25話 これも料理の一環です?


「僕たち【海渡りの四皇】は元々、【創造の地平船ちへいせんガリレオ】で活動していたパーティーなんだ」


 リーダーであるキヨシさんの説明を受け、俺はゲーム時代の記憶を引っ張りだす。

【創造の地平船ガリレオ】は巨大な船と船を無数に鎖で繋ぎ、地平線のように伸びた海上都市だ。船といっても、もはや塔とか城みたいなものまである。

 なので小島が繋がってできた細長い街、のような代物だ。


「【創造の地平船ガリレオ】……確か五大黄金領域の一つですよね」


「ふぉっふぉ。あそこはよく揺れるからのぅ。わしは【世界樹の試験管リュンクス】に活動拠点を移せてよかったわい」


「っち。俺は本物の・・・海の方が好きだったのによ」


「六日後にそらちー・・・・がこの辺りに現れるはずであーる! であるならば、私の筋肉を披露するチャンスなのであーる! いや、筋肉と筋肉の共鳴なのであーる!」


 ん?

 そらちー……?


「この通り、豪田ごうだの推しが近々この辺りでコラボ配信をするらしいんだ。こいつがどうしてもーって言いだしてね」


「ふぉっふぉっ。いい恰好を見せるためにちょっと早めに乗り込んだってわけじゃ。慣れておく必要があるゆうてのぉ」


「推しとかマジでくだらねぇ……会えるわけないっつの」


鷹部たかべ! 筋肉を信じるのである!」


 んんん?

 もしかして豪田さんは……きるるんとぎんにゅうのコラボ相手、【海斗うみとそら】のガチファンってやつなのか?



「もしかして【海斗そら】さん?」


「おおおお! ナナシロも『そらんちゅ』であったか!」


「あ、いえっ……別にファンとかではなくて」


「なんと! そらちーの筋肉はいいぞ~しなやかに磨き抜かれたボディ、健康的な筋肉、洗練された動き、たまらない、たまらないぞぉおぉぉお! 何より天真爛漫な可愛らしさが! 最高に推せるのであーる! それに比べてナナシロの筋肉は細————……ん? んんんー……? ぎっちり、詰め込まれている……? ば、ばか、な……? Lv0……?」


 俺の上腕二頭筋あたりを突然触り始め、凝視し始める豪田ごうださん。



「いい加減にしないか、豪田。ごめんね、ナナシロくん。豪田のやつは推しの話になると長いんだ」


「まったく豪田は暑苦しくてかなわないのう。ほれ、ナナシロ坊にはわしらの討伐目標である【砂くじら】について知っておいてもらうとするかのう」


「ちっ。こんな奴に説明したって俺らの時間の無駄だろ」


鷹部たかべは口が悪すぎだよ」


「ふぉっふぉっ、弱い奴ほどよく吠えると言うじゃろ?」


せんじぃ、てめえーぶっころすぞ!?」


「わしを殺したらパーティーの魔法攻撃役がいなくなるぞい?」


「っち!」


 鷹部さんはふてくされつつもミーティングに参加してくれるようだ。そんな彼を見て、クツクツと笑っている仙じぃさんやキヨシさん。

 なんとなく、こういうやり取りはいつものことなのだと伝わってくる。


 なんかいいな……男同士の友情というか、冒険者のやり取りって感じがする。



「そんなわけでナナシロくん。君は今回、僕らに同行するだけでモンスターと戦う必要はない。でも僕たちが何をできるか把握しておくと生存率がぐっと上がるはずだ」


 リーダーのキヨシさんを皮切りに、各メンバーたちが冒険者風の自己紹介を始めてくれる。


「わしはLv17じゃ。身分は【賢者ウォーロック】。中距離の攻撃魔法が得意じゃな」


 仙じぃのLvと身分に少しビビる。

 まず身分【賢者】は転生オンライン時代でもレア身分だった。それに加えてLv17って、現在の最高レベル冒険者が20なのだから、間違いなく高ランク冒険者だろう。


「っち……俺はLv15で身分は【狩り人】だ。索敵がメインだが、弓と短剣も扱う」


「私はLv16である。身分は【神官戦士】であーる! 回復とメイスは私に任せるのである」


「そして僕もLv16。身分は【騎士】だよ。近接での攻守は僕に任せて」


 おおっ。

 四皇なんて名乗ってるだけあって、みんなレベルが高い!

 ぽっと出の俺なんかを守り切れると豪語したのも、それなりに自信があるからだろう。

 もしかしなくとも、けっこうな当たりパーティーだよな?


「つまり僕ら【海渡りの四皇】は、前衛の僕が敵を食い止め、中衛の鷹部たかべ豪田ごうだ攪乱かくらんと援護、そして後衛の仙じぃが高火力の魔法で仕留める。これがいつものパーティースタイルさ」


「ナナシロ坊は基本的にわしのそばにいるのじゃぞ?」


「てめえは余計な手出しすんなよ。ウロチョロしたら苛立ちで俺の手元が狂う。したら、モンスターを殺す前に、お前を射止めちまうかもしれねえ」


「私の大きくて優美な筋肉の影に隠れるのであーる!」


「はい!」


「それで標的の【砂クジラ】は————」


 なんかこれぞ冒険者っぽい会話だな。

 ちょっとだけ興奮している自分がいた。





 俺は思う。


「おい、ナナシロ! 【砂乗りぶね】の帆先ほさきをもっと立てろ! ロープを左に引っ張るんだよ、使えねえな!」


 鷹部たかべさんは口調が厳しい。


「馬鹿やろう! 引っ張るってことは、ロープにしっかり掴まれってことなんだよ!」


 だが、言っていることは全て的確だ。

 俺が【砂乗り船】から落ちないように指導してくれている。

 この【砂乗り船】は【砂の大海サンドブルー】を素早く移動するための物で、帆で風を受け止めたり、船体下にあるスクリューのような物で青い砂をかき分けて進んでくれる。


「ちゃんと慣れておけよ!? ったく世話のやけるグズだぜ。危険地帯に入って【砂乗り船】から落ちてみろ、マジでお前はゴミみたいに死ぬぜ?」


 そう、鷹部さんが説明してくれる内容は俺の身の危険に通ずることばかりなのだ。

 すなわち俺の身を案じてくれているのだ。


 彼はバレてないつもりなのだろうが、他のパーティーメンバーが鷹部さんを見てニヤニヤしているのでまるわかりである。

 思い返せば彼は、俺がパーティーに加入する時に反対していたのも『危険だから』と、俺が死なないようにわざと突き放した言い方をしていたように思える。


「荷物持ちしか取り柄がねえんだから、しっかり慣れておけよ!」


 今だってそうだ。

 万が一『海渡りの四皇』が全滅しても俺だけでも逃げ切れるようにと、鷹部さんなりの配慮だったのだ。

 そんな彼のおかげで、俺は【砂の大海サンドブルー】の風を受けて快走している。


 かなり揺れるし、傾斜の激しい砂丘では体勢を維持するのも大変だ。それでも青い砂の海を駆け回るのは気分が良い。


 

「……きもちい」


 これぞ冒険のだいご味ってやつなのかもしれない。


「だいぶ【砂乗り船】の扱いになれてきたようだね。ナナシロくん」


「いえいえ、まだバランスを取るのが難しいです。『海渡りの四皇』のみなさんはさすがですね。【創造の地平船ガリレオ】を拠点にしていただけあって、揺れには慣れてるのですか?」


「ふぉっふぉっ。こっちの方が幾分もマシじゃのう。揺れは穏やかじゃし、船から落ちても戻ってこれそうじゃ」


「っち。俺は本物の海の方が好きだ」


「ナナシロよ! 筋肉さえあればどこに行っても大抵は筋肉が解決してくれるのである! お前の筋肉もそう語っているであろう?」


「お前ら喜べ……どうやら豪田の無駄な筋肉話に付き合ってる暇はなさそうだぜ」


 豪田さんを遮ったのは鷹部さんだ。


「————【鷹の眼】」


 彼は遠方を眺めるようにじっと一方向を凝視し始める。

 たしか技術パッシブ警備する者レンジャー】の中に【鷹の眼】というものがあった気がする。動く者を自動的に察知し、それを拡大して視る効果だったはず。



「いたぞ……【砂クジラ】が一頭いる」


「周りに他の【砂クジラ】の姿は見えるかな?」


「いや……例の、商船ルートを徘徊してる『はぐれ』だと思う」


【砂クジラ】は元々、群れで砂中を移動する巨大な生物だ。

 しかし、最近では商船が通るルートに一匹のはぐれ【砂クジラ】が出没するようになったらしい。そしてついにいくつかの商船が消失する事件が起き、【砂クジラ】に丸呑みされたと結論づけた。

 憶測なのは【砂クジラ】にやられた商船が船ごと丸々消え、誰一人として生存者も目撃者もいないからだ。


 商業ギルドはこの事態を重く受け止め、『また被害がでたらかなわない』と討伐依頼を出した。

 


「クジラの肉って美味しいって聞きますよね」


 俺は自分が冒険する目的を忘れていない。

 食材探しである。


「あー……日本近海で捕れるクジラの肉は美味いよ」


「ふぉっふぉっ、わしが小学生の頃は給食に出てくるぐらいじゃったが、あのほどよい脂身とすっきりした旨味は癖になるのお。懐かしいわい」


異世界パンドラの食い物は全部ゲロ不味って聞くけどな。以前、討伐した『砂クジラ』も食材としてクソ不味いからいい値で売れなかったぜ……ありゃあ骨がいい金になんだよ。あと確定で金貨2枚ドロップするのも美味い」


「しかし【手首きるる】は、異世界パンドラ産の食材でも美味しそうに食べていたのであーる」


「っち。誰だよそりゃ。また別の推しか? それより、そろそろ狩りの時間だぜ?」


 くっ。

 せっかくきるるんの話題が出たのに……さすがに今は布教している場合ではないか。

 鷹部たかべさんの視線の先を目で追えば、確かに青い砂が蠢いている。



「……大きい」


 二階建ての一軒家より大きなサイズ感だ。

 雄大なくじらが【砂の大海サンドブルー】から跳ねる・・・

 それだけで、ざばぁぁぁあああんっと青い砂の波が俺たちを襲う。



「豪田。いつも通り、バフを頼むよ!」


「女神リンネの御加護を————【筋力増強アーミー】」


剣宣けんせん——【我、敵を弾くスラッシュ】!」


 俺たちに迫る砂の津波はキヨシさんの剣閃が弾じいた。これにより、【砂乗り船】の進行方向は安定して【砂クジラ】へと接近できる。

 

「————黄金教の輝き、疾走する死神、終焉を授ける鎌————」


「よし、仙じぃが詠唱に入ってる間に【砂クジラ】の動きを鈍らせよう!」


「あいよ! 【巨人を縫いジャイアント付ける矢・アロー】!」


「女神リンネの御意思を————【ゆるやかスロウ・なる礼拝ムーヴ】」


剣宣けんせん——【我、十字架を誓うクロスソード】!」

 

 彼らの連携は見事なものだった。

 キヨシさんの剣撃で波を上手にコントロールし、豪田さんと鷹部さんのコンボで【砂くじら】の動きを着実に鈍らせる。

 そして決め手は仙じぃの魔法だ。


「————【かまいたゴールドちの閃光ラッシュ】!」


 それは無数に咲く爆裂、そして裂傷の嵐だった。

 一撃で【砂くじら】の体表に無数の傷が広がってゆく。


「ふぉっふぉ、この調子ならあと3、4発で仕留められるのぅ」


「よし! いけるよ! 引き続き————」



「待て、あれはなんだ!? 東の方角————【砂乗り船】が3隻、きてるぞ!」


「むぅ? あやつら、何者じゃ?」


「何か飛ばしてきたのである————弓矢である!」


「【火の球ファイアボール】も来てるよ!? 僕たちが狙いか! 豪田、頼む!」


「女神リンネの奇跡を————【空を遮る吐息エア・シールド】」


 寸でのところで、俺たちを狙った多くの弓矢は中空で逸れてゆく。

 だが魔法である火球だけは違った。

 幸いにも誰も被弾しなかったものの、船体に大きなダメージが出てしまう。その衝撃と揺れにより、俺たちは【砂の大海サンドブルー】へと投げ出されてしまった。



「くっ、みんな無事かい!?」


「っつぅぅぅ……地面が砂で助かったぜ……」


「仙じぃだけ【砂乗り船】にいるのである!」


「おい、砂クジラが————!?」


 無様に砂海に身を晒した俺たちに待っていたのは、大口を空けた【砂クジラ】の強襲だ。

 小舟を丸呑みできる巨大な虚空が眼前に広がり、もはや俺たちに回避できる術はなかった。

 なので、俺は包丁を前に掲げて技術パッシブを発動する。



「————【神ろし三枚おろし】」


 すると【砂くじら】は一瞬で、ドッパアアアアアアと切断されてゆく。

【神降ろし三枚おろし】は基本的に素材に適した絶妙な切り加減を実行する。しかしその本領は魚を左身と右身、背骨の三枚に切りさばくこと。

 かなり綺麗に三枚におろせた。ちなみに魚に限らず三枚におろせるけど、やっぱりここまで美しくさばけるのはクジラだからだろうか?


 おっ、金貨2枚ゲット。

 Lvや記憶量をアップさせるのに消費するのが金貨だけど、ゲーム時代と違って今は手に入りづらいんだっけ。



「……えっ?」

「はあああああああああああああああ!?」

「きっきききききっ、き、きんにく……?」


 ポカンとする3人。

 俺はとりあえず死体になった【砂クジラ】を吟味する。



「いい食材になりそうですよね? やっぱり魚は三枚におろすのが鉄板ですかね!」


「いやいやいやいやいやいやいや!?」

「魚じゃなくてくじらは哺乳類な!?!? じゃなくてだな!?」

「ちょっ、ナナシロっ、ええええ!? 驚愕なのであーる!?」





◇◇◇◇

あとがき


拙作をお読みいただきありがとうございます。

作品フォロー、いいね、レビュー★★★など

とても毎日更新のはげみになっております!

◇◇◇◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る