31話 腹が満たされ戦はできる
【天空城オアシス】の防衛戦会議は難航した。
というのもやはり、ぽっと出の俺の意見を完全に通すのは難しかったからだ。
なんとか【海渡りの四皇】の後押しもあり、高位パーティーの人々は半信半疑でありながらも
さて。
作戦会議を終えれば、俺のやることは決まっていた。
そう、決戦までに
なぜかって?
『ナナシちゃん! 冒険者のみなさんにお料理をふるまうのよ!』
作戦会議後に、雇い主であるきるるんから
どうやらきるるんは、高位ランクの冒険者にデモンストレーションをかます魂胆らしい。というのも、
つまりは
そして俺が
多少のリスクはあるが……この機に高位ランク冒険者の
2人の覚えがめでたければ、必然的に裏方である俺の給与もアップする。
ピンチをチャンスに変える精神力は相変わらず賞賛に値する。
なんて色々理由をつけてはいるが、きるるんはこの場にいる冒険者が、俺の料理バフによって少しでも助かるようにと願っているだけなんだ。
さて、肝心の豚骨スープだが、今回はハイオークの骨からだしをたっぷり取っている。
【海渡りの四皇】と冒険した時、大量に仕留めた豚肉素材がありあまっているのだ。
正直、作る料理は肉汁うどんと迷ったが、ひと手間かかる料理をチョイス。
そんなわけで、【ハイオーク】や【ファイアオーク】の肉を使っっている。もちろん血抜きや
「————【神竜の火遊び】」
絶妙な火加減でフツフツと煮込んでゆく。
そして豚骨スープへ鶏ガラも加えれば、香ばしい匂いがただよってくる。
汚れなき雪原を連想させる濃厚なスープ。そこへ、クリーミィな色合いが加われば何とも美しい。
スープがあらかた白くなったタイミングで各種野菜も投入。
豚骨スープのコクを引き立てる重要素材だ。
続けて【ファイアオーク】の固まり肉も投入。
豚肉の旨味もたっぷりしぼりだすぞおおお。
今回、調理器具や各種野菜などは、【海渡りの四皇】が冒険者ギルドと掛け合ってくれて全額負担してくれている。広い調理場や圧力鍋などの提供も非常に助かる。
よほどキヨシさんたちが俺の料理を推してくれたのだろうと推察できた。
期待には応えたくなるというのが男の性よ!
決戦まで約2時間弱。
どうにか濃厚コク旨スープを完成させたい。
最低でも1時間は煮込みたいところだ。
その間に各種食材の様子をチェック。
「スープはこのまま煮込んでゆくとして、次はファイアオーク肉をたこ糸できつく縛ろう」
鍋にサラダ油を投入し中火で熱する。
頃合いを見て、たこ糸縛りのオーク肉を落とす。
ジュゥゥゥワアアアアアアアアアアアアっと食欲のそそる音が席巻するが、俺は丹念にオーク肉を焼いてゆく。
こんがりと焼き色がつくまで転がすのだ。
ころころじゅっ。
じゅっじゅっころころじゅっ。
うーん。
口の中から唾液があふれてくる。
よだれが出そうだ。
ほどよい焼き加減だと判断した段階で、ねぎとにんにくを織り交ぜる。
そこからふたをして弱火で煮る。
この行程に、
慎重に、慎重に、ぷるぷるとろっと
さらに温めていた豚骨スープの方へ投入。
またもやくつくつと煮込む、煮込む、スープに
頃合いを見計らって、
あとは食べやすいように切り落とすだけだが……包丁から伝わる程よい弾力性、そしてぷりっと肉汁がこぼれるのだから……たまらない。
「これで仕込みは万端だ。あとは食べたいって冒険者が出るたびに、硬めの麺を高温でサッと
豚骨スープが
「そろそろ配信を開始するわよ」
「ん? 休憩の方はいいのか? ほら変身時間とかさ」
「ナナシ産のバウムクーヘンのおかげで、みんなの
「やっぱり
「あれっ? また何か作ってるのー?
んっ!?
し、白くん!?
しかもなんと親しげな響き!
これだよ、これ!
俺が藍染坂さんに求めていたのはッ、推しに求めていたのはッ、このフランクかつチャーミングかつ絶妙な距離感の呼び名!
シロくん、シロくん、いいぞおおお!
二人の間で何か起きちゃいそうで起きない、でも起きちゃうかもーって期待できそうな距離感ンンンン!
さすがリアルの! クラスメイトの推し!
未だにナナシ呼ばわりしてくる
「あれ? シロくん呼びはダメだったかなー? ほら、
「ぜひお願い致します!!!!!」
「どうして敬語?」
「気持ち悪いわね、ナナシ。その緩み切った顔面を切り裂いてあげようかしら?」
「それで
「おー、
「えっ、大好きです!」
「よかった。今回のメニューはチャーシューたっぷりコク
「わーい、です!」
おお、ぶるんぶるん揺れるなあ。
視線が吸い寄せられるぜ。
「
「あたしはさん付けで、銀条ちゃんは名前呼び……?」
おおっと。
あまりにも破壊力抜群なたわわのせいで推しの2人が呟いた言葉を聞き逃してしまった。
「二人は……あれか? 豚骨ラーメンは苦手なのか?」
「もちろん食べるわよ!」
「あ、あたしも!」
それから
防衛戦の直前配信。それは命がけの決戦前夜みたいな緊張感と重みがある。
冒険者たちがいったいどんな様子で過ごすのか。思い思いの気持ちを胸に、覚悟を決める時間。
「おぉーやってるねえ」
「わっ、キヨシさん……と、【海渡りの四皇】のみんな! それに、えーっと……」
きるるんたちの麺を今から茹でようとした矢先、彼らはぞろぞろと厨房前のカウンターテーブルに現れた。
「オンドだ。巨人狩りの。たぁーっくよぉ! キヨシがどうしても食べた方がいいってぬかしやがるから来てやったぜ」
「ふん、【夕闇鉄鎖団】のガレクじゃ。こやつが食わなきゃ人生損しとるとしつこいからに、仕方なくじゃ」
「まあまあ、腹が減っては戦はできねーって言うし、いっちょ腹ごしらえっていこうぜー。あっ俺は【
「大事な決戦前にお腹を壊したりしないだろうねえ? もし腹痛にでもなったら、【明星】のヒカリが鉄槌パンパンパンやよ!?」
おお、高ランクパーティーの見本市だ。
あっ、豪田さんが生そらちーを拝めた感動で号泣してる。
リスナーさんはきっと豪田さんを見て、『絶望的な死の恐怖を感じて泣いている』と勘違いしてそうだなあ。
「それで、今日のメニューはなんだい?」
「豚骨ラーメンです」
「ああん? これから決戦だってのにガツンと重すぎねえか、おい!」
「俺はパスしようかなー」
オンドさんとツバサさんがすぐに難色を示す。
「うちの執事がそんな配慮もできないと思っているわけ? これだから愚民は嘆かわしいわね」
すかさずきるるんの毒舌が炸裂し、2人の表情がピリつく。
そこまで言われたら引き下がれないのが冒険者の性なのか、『おうおう、お嬢様が口にするラーメンってやつを味わうかねえ』だとか、『俺の舌は肥えてるよー? ラーメンなんかで満足できるかなあ』と挑発的な態度を取っている。
ふふ。
しかしキミたちはもう理解しているのだろう?
沸き立つ湯気が、濃厚すぎる豚骨スープの香りが、
胃袋をこれでもかと刺激していると。
さあ、はたして本能に抗えるのかな?
まずはどんぶりに、
次いでサッとゆでた麺を投入。
細くともコシのある麺が、複雑にとろーりスープと混ざり合う。さらに刻みネギを添え、仕上げには————
今にもほぐれんばかりのぷるぷるチャーシューが鎮座する。
それは玉座に腰を下ろした皇帝のごとく、堂々と豚骨ラーメンに降臨した。
「【ほろほろ
「いただくわ」
「いっただきまーす!」
「いただくね?」
3人の美少女が我先にと豚骨ラーメンを口にする。
「はふぅーふぅーっ、すぅー。あとひく美味さ、ここに極まれり、ね。さっぱりした口当たりなのに、濃厚な味。うん、重すぎないわ」
「ちゅるちゅるちゅる~もぐっ、わぁ……あったまって、うまうまです!」
「まって、もきゅっ…………
「「「「「ゴクリ」」」」」
それから高位ランクパーティーのみなさんはこぞって豚骨ラーメンを御所望された。
俺が豚骨ラーメンを提供すればすごい勢いで、みんな食べ始める。
「ずぞおおおおお」
「はむっぱくっバクバク」
「ぷはああああ」
「ズルルルルルゥッ」
いかつい冒険者たちに囲まれながら、推しが3人。
はふはふと美味しそうにラーメンをすする。
うん、いい絵面だ。
そこに会話はない。
ただただラーメンの美味さを堪能せんがために————
美少女たちは、誰にも
「ふっふっ」
「ふーふーちゅるっ」
「ほふっ、んぐっ」
誰もが真剣に、無言でラーメンを食べ続ける。
各々が胸に秘めた何かを飲み込むように……今、この瞬間を精一杯味わうのだと、生きるのだと、そんな熱気が立ち込める。
冒険者たちの、きるるんやぎんにゅう、そしてそらちーの戦う覚悟が感じられる。
きっとみんなの決死の想いは、俺の視界を通してリスナーたちに伝わっているだろう。
「————死ぬ前に、食えてよかったぜぇ」
「うむ。これを口にできたのなら、今日死んでも悔いはないのぅ」
「はあーこの味……また食べたいから絶対に死ねないな」
「あたい、生きる意味を知ったよ。こいつを食べるためにあたいは生まれてきたんだって」
「またまた最高の味だよ。なあ、みんなも気付いてるだろ? これがただのラーメンじゃないって」
「こ、こいつあ……力がみなぎるぜ!?」
「……すごいのう。活力がわいてくるぞい」
「おいおいおいマジかよ! 他の冒険者たちにも伝えねーと!」
「これと同じ物が……
「こちらはまだ試作段階ですので、販売はされていないかと」
「もっとくれ! もっとだ!」
「ごうつくばりはよくないぞい。食い過ぎて動けなくなっても知らんぞ」
「いやいやガレクさん!? 俺が最後まで残しておいたチャーシュー何シレっと取ってんの!?」
「くぅぅぅうぅぅ、スープも飲み干す美味さ! あたいは気に入ったよ!」
どうやらお口に合ったようだ。
それから彼ら彼女らの口コミで、豚骨ラーメンの噂は瞬く間に広がった。
おかげで下位から中位の冒険者までラーメンを食べにきてくれるようになった。
俺の料理が誰かを笑顔にする。
誰かのためになる。
きるるんが、
これで冒険者たちの生存率が上がる。
さあ、いよいよ決戦が始まる————
◇
—————————————————————
【ほろほろ
スープの表面に浮かぶ
基本効果……3時間、ステータス力+1を得る
★……3時間、ステータス
★★……3時間、火傷耐性(小)を得る
★★★……
【必要な調理力:90以上】
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