24話 とある名無し、冒険者してみる


 やばい。

 ここ最近忙しすぎて、俺はリアル推し・・・・・成分を摂取できていなかった。

 なので久しぶりに早朝の教室へ登校している。


「あれー? 七々白路ななしろくんをこの時間に見かけるのは久しぶりだねー」


「お、おう、藍染坂あいぞめざかさん。おはよう」


「おっはよー」


 たった一言で終わる、会話とは言えない挨拶だけの関係値。

だけれど不思議と心地よい。


 これだ。この感じ。

 藍染坂あいぞめざかあおいと言葉を交わせた俺は、元気百倍フル充電。


 彼女はいつも通り手早く荷物を自分の席へと置き、水泳部の朝練へ行く————行かなかった。

 なぜか俺の前席の机にちょこんと腰かけたのだ。

 すると必然的に彼女のスカートから、すっと伸びた健康的な足が至近距離に現れる。ちなみにうちのプールは屋内施設なので、肌色は運動部にしては白い。

 しかし、うっすら日焼け跡のようなものが————

 


「聞いたよー、この間の夕姫ゆうきさんとのやつ」


「えっ?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかったが……すぐに再起動。

 ええと……先日の早朝、教室でくれないの上履きについてたガムを取ってたところを、藍染坂あいぞめざかさんに目撃された話か! 今思えば、あれが全てのきっかけなんだよなあ。


 そして実はあれ以来ちょっーと、藍染坂さんと顔を合せるのが気まずかったんだが……約束通りくれないはいい感じに説明してくれたようだ。



「だんなぁ、なかなかにわるでやんすね?」


「お、おう?」


 藍染坂あいぞめざかさん特有の小芝居じみた喋りかたに、思わず口元が緩みそうになる。

 彼女は何か楽しいことがあると妙な口調になる。つまり、俺との会話を楽しいと感じてくれているのだ。



「あれって夕姫ゆうきさんの上履きをめてたんだって? 邪魔しちゃってごめんなせえ」


「おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 あいつ何言っちゃってんのおおおおおおおおおおおおおお!?



「ひゃっ」


「やっ、その……ごめん」


 天国から地獄に早変わり。

 妙な沈黙が流れてしまううううううううぅぅぅぅ。

 だが、ここで口を開かないととんでもない誤解のまま終わってしまう。ゆえに俺は意を決して真実を主張する。


「そのっ……くれないがなんて言ったかは知らないけど、上履きについてたガムを取ってただけなんだ」


「あー、夕姫ゆうきさんはやっぱり面白いでやんすねえ」


「おもしろい?」


「多分だけどね? 夕姫ゆうきさんにとって、靴についたガムを七々白路ななしろくんに取ってもらえるのって、舐められるのと同じぐらいの達成感? 征服感なのかなーって」


「……ど、どんな変態ですか?」


 クスクスと笑う藍染坂あいぞめざかさん。

 意外だったのは彼女がくれないについて多少の理解している、というか友達っぽい雰囲気を感じる点だ。クラス内で2人が喋っているところなんて見かけたことないのに、だ。



「あの二姫ニキと畏怖された夕姫ゆうひさんを、ただの変態にとしちゃうんだもん。七々白路ななしろくんはやっぱりワルよのぉ」


「いや、俺は別にそんな……」


「まあー、夕姫ゆうきさんの靴についたガムを取る七々白路ななしろくんも変わってるけどね? それってどんなシチュエーションなのかな?」


「あー……まあ、ご想像にお任せします」


「ふーん?」

 

 ちょっと近いかな藍染坂あいぞめざかさん?

 彼女の空よりも青く澄んだ瞳が俺をじっと見つめる。

 ……現実のしにどう思われてるか心配だ。



「あ、あれじゃあ……変なイメージが、ついたよな……」


「イメージ? 変なイメージがつくのが怖いの?」


「そりゃあ、うん」


「わかるなー。あたしも、イメージは怖いよ」


藍染坂あいぞめざかさんも?」


「うん」


 そう言って机の上で片膝を抱える藍染坂あいぞめざかさん。

 教室内にこぼれ落ちる陽光に照らされた彼女の綺麗な顔は、少しだけ寂しそうだった。



「そっ。人からどう思われるとか、そういうの気にして生きるのってさ。窮屈きゅうくつって感じるときあるよ?」


「でも……じゃあ、藍染坂さんはたまに小芝居じみた口調で話すのはなんで?」


 イメージや印象を大切にするなら、変なキャラを時々だす藍染坂あいぞめざかさんは不思議だ。



クラスの中で・・・・・・ぐらいは・・・・、あたしのイメージはこれだー! って定着してほしくないのかも? だからころころキャラ変してるのかな」



 どうでもいいけどこの角度だと、藍染坂あいぞめざかさんのスカートの奥に潜む……ピッチリとボディラインが浮かびあがるスパッツが御光臨しておられる。

 


「この間ね、お花屋さんに行ったんだ。それで、可愛いぬいぐるみとフラワーベースくっつけてさ、お花を飾ったんだ」


「わあお、素敵だね! それは!」


 ナイスパッ!



「あははは、ありがとう。でもみんなは……そういうの求めてなかったんだよね」


「みんな?」


「まあ、あたしには似合わないってやつなのかな? ガサツだし、ゴリッゴリッのスポーツ美少女でしょ?」


 自分を下げた後に自分を美少女と持ち上げる話術。

 本物の美少女のみに許されたブラックジョークだな。


 だけど、なんとなく……ここは笑い話で返してはいけないような気がした。

だからといって藍染坂あいぞめざかさんの全てを理解できてるわけじゃない俺は、実体験を元にした言葉を紡ぐ。



「イメージって一発でついちゃうものもあれば、一朝一夕でつかないのもあるよな?」


「んん……そう、だね」


「俺なんかひどいあだ名とかついてるけど、これってコツコツ積み重ねてきちゃったイメージだよね」


「毎日バイト三昧で疲れ切った【おじ】ね。そういえばちょっと顔色よくなってきた?」


「おかげさまで。それよりイメージの話に戻すけどさ……好きなら、似合う似合わないは関係ないよ。楽しめばいいんじゃないか? じゃないと疲れちゃう」


「疲れちゃう、かあ……」


「もし似合わないと楽しめないジャンルなら、そのイメージをコツコツ作っていこ! ブランディングだよ」


【手首きるる】のように。



「俺は藍染坂あいぞめざかさんが、いつも花が好きとか可愛いものが好きって言ってたらさ……その、楽しそうにそういうのを持ち歩いてたり、一緒にいたら、きっとそういうイメージになる」


「うん…………うん、うん、そうだね……! あたし、ちっちゃなことで何くよくよしてたんだろー!」



「人は多分……自分のなりたい自分に、ある程度はなれるんじゃないかな」


 そのために物凄い努力をする! なんて、だいそれたことを言ってるんじゃなくて、ちょっとした習慣とか積み重ねで……そう、推しを支える名無しのようにさ。



七々白路ななしろくんと話せて、とっても晴れたよ! うん、ありがと……!」


 クラスメイトの推しは、それはそれは太陽のように眩しい笑みを咲かせた。





「というわけで、今日から正式にVTuber&YouTuber事務所を立ち上げたわ!」


「わーい!」


「えっ!?」


 学校の図書室の片隅でくれないはとんでもない発表をし出す。

 俺が驚く一方で、月花つきかはすんなり受け入れていてパチパチと拍手なんてしておられる。

 順応力が高かった。


「そういうわけで、今日から2人は我が社とエージェント契約を正式に結んでもらいます」


 何やらしっかりした書面を渡され、俺はそれを慎重に確認してゆく。

 しかし月花つきかはパパッと見た後にすぐ自分のサインをしている。

 前々から思っていたけど月花ってすぐに人を信用しやすいタイプなのか?


「事務所名は『にじらいぶ』に決定です。今後は『にじらいぶ』の~って名乗りましょう!」


「はい!」


「一応聞くが、どうして『にじらいぶ』って事務所名なんだ?」


「ライバーそれぞれの個性や色が合わさってにじ! 虹みたいにワクワクなライブを、リスナーに届けられたらってね? もちろん私たちも虹ライブの楽しさを一緒にみんなと味わうの!」


「なるほど……事務所名にどんな思いが込められてるかはだいたい理解した」


「これなら略しやすいし言いやすいかなって? にじってね?」


「色かあ」


「そ! 私の担当カラーはもちろんリーダーの赤よ! で、ぎんちゃんは輝くヒロインの銀! 執事セバスであるナナシは……何者にも染まれる、いわばライバー全員をバックアップができる白ね!」


 褒めているのか貶しているのか、わかり辛い担当カラーだ。



「微妙な顔ね? じゃあナナシの下の名前にちなんで、ピンクでもいいわよ?」


「白でお願いします」


「ではこの話は終わり。そして喜びなさい。あなたたちのお給料が一気に跳ね上がるチャンスが飛び込んだわ」


「これ以上お給料アップですか!? な、なんのチャンスですか!?」


 月花つきかが俺より早くお金関係の話に反応するのは予想外だった。



「超大物YouTuberとのコラボウィークが決まったわ」


「わあーっ」


「コラボ相手は誰なんだ?」


「登録者数312万人のアスリート系YouTuber、【海斗うみとそら】ちゃんよ」


「あっ、そらちゃんのチックトックのダンス動画見た事あります! あと、筋トレ動画やダイエット動画もです!」


「あぁー……『バク転だけで階段を上ってみた』とか『ブリッジしながら階段ガガガーって下ってみた』とか『背中に女子を乗せて泳ぎきる50メートルクロール』とか、とにかく破天荒な動画を出してる女子か」


「そうよ。それぞれのメイン分野でコラボ企画が一週間続くわ。まずは私の主戦場、死にゲー配信を二日間するの。ちょうど明日発売する『エルデンロング』の案件をもぎ取ったの。あとぎんちゃんの主戦場、モデル撮影会。こっちは一日のみだけど、ファッション雑誌の表紙になるお仕事だから気を抜いちゃダメよ。そしてそらちゃんの土俵、スポーツね。これはVR機器を使った特殊なスポーツの案件で二日間するわ」


 いやいや、くれないって仕事できすぎじゃね?


「よくそんな大御所とのコラボ申請が通ったな……」


「コラボのお話は先方せんぽうからいただいたわよ?」


「マジか……」


 それすなわち、大手が『にじらいぶ』とコラボすればメリットがあると判断するほど、注目度が上がったってわけだ。


 きる民の1人として非常に嬉しい。

 あのきるるんがついに大御所とのコラボにまで辿りついたぞ!

 そうなると俄然やる気が出てくる!



「で、俺は何をすればいいんだ!?」


「ナナシは何もしなくていいわよ」


「ふぁっ?」


「正確には五日間の休暇をあげるわ。好きな事をしてなさい」


「えっ、まじかー……えっ、俺、何もできないの?」


「この件においてナナシにできることは終盤の締め! 大取おおとりのダンジョン攻略配信ぐらいね?」


「ダンジョンの攻略コラボもするのか……」


「それまでのコラボは全て、あっちのカメラマンさんがやってくれるらしいわ。その代わりといってはアレだけど、ダンジョン配信の撮影はその道のプロに任せるって」


「ふーむ」


「だからそれまでナナシは不要よ」



 ◇



 そんなこんなで、くれない月花つきかは詳しい打ち合わせをするらしいので、不用品の俺は図書室を追い出された。

 ふーむ。

 学校もちょうど三連休を挟むし、五日間の休暇か。


 俺がきる民でなければ手放しにこの状況を喜べただろう。

 五日間、自堕落に過ごす!

 しかしきる民である俺にそれは許されない。

 なぜならきるるんが頑張ってるのに、俺だけさぼるとか無理すぎる。


 そんなわけで俺は【世界樹の試験管リュンクス】に赴いていた。

 おもな目的はまだ見ぬ食材の調達、および冒険ルートの予習である。



「冒険者ギルドには久しぶりにきたなー……どうせ冒険するならクエストでも受けておくか」


 思い立ったが吉日、俺はクエストが張られた掲示板へと歩む。


「たしか冒険者ランクやLvに応じて受注できる上限があったんだよな」


 ちなみに俺のLvは0である。

 冒険者ランクも最低のF。

 だから受けられるクエストはたかが知れていた。


 その辺に群生している薬草の採取だとか、都市内でのお使いやらお手伝いやらの類ばかりだ。

 これでは新しい食材の探求は厳しいな。

 よし、クエストは受けずに行くか。



「————なに!? アイテムボックス持ちの冒険者が死んだのであるか!?」


「おいおい……冗談だろー?」


「それじゃあ我々のクエストはどうなるのでしょう?」


「うーむ……【砂クジラ】を討伐できたとて、その死体を持ち帰れなければ……ギルドに納品できぬ。予定していた儲けの3分の1になるのう……」



 何やらギルドの受付での揉め事が耳に入ってくる。

 こそーっと聞き耳を立ててみると、どうやら彼らは【砂クジラ】とやらを討伐するクエストを受けていたようだ。そして、そのサポート要員としてギルドが【アイテムボックス】持ちの冒険者をつける契約だったらしい。



「まことに申し訳ございません……! たいへん、たいへん申し訳ございません!」


 ギルド嬢の態度から、そこそこ立場の強い冒険者たちらしい。


「謝られても私の筋肉は微動だにしないのである」

「いや……謝られてもよお……今回の【砂クジラ】の討伐はパスだろ?」

「誰か代役の方などは派遣してくだされば、我々もクエスト破棄などせず穏便に済ませるのですが」

「わしの聞いた話じゃ、近場に【ハイオーク】の群れもおるらしいしのう……今回は危険度も加味して、【砂クジラ】の死体回収ができねば割にあわぬぞ」


 アイテムボックス持ちの冒険者がいれば解決しそうだな?

 

「申し訳ございません……アイテムボックス持ちは非常に希少でして、冒険者ギルドも全力で探してはいるのですが……【海渡りの四皇】のみなさまと、ご都合の合う者が今はいなくて……」


 ほう……【海渡りの四皇】といったパーティー名なのか。

 四皇をパーティー名に着けちゃうとか、かなり強そうだ。

 もしかしたらここは交渉のチャンスなのかもしれない。



「あのー、俺、アイテムボックス持ってます」


「なに!?」


 おおー。

 受付嬢に当たりが一番きつかった青年が真っ先に俺に振り返った。


「俺を一時的に雇ってみませんか?」


「おまえ、何レベルだ? 冒険者ランクは?」


「Lv0です。ランクはFです」


「話になんねーだろ」


 彼には一蹴いっしゅうされてしまうが、他の人は違っていた。

 銀色の甲冑に身を包んだ如何にも騎士的っぽい青年が、待ったをかける。



「待て、鷹部たかべ。彼を守れるだけの力が僕たちにはある。なら彼の名乗りを快く受けようじゃないか」


「はあ? こんなザコ……うーん、でもなあ……」


 鷹部たかべと呼ばれた青年は俺を上から下まで見つめてうなる。

 すると彼の横にいた、やたら声のでかいマッチョメンが口を開いた。


「危険である! Lv0の筋肉じゃ行くだけ死ぬだけである! 私たちだって不測の事態に対応できないときはあーっる!」


「うーむうむ……しかしのう、豪田ごうだよ……こやつのお守りを多少するだけで、報酬は3倍じゃぞ?」


「「……」」


 それから彼らはしばしの沈黙後、不承不承といった面持ちで頷いた。

 すると騎士さんを筆頭に、それぞれの自己紹介が始まった。


「よし、決まりだ。俺は世渡よわたりきよし。キヨシと呼んでくれ。一応、このパーティー【海渡りの四皇】のリーダーをやってるよ」


「わしは仙流せんりゅう裕志ゆうじじゃ。みなは仙じぃと呼んでおるぞ」


「っち。ザコがでしゃばりやがって。どうなっても知らねーからな。鷹部たかべだ」


「私の名は豪田剛士ごうだつよし! 筋肉のないキミの出る幕じゃない! これが私の本音である!」


 キヨシさんと仙じぃ以外は俺の参加に不服そうだ。

 普段であれば、自分が歓迎されてないコミュニティに入り込むなんて図々しいことはしない。しかし、これも推し活のためである。

 

 他の冒険者がどうやってこの世界を踏破しているのか、その手順だったりやり方を実践で学ぶのは今後の役に立つ。経験豊かそうな彼らについてゆくならなおさらだ。

 特にきるるんやぎんにゅうとダンジョン配信をする際は、彼らとの冒険で吸収した経験や知識が活かせるだろう。


「俺は七々白路ななしろって言います。これから【砂クジラ】討伐まで、よろしくお願いします」


 こうして俺は臨時のパーティーを組むこととなった。


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