30話 推しの安全確保も仕事のうちです
『ね、ねえ……執事くんが作った料理……とんでもなくない?』
『これも【にじらいぶ】の特権よ? 魅力的でしょう?』
『美味しいごはんは幸せいっぱいです!』
きるるん、ぎんにゅう、そして【海斗そら】がナナシちゃんのご飯を堪能すると、3人の間に妙な空気が流れ出す。
特にそらちーは驚愕の表情からだんだんと青ざめてゆき、最終的には配信中であるにも関わらず独り言をブツブツと呟き始めた。
『永久にステータス上昇……? しかも、あたしみたいに青魔法の派生系スキルを持ってる人からすると、この天ぷらって……そもそも海鮮丼を食べたら、砂中でも砂上でも移動スピードが上がる【
そんな彼女の態度をいぶかしむリスナーもいたけれど、そこを深く言及する前にコメントによりもたらされた情報で、事態は急展開を迎える。
『うそ……モンスターのスタンピードが起きたの?』
『えっと、近くですか?』
『あちゃー……【天空城オアシス】を包囲するように接近してるっぽいね……?』
三人に様々な情報が怒涛のように流れ込む。
彼女たちは配信中だからと気丈に振舞うものの……不安が見え隠れしている。
『私たちがいる【
『亀さんはおっきいですから、モンスターは
『飛行型のモンスターが大量にいるって……あと【
『み、みんな、情報をありがとう』
『心強いです』
『どうしよっか。今から【世界樹の試験管リュンクス】に戻ろうとしても危ないのかな?』
:絶対に危険
:大群と遭遇したらそれこそ終わり
:自殺しにいくようなもんだろ
:冒険者ギルドが緊急クエストを発令したらしいよ
:まずは冒険者ギルドに行こうぜ
『わかったわ。ねぇ、ぎんちゃん、そらちー……変身時間、もってあとどれくらい? 私はあと3時間ってところなのだけれど』
『ぼ、僕は……あと2時間半ぐらいが限界です』
『あたしもぎんぴと同じで2時間半かなあ。こんなに長く変身できるのは、執事くんの料理のおかげでもあるよ』
彼女たちの間で沈黙が落ちる。
それはコラボ配信を中断して、少しでもモンスターに備え変身時間を回復しておくべきかと悩んでいるのだ。
リスナーたちもそれを察してか、『もう今日は中止にした方がいいんじゃないか?』と、彼女たちを案じるコメントが散見される。
そんないたたまれない緊張した空気を、一瞬で砕く言葉が発せられる。
それは美少女たち3人の口からではなく、彼女たちを撮影しているカメラマンのナナシちゃんからであった。
『いざとなれば、こちらの『図書館ダンジョン』シリーズ【夢の雪国スノウドリーム】へ避難もできますのでご安心ください。パパッと転移できます」
ナナシの手元には可愛らしい装丁の本が一冊。
これは世にも珍しい『図書館ダンジョン』と呼ばれるもので、持主がダンジョンへと自由に転移できる優れものだったりする。
:安心安全のナナシちゃんwwww
:我らが推しは守られた(完)
:まじで有能すぎるんだよなあw
:あ、やっぱ【夢の雪国スノウドリーム】の
リスナーたちがナナシちゃんを評価するなか、三人は冒険者ギルドへと向かう。
その間、きるるんは含みのある表情でそらちーへと話しかけた。
『どうかしら? そらちー?』
『んん、たしかに魅力的だよ』
『おいしいごはん、可愛いもふもふ、安全な場所、それが特典よ?』
『んんー、
二人の間で謎のキャッチボールが行き交う。
それはきっとコラボウィークが決定する際、何らかの取り決めが両者にあったのかもしれないとリスナーたちは納得した。
『ついたわね、冒険者ギルド』
彼女たちがギルドに入ると、すでに多くの冒険者たちが集っていた。
ちょうどこれからギルドの説明とスタンピードへの対応策を話し合う作戦会議が始まるようだ。
『これより【天空城オアシス】防衛作戦を執り行います! 冒険者のみなさま、静粛にお願いいたします!』
冒険者ギルドの職員が声を張りながら状況を説明してゆく。
『【天空城オアシス】防衛作戦にご参加いただける方には、報酬として一律20万円給付いたします』
この額は冒険者界隈の報酬としてはかなり低い。
大規模なスタンピードに対し、命を賭けるにはあまりにも低い金額だった。
だが、その場の誰もがわかっていた。
クエストに参加してもしなくても、スタンピードが迫る【天空城オアシス】にいる自分たちはどのみち戦わないと命が危ない。さらに言えば、この活動拠点を失うのは冒険者としてあまりにも痛手すぎる。
つまり冒険者たちにとって逃げられない戦いなのだ。
だから給付金が出るだけありがたい話なのである。
そこは全員が納得しているので、冒険者の関心は別にあった。
『では【天空城オアシス】防衛作戦を指揮する、高位ランクのパーティーをご紹介いたします!』
ギルド職員の導きにより
そう、冒険者にとってどれだけ強いパーティーがこの都市にいるのか、誰が指揮をとるのかで生存率は大きく変わる。
無論、士気もだ。
:お、【巨人狩りのオンド】だ
:【夕闇
:新進気鋭の女性冒険者パーティー、【
:クエスト達成率がド安定の【
:飛行系にめった強い【
リスナーたちは有名な高位冒険者を目にして興奮し出す。
しかもその全員が鬼気迫る雰囲気をかもしだし、本気の顔をしているのが冒険者ファンにとってはたまらないワンシーンだった。
それだけ彼ら彼女らに危機が迫っている、そのひりついた温度感がリスナーにまで伝わってくる。まるで自分もその場にいるような————
冒険者に憧れるリスナーたちもいるのだ。
きるるんの配信に興奮しないわけがない。
『俺ら【巨人狩り】はよお! モンスターの猛攻が最も激しって推測された西側を担当すんぜ! クソったれな魔物をぶっつぶしてえ奴らは俺らの下に来い!』
『同じく西の守りを任された【夕闇鉄鎖団】じゃ。わしらドワーフとの伝手を作りたいっちゅうもんは、わしらの所にくるといい。美味い火種酒を扱う店を紹介してやるぞい?』
『北側担当の【
『南の指揮担当【海渡りの四皇】です。西の次に激戦区になるだろうと予測されていますが、手堅く防衛に専念する予定です。うちは誰でも歓迎します』
『あたいら【
それぞれが名乗りを上げるなか、冒険者たちはどの指揮下に入るか真剣に悩む。
それはきるるんやぎんにゅう、そらちー、そしてリスナーたちも同じだった。
そんな緊迫した空気の中、異を唱える者がいた。
『あのー、きゅーや鳥たち、虫たちが言うには東が一番激戦区になるそうですよ? 布陣配置の見直しを提案します』
なんと、配信のすぐそば……画面越しから挙手したのはカメラマンのナナシちゃんだった。
しかもギルド陣営が1番手薄にしている方角が、1番攻勢が激化するという真逆の主張。
決戦前の士気に関わる指摘なので、これには全員がまゆをひそめる。
『ああん? てめえ、なぁに適当ぬかしやがる。どっからどうみても俺ら西側がモンスターの影があちいだろうが! それともなにか、俺らが腑抜けな臆病者だとでもいいてのかあ!?』
『ふーむ。おぬしのような勘違いは蛮勇と呼ばれるものぞ? 若造にはわかるまいか?』
この発言に【巨人狩り】は激高し、【夕闇鉄鎖団】は侮蔑を示す。
だがナナシちゃんも黙っていなかった。
いや、ナナシちゃんの
『うちの執事を
颯爽と炎髪をなびかせるきるるん。
強者相手に臆した様子は微塵もなく、その
『ああん? てめえ、誰だ?』
『ふん……小娘が
『お嬢さん、ここはあんたみたいのが出る幕じゃないんだぜ。ちゃんと実績のある俺らと、冒険者ギルトの判断に従ってくれ』
『キミは……そうか、キミがナナシロ君の……彼の
『んんっ、あんたは……確か遊び半分でダンジョン攻略配信している素人さんじゃないの!』
代表者パーティーたちの反応は、きるるんやナナシちゃんに否定的だ。
『遊び半分で
『冒険者をなめすぎるのは、自分の命を
『いや、待ってください! みなさん』
完全にきるるんたちはアウェーだったが、【海渡りの四皇】のリーダー
『そこの執事くんの推察を、【海渡りの四皇】は考慮すべきだと主張します!』
ザワリ、と周囲の冒険者たちに波が広がる。
『彼は信用に値します。何せ、僕たち【海渡りの四皇】は先日! 彼をパーティーに勧誘しています! お断りされましたが』
それほどまでに高位ランク冒険者からのパーティー勧誘とは名誉なものだった。何せ彼らのパーティーに所属する意味は、生存率がぐっと上がるというものである。
さらに言えば、一気に稼ぐ金額も上がり金持ちの仲間入りと同義なのだ。
そんな誘いを断る。
つまりナナシちゃんが身を置く
『彼の凄さを目の当たりにして、パーティー全員が即断即決でしたよ。そんな彼の意見ならば、僕たち【海渡りの四皇】は審議すべきだと思います!』
あの【海渡りの四皇】がそこまで言うのなら、と高圧的だった高位冒険者たちも一目置かざるを得ない。
:モンスターの動きを網羅しているナナシちゃん無双
:ナナシちゃん、上位冒険者には顔が
:執事の鏡やんw
:上位冒険者も納得の男装かw
:いや、敢えて執事という役柄を立てているのでは?
:まさかのスカウトされてたとか笑うわ
:きるるんの表情がおもしろかったなwww
:聞いてないわよ!? って驚愕からの安堵した感じw
:よかったねきるるん。ナナシちゃん取られなくて
:この主従、どっちが手綱を握ってるのかわからなくなってきてるよなww
:最高のコンビだよ
:きるるんの可愛さが底なしにどんどん出ちゃう感じよ
:ナナシちゃんグッジョブ
こうして『天空城オアシス』の防衛作戦会議は、名無しの冒険者を中心に煮詰められてゆくのだった。
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