見て確信する。

 ようはやりたいだけなんだな? バンドってやつが。


 だって本気で収益化を考えるなら、各配信で告知してライブハウス借りるだろ。

 そしてチケット売りさばいてるもんな?

 今の【にじらいぶ】がリアイベを敢行すれば絶対に5000人以上の集客力はあるはず。それをしないってことは……はしゃぎたいお年頃なんだよな……。


「慈善活動やボランティアじゃないと、動かせない心だってあるわ!」


「身バレ問題はどうするんだ? さすがに学校特定とかにならないか?」


 せっかくライブするなら動画で記録はしておきたい。リスナーたちに推しの輝く瞬間は送りたい。

 体育館でのライブだから……かなり動画編集してごまかしても、生の観客からどこの高校で行われたのかはリークされてしまう。


「他7校でサプライズライブをするわ! さらに被災地や、私たちを必要としてくれそうな場所にも声をかけてみるの。支援物資は事務所の収益から用意するのはどうかしら? ライブの範囲を広げれば、多少の特定リスクは防げるでしょう?」


「まあ、たまたまうちの学校でもライブが行われたって認識にはなるのかもな。って、7校もするのか!?」


「イメージアップの宣伝と考えればいいわよ。無料出演にはなるけど、みんなが良ければ営業をかけるわ」


「僕はやってみたいです!」


「あたしもみんなで音楽とか興味あるかも」


「うちは【紫音しおんウタ】と話すきっかけになりそうならやりたか」


「楽曲はどうするんだ? 作曲するってことだよな?」


「ちょうどいいじゃない。黒宮くろみたさんは暴露配信以外の武器が欲しいって言ってたでしょう? これからはDJ路線も追加よ! 私たちの歌をMIXしたり楽曲をどんどん出してゆくのはどうかしら? もちろん権利料や別途報酬は支払うわよ?」


「簡単に言ってくれるけん……んん、でもAIと一緒にベーストラックを作って、そこからうちが肉付けして、アレンジを加えて細かな調整をしてゆけば……無理な話でもないっちゃ?」


 けっこうな仕事量の増加だが、意外にも夜宵やよいは乗り気な反応を示す。

 やはり暴露配信というスタイルからどうにか脱却したいのかもしれない。


 そんなこんなで【紫音しおんウタ】と【芸術祭】に向けて、俺たちの方針は決まった。





「バンドかー……」


「きゅきゅっ?」

「ぴよよ?」


 自宅のリビングのソファで寝そべりながら、これからの活動に想いを馳せていると、胸ポケットからきゅーとぴよがもふっと顔を出してくる。


 ん?

 2人も何かしたいのか?


 あー…………確かにきゅーが木琴とかポクポクしたり、ピヨがピアノの上にポーン、ポーン♪ とか乗っちしてたら、めっちゃ可愛いなあ……。

 

 でもさすがになあ……。

 おお、そうだ!

 ライブとかって色々な光の演出、照明演出とかそういうのがあったよな!?

 

「くーきゅー? きゅっきゅっ!」

「ぴっ、ぴぴぴぴっ、ぴよっぴー、ぷっ、ぴぴぴ?」


「んん……え!? ぴよってそんな事もできるのか!? じゃあ、きゅーと一緒に練習してみるか!?」


「くっきゅーん♪」

「ぴぴぴっぴっぴぴよ?」


 俺のお腹の上でもふもふとふわふわが飛び跳ねてたり、はしゃいでおられる。

 あぁ、眼福の極みだ。


「うんうん、きゅーとぴよには期待してるぞー! 楽しみだなあ!」



「ねえ……おにいさぁ……ちょっとやばいって。今の仕事って、ペットに独り言をずっと垂らしちゃうぐらいキツイ雰囲気なの?」


にいさんは前からやばいって雰囲気。この間も朝からうるさいって思ったら、そのヒヨコみたいな動物に話かけてた」


「あーあれね。真冬まふゆも壁ドンしたの?」


「やっぱり真白ましろちゃんもしてたんだ。するよね」


 俺の憩いの時間に水を差したのは義妹2人だった。

 先日、ぴよの誕生を皮切りに、家族にきゅーとぴよのことはバレている。家に入れることを承認してはくれたが、最近の義妹たちはやけにピリピリしている。

 まあ中学二年って年齢は色々と複雑だもんな。俺が14歳の頃は【転生オンライン:パンドラ】にずっぷりで、両親との会話すら拒否ってたし。

 それと比べたらちょっとピリついてる程度なんて可愛いもんだ。


「おー真白ましろ真冬まふゆか。いや、推し事……仕事はまあ大変だけどやりがいはあるぞ。それよりもうるさいって言うなら2人の方だろ。深夜遅くまでずっとなに騒いでるんだ? 誰かと通話しながらゲームでもしてるのか?」


「お兄には関係ないでしょ」

「兄さんには理解できない世界です」


 まあ、そうだよなあ。

 俺には二人の義妹の思春期なんて全くもって理解できない。

 なー、きゅーにぴよ?


 二匹と一人がソファでうずくまる。

 俺がそうやってもふもふ成分を堪能していると、義妹たちは呆れた。


 理解できないと言えば、うちの家族はこの子たちの可愛さをまるで理解していない。

 ドライなんだよなあ、うちの女性陣は……。



「そういえば、2人はまだ仕事してるのか? もう俺が稼ぎまくるから、働かなくてもいいんだぞ? 中学生なんだし学校とか学業を存分に楽しめよ」


 義妹たちは見た目だけは断トツに優れている。

 ロシアの血が入っているからなのか驚くほどに綺麗なのだ。

 だから普通に学校生活を楽しめば恋愛関係は無双だと確信している。


「別に。私たちが好きでやってるから」

「なんだか兄さんにおんぶにだっこというのも違う気がするし」


「ほーん。いい心構えだ」


「なんかお兄っておっさんって雰囲気」

「兄さん、やっぱり疲れてる?」


「いやいや、2人の方こそ最近……なんていうんだろうな。なんか思い詰めてないか?」


「ちょっとね。焦ってはいるかな。目標が遠のいちゃったっていうか」

「ライバル視してた相手がすごい功績を立ててるから、真冬たちもがんばらなきゃって」


「負けず嫌いだな。いいことだ。で、その相手っていうのは?」


 俺が深く突っ込んでみると、2人はあからさまに嫌な顔をする。

 それでもしぶしぶと答えてくれるのだから、俺の中学二年の時より百倍いい子たちだ。


「お兄は……あんまり興味ないと思うんだけど、VTuberって界隈があってね」

「その界隈は、事務所勢はすごく結果を出してるけど。個人勢はけっこう厳しくて」


「でもとある個人勢の子は面白くて、頑張ってて」

「真冬たちはその子を目標にしてたんだ」


「そしたら最近すごい伸びてて……自分で事務所まで立ち上げちゃって」

「なんだか悔しくってさ。そんな感じだよ」


 んんん……?

 V界隈なら俺もちょっぴり詳しいぞ?

 んんんんん?

 

 とある個人勢のVを目標にしてた……?

 最近バズって事務所を立ち上げたV……?


 なぜ義妹たちが悔しがる?

 んんん……!?


「えっ、真白も真冬も個人Vしてたのか!?」


「ま、まあ……名前までは言いたくないってことで」

「家族に見られるとか拷問すぎるってことで」


 うん。

 まあね?

 その気持ちはわかるよ?

 俺だって同じ理由で【にじらいぶ】でお仕事してるなんて言ってないもの。

 


「ほ、ほーん……その、とあるV、ブイチューバーさんって、い、いつから見てるのかな?」


「んっと、真白はだいぶ前から。でも異世界パンドラ配信系は、私たちにとって参考にできないからチェックしてない」

「だから真冬たちはゲーム配信関連しか見てない。特に死にゲー配信とか」


「ほ、ほーん」


 誰のことを言ってるのか……俺はわかってしまった。

 多分、きるるんだよな!?

 おいおいおいおいおい、異世界パンドラ配信関連を2人に見られたら……勘のいい2人だ。俺にたどり着いたりするんじゃ!?

 ここはっ、話を逸らした方がいいか!?


「他に参考にしてる、そのブイチューバーさんとかいたり、するのか?」


「最近は『女』を売りにして成り上がった巨乳とか……」

「炎上ネタを取り扱ってる暴露系とか……しかもこの子は私たちと同い年っぽいんだ」


 んん、ぎんにゅうと闇々ヤミヤミよる、だよな?

 くっ! 一旦VTuberから話を変えよう!


「ゆ、YouTuberとかはいないのか?」


「王道だけど破天荒なトークが楽しい子をチェックしてるよ」

「すごい身体能力を活かして、色々やばいことをやってるかな。Vじゃ難しいけど、配信のネタの参考になるかなって」


 そんなの海斗うみとそらしかいないいいいいい。

 なに、義妹たちは【にじらいぶ】のファンなの?


「ファンなの?」


「……ま、まあ。真白はそこそこかな……」

「……一応、真冬にとっての憧れかなって……」


 妙に照れくさそうに自分の好きを吐露する2人。

 まあ、家族に趣味を明かすのってちょっと複雑な年頃だよな。うん。

 俺も【にじらいぶ】大好きだよおおお! てぇてぇえええええ! とか口が裂けても義妹たちに言えないもん。

 だから、俺が絞り出せたのは————


「そ、そうか…………う、うちの高校の芸術祭とか来たら、その参考になるんじゃないか? 出し物とか発表会みたいのがたくさんあるから、そ、そのブイチューバー? って、やつの活動方針とか? 刺激とか受けられるっていうか?」


 ここまでが限界だった。

 例え義妹たちがライブを見に来ても、ヴァイオリンパートは録音したものを夜宵やよいが流してくれるだろうから、俺は動画撮影係だしバレないはず。



「え? 芸術祭? つまんなそ」


「そんなの見に行くなら【にじらいぶ】の配信見て勉強するって」


「ね。文化部高校生の発表会? そんなの見て、何が参考になるの?」


「やっぱり兄さんは何もわかってないって雰囲気」


「そうねー桜司おうじは女心なんて何にもわかってないものねー」


「なんで母さんまで参戦してくるんだよ……」


「あんたが心配なのよ。あんたもう高校一年生でしょ?」


「だから何ですか?」


「そんな動物たちとちちくりあってないで、ちゃんと女の子と向き合いなさいって言ってるの。現実逃避もいいけど、親に彼女の1人でも紹介しなさいよ」


「彼女って……」


「いい? 女の子なんてお金があれば大抵は落とせるのよ?」


 いやいや全然違うでしょ。

 母さん……いや、お金のせいで父さんにはひどい目にあったから、母さんのそういう気持ちもわかる。わかるけどさあああ。


 俺は我が家の女性陣小言包囲網からそっと退場する。


「くーきゅ?」

「ぴぴっ?」


 大丈夫? と心配そうに胸ポケットからもっこりと顔を出すきゅーとぴよ。

 やっぱ、俺の家での癒しはきゅーとぴよだけだあああ。


 俺が二匹の尊い存在をかみしめていると、不意にスマホからメッセージが届く。

 送り主は【闇々ヤミヤミよる】こと、中学二年生の黒宮くろみや夜宵やよいだ。


『明日の放課後、しろ先輩の家に行ってよかと? あおちゃんと一緒ばい』


 は?

 どうしてあおいも一緒に?

 いや、そこじゃない。どうして夜宵やよいはウチにきたいんだ?



『どうしてだ』


『作曲について相談にのってほしか』


 詳しく聞いてみると、一応【にじらいぶ】で発表する曲の骨組みは、リズムの根幹を成すドラムパート、ピアノとベースラインはあらかた決まったそうだ。

 そして主旋律となるヴァイオリンも。

 ただ、どうにも全体のミックスが不安だと言うので【幻想曲の弾き手】である俺にアドバイスが欲しいらしい。


『相談ぐらいなら通話とかでのるし……ミックス用の機材、PCとか持ってくるのは手間だろ? やるにしても、夜宵やよいの家の方がよくないか?』


『ちゃんとそん場でトラック聞いてもろうてから、しろ先輩のヴァイオリンアレンジパートも直に聞いてインスピレーションば高めたか。調整したか。あと、しろ先輩は女子ん家にあがりたがりのむっつりばい? うちの部屋がどうしても見とーと?』


 …………。


 たしかに……中学二年生女子の部屋に俺が上がり込むのは……同じく中二の義妹たちがいるからこそわかる。侵してはいけない不可侵領域、というか触れてはいけない逆鱗領域だ。

 しかも後々、くれないたちに報告するのも含めると中学生女子の家に入るよりも、なんとなくうちに招いた方が健全っぽい? あおいも保護者役? として同伴するわけだし?


 しかも内容が内容だ。

 仕事だ。

 夜宵やよいの文面を見る限り、かなり真剣に音源を作り込んでいるのだろう。


『わかった。明日の放課後、俺んちでな』


 さて、義妹たちや母さんになんて説明すればいいんだろう。


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