26話 肉じゃがに砂漠の宝石を添えて
「と、とりあえず、助かったよナナシロくん!?」
「おまえ、一体何をしたんだ……?」
「強靭すぎる筋肉である……」
「いえいえ。食材の方は俺が【解体】して、しっかりアイテムボックスにしまっておきます」
「えっ、あ、ああ……そ、そうだ! 今は襲ってきた三隻の【砂乗り船】に対処しないと!
「お、おう……【鷹の眼】」
「め、女神リンネの慈愛を————【
3人が突如襲ってきた敵の正体を把握してる間に、俺はせっせこ【砂クジラ】を解体してゆく。
ほわー、くじらのヒレってわりと美味しそうだな。
内臓……
「っち。まじかよ……あいつらハイオークだ。おかしいと思ったぜ……いくら【砂クジラ】が商船を丸呑みしたって言っても、痕跡ぐらいは残るだろって」
「なるほど……はぐれの【砂クジラ】が商船を襲う混乱に乗じて、ハイオークが奇襲を仕掛ける。そして戦利品として【砂乗り船】を奪う。味を占めたから繰り返す、か」
「あの数はキツイのである。私たちでもハイオークは五匹を相手取るのが精一杯である」
「もう逃げ切ることはできないね……あっちに【砂乗り船】がある以上、僕たちより足が速い……くっ、こっちに接近してくるよ!」
「————七、八、九、十匹いるぞ! くそったれ、また【
もう少しで【砂クジラ】の全てをアイテムボックスに収納しきるかって時に、敵の魔法攻撃が俺たちに迫る。
ん?
待て待て、このままではせっかくのクジラお肉に火がぶち当たっちゃうじゃないか!
よし、こうなったらアレをやるしかない。
ちょうど
「————【
料理素材を混ぜたりこねたりする際、嵐神の祝福を得て究極のバランスでシェイクできる
それを迫りくる火球と豚人間たちに発動!
まずは火球を、俺の手から噴き出る暴風で包み込むようにしていなす。さらに火球の進行方向を強制的に変化させ、豚たちとシェイク、シェイク、シェイク!
「やった! 焼き豚やチャーシューにできそうな食材になったぞ!」
【砂乗り船】に乗っていた豚人間たちは、今や炎をまといし豚戦士になっていた。
そして豚戦士の炎が【砂乗り船】に燃え移り、船は焼けこげる運命を辿る。だが、豚肉たちは躊躇なく船を乗り捨てた。
烈火のごとく空中を滑空しながら俺たちの目の前に着地。
『『『ブォォォッォオオオォォオオオオオオオオ!』』』
すごいな。豚人間は全員が2メートルを優に超える巨体だ。明らかに先ほどより一回り肥大化して見えるのは、その身にまとった炎のゆらめきのおかげか、それとも獰猛な咆哮のせいか。
とにかく猛者感が出ている。
けど三枚におろせば美味しい豚肉には変わらない。
「いやいやいや、敵をめっちゃ強化してるじゃねえか!?」
「あれって……【ファイアオーク】、だよね……? 【ミノタウロス】より強いって話の……」
「そんなのが十匹も……逃げるが勝ちである」
「【神降ろし三枚おろし】!【神降ろし三枚おろし】!【神降ろし三枚おろし】!【神降ろし三枚おろし】! んっ? きゅーも遊びたい? いいぞ、行ってこい! 新しい食材ゲットおおおおお!」
「くっきゅうううううううううん!」
胸ポケットから飛び出したきゅーが即座に巨大化を果たす。
そしてねずみにじゃれつくように、それはそれは楽しそうに豚肉を間引いてくれた。
こうして俺は一回の戦闘で貴重なくじらのお肉と焼豚、二つの食材を手に入れた。
「「「はぁぁああああああああああああ!?」」」
さすがの『海渡りの四皇』たちも、きゅーの圧倒的な可愛さには度肝を抜かれたようだ。
◇
「ふぉっふぉっ、ナナシロ坊さまさまじゃのう」
「【砂乗りの船】が壊れたから、寝床もどうしようと思っていたんだけど……ナナシロ君には本当に頭が上がらないよ」
「や、やるじゃねえかナナシロ。キャ、キャンプ用のテントを用意してるなんて恩に着るぜ。そ、それはともかく、なあ、そのキツネ……俺にけしかけたりしない、よな……?」
「ナ、ナ、ナナシロは良い筋肉である」
無事に【砂クジラ】や【ファイアオーク】を討伐した俺たちは、【世界樹の試験管リュンクス】へ戻る運びとなった。ただ、移動手段である【砂乗りの船】が全損してしまったため徒歩での行軍だ。
どうにか明るいうちに距離を稼ぎたかったけれど、冒険は非情だ。
【
夜間の移動は危ない。
疲労が蓄積した状態かつ暗がりが蔓延る砂地では、いつどこからモンスターが顔を出すかわからない。だったら安全性が高そうな場所で、しっかりと疲労を回復して次の日に出発するのが最善策らしい。
それに昼間と違って冷え込んでくるのも懸念点だ。
多少の肌寒さとはいえ、ゆるやかに体力を奪う。
明日のためにも暖を取る必要があるのだ。
「今夜の天候は……大丈夫です。雨は降らないようです」
「【天空読み】だっけ? 便利な
「ほんに助かるのぅ」
雨に濡れてしまった場合、寒さは倍増するので余計に体力を消耗してしまう危険ある。しかし今夜はテントもあるし、天気も快晴が続くのでその心配はなさそうだ。
夜空には綺麗な星々が瞬き始めている。
「よし、みんな。火を起こしたよ」
「ふぉっふぉっ、では食事にするかのう。どれ、ナナシロ坊。わし特製の干し肉をわけてやろうぞ」
「仙じぃのは薄味だからな。そんなんより、俺の栄養ドリンクをやるよ」
「ナナシロよ。秘蔵のプロテインバーを進呈するのである」
みんなが思い思いの食事を懐から取り出しては、譲ってくれる。どれも携帯するのに適した物ばかりで、かさばらない。
冒険者は食糧の持ち運びが大変だと聞いている。やはり、そういった観点からもアイテムボックス持ちは重宝されるのかもしれない。
俺はみんなの好意に嬉しくなり、つい提案してしまった。
「みなさん。今日討伐した【砂クジラ】と【ファイアオーク】の素材をちょっとばかり、料理に使ってもいいでしょうか?」
「ナナシロくん。そんなの俺たちに許可を取る必要はないよ。そもそも、モンスターの素材は全てナナシロくんのものだ」
「ふぉっふぉっ。わしらは何もしとらんからなあ。ナナシロ坊に助けられただけじゃわい」
「っち。まあ、俺等はギルドからクエスト報酬金はもらうから、お前を利用してギルド内の実績と功績を上げてやったぜ。だ、だからって、そのキツネを俺にけしかけるなよ?」
「もちろん、よい筋肉への配分は忘れないのである。報奨金を五等分するのである」
口々に俺を持ち上げてくれる『海渡りの四皇』。
しかし、そもそも彼らがいなければクエスト受注すらできず、こんな短時間で【
だから俺のほうこそ感謝を込めて言葉を紡ぐ。
「報奨金については予定通り、
「しかしのぅ……今回のギルドからの報酬は600万円じゃぞ?」
「でしたら壊れてしまった【砂乗りの船】の修理代に使っていただければ」
「それだって安価に済みそうなんだよ? 燃えた三隻の破片をアイテムボックスに入れてくれたナナシロくんが、自由に修繕に使っていいって言うからさ」
「俺ら『海渡りの四皇』が報酬をケチったと知れちゃあ、今後の沽券に関わんだよ」
「よい筋肉に、ふさわしい報酬を受け取るべきなのである」
頑なに報酬面に関して折れない彼らに俺はにっこりだ。
「それならせめて、みなさんと一緒に冒険できた喜びを……料理でお伝えしたいと思います」
「ふぉっふぉっ、好きにせい」
「砂クジラとファイアオークかあ。それは楽しみというか、怖いというか」
「なんだなんだ、俺たちにゲテモノを喰わせようって気か?
「それは筋肉によい食べ物なのであるか?」
俺はまず焚火の火力を【神竜の火遊び】で底上げする。
そしてアイテムボックスから料理器具を出し、『雪じゃが』と『雪にんじん』をザックリと乱切りに、『雪玉ねぎ』をくし切りにする。
続いてミノタウロスの小間切れとファイアオークのバラ肉をスライス。
おぉー、ファイアオークの肉はスッと包丁が通りやすいな。
「うん、今日は牛豚のミックスでいくぞ」
次に大きめの中華鍋にサッと油を敷く。そこへ牛豚の各種肉を入れてゆく。肉の色が変わる頃に、先ほどの雪野菜たちもぶちこむ。
「————【
それから俺は、醤油と砂糖、酒、みりん、ほんだしの5大コンボを連想しながら煮汁を生成。これぞ黄金比率と言わんばかりの煮汁を、肉と野菜へと垂らし込む。
それから落とし蓋をしてぐつぐつと煮込む。
時々、灰汁を取り除きながら煮込む。
「これは……まさか肉じゃがなのかい?」
「ふぉっふぉっ、ええ匂いじゃのぉー」
「白いにんじんだと……?」
「ぷりぷりのお肉が、鍋の中で踊っているのである……」
「ふふふ……煮詰めている間に、とれたて新鮮の魚もご用意しましょう」
実は【砂クジラ】を討伐した際、【審美眼】を発動して生で食べても問題ない箇所を探っていた。それでわかったのが、
「————【神降ろし三枚おろし】」
くじらの
斜めにスッと刃を通し、極上の一枚が次々と生まれてゆく。
それからレモン汁やオリーブオイル、砂糖を少々といったさっぱりめのソースも生成しておく。サーモンマリネならぬ、くじらのマリネ風の出来上がりだ。
もちろん、ソースをつけずに醤油やポン酢などでもいただけるように分けてある。
少しこってり気味の肉じゃがとは相性が良いはずだ。
さて、肉じゃがの煮込み具合は————もう少しか。
「煮汁もあらかた飛んだから、あとは
もはや『海渡りの四皇』たちは、今か今かと肉じゃがをすごい熱量で見つめている。
早く食べさせてあげたいけれど、ここが重要なのだ。
焦ってはいけない。
味しみしみ肉じゃがのためにじっくりと蒸すのだ。
その間に【砂クジラ】の刺身を綺麗にプレートに盛ってゆこう。
大葉なんかも添えてそれなりの雰囲気を出してゆく。
「こ、これは何かの拷問かな?」
「ふぉっふぉっ……たまらんのう……食欲をそそる甘辛い醤油ベースの香り、肉と野菜が織りなす香りもまた……」
「お、おい! まだできあがらねえのか!?」
「筋肉が震えているのである。た、耐えきるのである、も、もう少しなのである!」
十分に味がしみたと判断した俺は、肉じゃがをそれぞれのお椀へよそってゆく。
「はい、お待ちどうさま。【ほくほく豚と闘牛肉じゃが】です」
白い野菜だったものはすっかり醤油ベースに染まり、それぞれの肉たちが絡まり合っている。
そして周囲の気温が下がってきたからなのか、おわんから白い熱気がほくほくと立ち上っている。
「いただくよ! んっ! んまぁあああ! えっ、これ、んぐっ、おいしすぎるよっ!?」
「ふぉっふぉっ、どれどれ……ほくほくの野菜たち……そして牛の味わい深くも、コクのある旨味、豚のぷりぷり食感にあっさりとした旨味の調和……美味じゃ……!」
「あったけえ……胃に
「き、筋肉が歓喜しているのである……!」
みんなが肉じゃがをそこそこ食べたタイミングで、俺はさらに提案する。
「
透き通った緋色の身が美しく彼らを誘惑する。
そんな砂漠の宝石は、シンプルで醤油につけて食べるもよし、マリネソースをかけて食べるもよし。
「ふぉっふぉっ、これじゃこれじゃ。わしが小学生の時によく食べた懐かしい味じゃの。食感は中トロじゃが、どことなく風味がサーモンに近いかのう?」
「うわっ。予想以上に刺身っていうか……普通にクセがなくて美味しいよ!?」
「おおう……濃い味の肉じゃがからのッ、さっぱり酸味の効いたマリネとか……こりゃあ酒飲みたくなるぞ!」
「き、筋肉が、け、
彼らが刺身と肉じゃがを交互に食べる中、さらに俺は【砂クジラ】の中でも希少部位とされる
「こちらもよければどうぞ。【砂漠にさえずる
我先にと牛タンならぬ鯨タンに箸を伸ばす冒険者たち。
白身の多い砂漠の宝玉を口に入れた時、全員が例外なく目を瞑った。
それから一噛み一噛みをじっくりと楽しむかのように、ゆっくりと
「……噛み切りやすくて、とろっとろだよ!」
「ふぉっふぉっ。牛タンより旨味が遥かに上じゃのう。濃厚な味わいじゃ」
「酒、酒がほしいぞナナシロおおおお!?」
「き、筋肉が感激のあまり泣き叫んでいるのあーる!」
険しい冒険の途中でこんなにも美味い物が食べれるなんて、とみんなが感動してくれる。
やっぱり冒険者の食事情は劣悪なものなのだろう。
持ち運びがしやすく栄養価の高いものを選ぶのは道理だが、そうなると捨てなくてはならないのが味の質だ。
でも俺は————
「こら、おぬしらはもちっと静かにこのご馳走を味わえんのか?」
「あぁ!?
「お年寄りには、味が濃いの物は身体に毒だと言っていたのである!」
「これは別口じゃ」
「もうみんな、ナナシロ君の前でみっともないって」
「とか言いながらキヨシ! お前はさっき刺身を2枚も多く取ったのを俺は知ってるからなあ!?」
「あははははっ、みなさん大丈夫ですよ。食材ならまだまだあるから、たくさん作れますって」
「っしゃおらあああ!」
「じゃっから、うるさいっちゅの」
「筋肉! 筋肉! 筋肉祭りなのであーる!」
「おいおい、こんな騒いでモンスターが寄ってきたら笑えないからね?」
「だからキヨシは刺身を全部ひとりで食うなって言ってんだろ!?」
「あははははっ」
でも俺は、喜んでくれるみんなを見て————
味も大切だけど、誰と一緒に食べるかが大切だと思った。
なんとなくだけど……俺の料理が……。
みんなにとっての大切な
俺たちは青い砂漠のど真ん中————
満点の星々の
◇
—————————————
【ほくほく豚と闘牛肉じゃが】★★☆
ミノタウロスの狂暴性と、ファイアオークの横暴性、その二つが複雑に混じり合い、うまみが溶けだした肉じゃが。夢の白野菜が暖かくそれらを包み込み、誰もがホッとするおふくろの味を実現。身も心も温まる究極の家庭料理である。
基本効果……10時間、凍傷耐性(小)を得る
★……即座に
★★……自身のステータス中、最も高いものを永久に+2する
★★★……
『闘気』……様々な運動に対するアシストが備わる
【必要な調理力:130以上】
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