4話 推しと黄金ティータイム


 くれないに異常だと指摘を受けたので、俺はすぐさま身分の確認をした。



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【神宮執事】

『神に仕える執事。あるじである神を支えるため、時に神々をも凌駕する力を発揮する。神の宮殿を取り仕切る、縁の下の力持ちにふさわしい身分』


『自らが認める存在と主従契約、もしくは雇用契約を結んでいる場合、偉大な主君に仕えるにふさわしい技術パッシブLvに至る』


『主君と阿吽の呼吸で意思疎通を図れるよう【万物の語り】も習得している』

『いざという時のために、主君の矛と盾になれるスキルを習得している』


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 あれ……?

 色々とゲームの時と仕様が違う気がする。

 特に二項目目の主従契約がどうのってやつもそうだし、語り部なんてのも記憶にない。

 おそらく最初から技術パッシブLvが高いのはくれないと……きるるんと雇用契約を結んでいるから?



「ナナシ。その技術パッシブLvについて、なるべく他言しない方がいいわよ?」


「どうしてだ?」


「色々と面倒なことになりそうだからよ。他の冒険者の嫉妬を買いたくないなら、私だけに教えなさい」


「くれな……きるるがそう言うなら」


 雇い主の命令は絶対だ。

 なによりくれないなりに俺を心配してくれているのがわかったので、反抗する理由がない。



「で、その身分では他に何ができるのかしら?」


「あー……馴染み深そうなものだと、料理とか?」


 俺はゲーム内でよくやっていた料理を思い出す。

 技術パッシブ【天宮廷の料理人Lv80】のおかげで、裏ステータス【調理力】が800もある。



「あら、それは楽しみね?」


 作ってやるなんて一言も言ってないのに、ご馳走されるのを前提に話を進めるくれないさん、さすがっす。


 俺が雇用主の要望に粛々と頷けば、料理や調薬などができる建物に移動する運びになった。

【世界樹の試験管リュンクス】は地球と提携しているだけあって、冒険者向けのサービスが充実している。

 ウッドハウスならではの木々の温かな色合いが堪能できる屋内、香草やら食材や調理器具などがオシャレに陳列されており、俺の料理意欲をかきたてる。



「ちなみにナナシ。ゲーム時代と同じでパンドラ素材の料理は立場が低いわよ。どんな風に調理しようと、舌が千切れるってぐらいに不味いのよね……特別な効能が見込めるわけでもないし」


「需要が低いから習得していても無駄って話?」


「ナナシにしては理解が早いじゃない」


【世界樹の枯れ葉】を使って、何かご馳走してくれと要望してきたご本人様とは思えない否定っぷりだ。

 だが俺は別に構わない。

 ゲーム時代と同じように料理するのを楽しめばいいんだ。それに地球じゃ材料費だけで数百円は失われるのに、ここではいくら採取しても無料。色々な物を味わえるチャンスだと思えばお得というもの。


「きるる様のお眼鏡にかなうよう精進して参ります」


 俺は仰々しく会釈をして、調理をスタートする。

 外野がなんて言おうと、パンドラ産の食材を使って調理するのはワクワクでしかない!


 まずは『審美眼』を発動して【世界樹の試験管リュンクス】で採取していた素材を各々見定めてゆく。



【世界樹の枯れ葉】

『月樹神アルテミスと太陽神アポロンの祝福を受けた世界樹。その枝木を取り、試験的に育てた世界樹の葉。見た目は本物の世界樹の葉と変わらないが、その効能は枯れ葉同然である。月光を十分に浴びせると本来の力を発揮しやすくなる。また、栄養価の高い液体との相性も良い』



「月光か……ふむ。太陽光も関係してそうだし、これは少し時間を置いた方が良いかも?」


 外に目を向ければもうすぐ日が暮れる頃合いだ。俺は急いで【世界樹の枯れ葉】を数枚取り出し、夕日が当たりやすいウッドデッキに干しておく。

 それから天候が月夜になるのを祈り、他の素材を吟味する。



【無色にちたみつ

『本来の世界樹の蜜は目が覚めるような黄金色だが、栄養が不十分だったため無色透明に堕ちた蜜。神々が負った呪傷すら癒やす世界樹の蜜とは雲泥の差がある。とはいえ、人間にとっては栄養満点。煮沸しゃふつは20秒から30秒がちょうどよい』



神無き楽ノーバディ園の果実アップル

『知恵の実の模倣物もほうぶつ。禁断の果実より酸味が強く、人の信仰MP色力いりょくを底上げする可能性を秘めている。採取してから5分以内に【星水せいすい】にひたさないとすぐさま腐る。そのありさまは、まさに神々の祝福から見放され、短き時を生きる人間そのものである』



「すぐに腐る!?」


 鞄を確認すると採取しておいた【神無き楽ノーバディ園の果実アップル】が5つあるうち3つがすでに腐っていた。


「やば! 『星水』につければいいんだよな……? たしか、世界樹の葉っぱからそんなような素材を採った気が……」


星水せいすい

『星々の光をため込んだ世界樹のしずく。星々の永遠の光を宿す雫は、触れた物質の時の流れを止めてくれる』


 俺は大急ぎで【星水】をボウルに空け、残り2つしかない【神無き楽ノーバディ園の果実アップル】をひたす。



「なんだか時間がかかりそうなのね」


「そうだな。俺が料理してる間に他を見てきても構わないぞ」


「あら、ナナシはさっそく職務怠慢ってわけね?」


 確かにくれないの言う通り、俺が彼女の撮影を一時的に放棄する発言にも取れるだろう。

 だが俺としてはじっくりと素材たちを吟味して、なるべく良い物に仕上げたいと思っている。くれないに隣でそわそわ待たれていると気が散るので、きるるんの満足いく物ができるか不安なのだ。



「いや……ご主人様の時間を有意義に使ってほしいと思ってな。変身の維持に魔力とか使ってるんだろ?」


「ナナシにしてはいい心遣いね。わかったわ。私は【世界樹の試験管フラスコ】を出て、外の魔物を数匹狩って来るわ」


「だ、大丈夫なのか?」


「魔法少女をなめないでほしいわね」


「そ、それもそうか。じゃあ30分後にまたここで再会しよう」


「ええ、そうね」


 そうと決まればくれないは颯爽と世界樹の上層部へ足を向けていた。

 ちなみに【世界樹の試験管】から出る方法は、巨大な試験管から突き出た世界樹の天辺近くまで登り、そこから垂れ下がる蔦から降りるという原始的な移動手段だ。

 


「ま、魔物と戦う予定のない俺には関係のない話だけどな」


 こんなに美しくほのぼのした空間があるってのに、わざわざ自分の身を危険にさらす気持ちがわからない。俺はくれないを見送りつつ、ウッドデッキへと身を乗り出す。


 ガラス製の壁の向こうには夕日が沈みきり、夜の藍色がうっすらと広がっていく。そして星たちの瞬きが世界樹の緑に降り注ぎ、温かな街灯の炎が宿りだす。

 すると【世界樹の試験管リュンクス】には、黄金に光る葉のような物がヒラリヒラリと舞い落ち始めた。



「光る雪……? いや、この燐光りんこうは何だ?」


 淡く輝く粒子は触れると消えてしまう。

 目の前の幻想的な光景に心が奪われ、そっと上空へと目を向ける。



「へえ、異世界パンドラって月がたくさんあるんだな」


 ゲーム時代とは似ているようでやはり違う。

 枝の間からは、ぼんやりと三つの白い月が顔を覗かせていた。


 この様子だと【世界樹の枯れ葉】にたっぷりと月光を浴びせられる。太陽光は夕日しか浴びせられなかったものの、必要だと記されていたのは月光のみだから多分問題はないはず。


 集めた素材のラインナップからして、俺の中で作る物がだいたい決まってきた。

なのであとは、味をどう整えるかだ。



「————【神ろし三枚おろし】」


 この技術パッシブは【天宮廷てんきゅうていの料理人】で習得する技術だ。

 ナイフや包丁などに、暴食の神の祝福をおろす。これにより素材の旨味を潰さず、最大限に活かせる切り方ができるのだ。


 そうして【星水】に浸してある【神無き楽ノーバディ園の果実アップル】をナイフで薄く切り揃える。これが水に浸したままの状態で切り出すためなかなか難儀したけど、自分の中で満足いくクオリティに出来上がった。


 次は少し早いけど、外に干した【世界樹の枯れ葉】を一枚取り水の中に入れて沸騰させる。それから【無色に堕ちた蜜】を20秒~30秒だけ煮沸し、ほんの少し垂らす。

 ここに薄切りにした【神無き楽ノーバディ園の果実アップル】を加えれば、ハーブティーならぬハニーアップルティーの出来上がりだ。



「うん、いい香りだ」


 華やかな香りが心を満たしてくれ————

 目を瞑れば、一面が美しい秋の紅葉が浮かんでくる。

 まるで落ちゆく枯れ葉すらも煌めく宝石の一つなのだと、全てをポジティブに捉えられるような……素敵な香りだった。


 俺はその香りを十分に堪能した後、琥珀こはく色に輝く紅茶へ【審美眼】を発動させる。

 どれどれ品質の方は……。



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世界樹の紅茶リュンクス・ハニー】☆☆☆

世界樹の茶葉がすっきりとした香りと余韻を残す。栄養たっぷりな蜜の甘みと果実の酸味が、より紅茶の旨味を引き立てる。『神々の黄昏ゴッドティータイム』に出しても申し分ない逸品いっぴん


基本効果……あらゆる状態異常が治る。即座に命値HPを1回復する。


★……30分間、ステータス色力いりょく+5を得る

★★……3分間、1分毎にHPを1回復する効果を得る

★★★……基本効果の回復量が命値HP5になり、永久的にステータス色力+2を得る。


【必要な調理力:100以上】

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 おおう。

 料理に効能は期待できないとかくれないは言っていたけど、しっかりバフ効果が発生するじゃないか。ゲーム時代ともだいぶ違うっぽい?


 しかも★3の品質となれば、飲んだだけで色力、すなわち魔力っぽいものが2上昇するのか。

 さてさて香りや見た目、そして効能も十分に満足できるものだけど、肝心のお味はどうだろうか。

 茶器が備え付けの物なのが少し残念だけど、俺は一足先に味見をしてみる。


「……ん、んん……」


 アップルと蜜のコラボレーション……癖になりそうな味わいだ……。

 うん、冴えわたる清涼感と、そしてほんのりとした甘みが口に広がる感じ。芳醇な香りが花開くのもいいぞ、これは。

 十分余韻に浸れる紅茶だ。


 このレベルで出来栄えが☆なしという最低ランクなら、★付きの美味さは格別なんじゃないだろうか?

 どうせならいいところのお嬢様の舌を唸らせる一杯を作りたいと思い、再び紅茶作りに専念する。


 まずは一旦外に出て【神無き楽ノーバディ園の果実アップル】を採取し、すぐさま【星水】に浸ける。これで先ほどよりも素材の劣化具合が緩和されただろう。

 薄切りにする工程も、見栄えも良くしたかったので桜の花びら風の形で整えてみる。

 なかなかに味わい深いデザインになった。


 それから【世界樹の枯れ葉】も月光がなるべく当たりやすい所に移動させて干す。くれないが顔を出すギリギリまで干しに干し、たっぷりと月光を浴びせたところで回収。

 最後は【無色に堕ちた蜜】をきっかり20秒だけ煮沸してとろみを出す。



「知識は武器だな」

 

 これまで全て『審美眼』があっての物種だ。

 普通、紅茶といえば煮沸はそれなりの時間を要するし、茶葉を発酵させる過程も全然違う。けれど俺はここまで『審美眼』で素材の説明文が見えたからこそ、自分なりに答えを出せた。



:【世界樹リュンクスの紅茶ハニー】★★☆が完成しました:



「よし……★2まで作れるようになったか」


「あら? ナナシに似合わずいい香りね」


「お、ちょうどよかった。って何だよ、その恰好は……」


 振り向けば血塗れになったくれないが済ました顔で立っていたので、ちょっとビビってしまう。



「身分【吸血姫】の効果で、血をまとってる方が狩りの効率がよくなるのよ」


「それはお前の血なのか……?」


「さあ? 返り血かもしれないわ」


 なんてニコリと笑むきるるんに、思わずゾクリときてしまう。

 さすがきるるん。敵を千切っては殺し千切っては屠ってきたのだろう。



「それでナナシ。約束通りの時間に来たのだけれど?」


 バッと服を振り払い、ついた血を霧散させたきるるんが優雅に着席する。


 やっぱ魔法って便利だな。 

 そしてきるるんかっこえええええ、そこはかとなくご主人様らしい所作が似合い過ぎるんだが!? と思いつつ、至って平坦の表情を作ったまま【世界樹リュンクスの紅茶ハニー★★☆】を丁寧に差しだす。



「紅茶にございます。きるる様」


 なんとなく雰囲気にあてられて、執事っぽい感じで渾身の紅茶をお披露目。



「……」


 きるるんは窓からこぼれ落ちる月明かりを背に、スッと姿勢を正す。それから上品にティーカップを手に取り、慣れた様子で紅茶の香りを楽しむ。



「……気持ちが楽になる香りね。構えずに紅茶を楽しめるわ」


 さすがリアルお嬢様なだけあって、全ての動きが堂に入っている。

 俺にとって、作り上げた紅茶がメインだったはずなのに……いつの間にかくれないを飾る紅茶になっていて……飲む人によって紅茶の輝きも変わるのだと実感せざるを得なかった。



「そう、相変わらず・・・・・優しい味ね」


 ほっこりと笑うくれないは……俺が今まで見てきた中で一番、魅力的に思えた。

 きっ! きるるんの可愛らしすぎる笑顔、いただきましたー!


 こいつは普段からこういう一面をクラスの奴らに見せていれば【二姫ニキ】だなんて言われずに済むのに。なんだかもったいないと感じてしまうのは傲慢だろうか?


 そんな思いを感じ取ったのか、くれないは俺の方を見返してくる。

 自分の考えを口に出すのはあばかられたので、無言を貫く。


 今は少しでも紅茶を堪能してほしいと思ったからだ。


 そうしてくれないが紅茶を飲み干し、ほっと一息つく頃になったので質問を浴びせてみる。



「なあ……思いっきり楽しんでる俺が言うのもなんだけどさ。こんなに遊んでていいのか?」


 どうにも仕事をしている気分にならないというか……これで月100万円もいただいてよいのだろうか? という罪悪感にも似た何かがふつふつと湧き出てしまうのだ。


「いいのよ。ナナシが編集する私は、あくまで自然体の【手首きるる】の魅力だもの」


「自然体……?」


「生配信ではやらかせないミスも、録画であれば後で編集できるからいくらでも素を出して大丈夫でしょう? だからナナシと過ごす時間はライバーにとって息抜きにもなるようにしたいのよ。その辺を試験的に導入しているのが今の段階ね」


「なるほど……で、結果はどうだった?」


 紅茶も含めた感想を求めてみる。



「ナナシにしてはなかなか————と言いたいけれど、異世界パンドラ産だから刺激に満ち溢れてるってところね」


「ですよねー」

 

 やはり相変わらず俺に対しては辛口だった。

 だけどまあいいかなって思える。




「おかわりよ、ナナシ」



 なにせくれないがこうしておかわりを御所望してくる事実が、俺の淹れた紅茶が悪くないのだと、辛口お嬢様も認めてくれてるってわけだ。


 なにより、推しとの優雅で穏やかなひと時を満喫するのは……控えめに言って最高だった。




 ……俺は【異世界アップデート】が来てからこの2年、かたくなにスキルやステータスを見ようとはしなかった。

 でも誰かとこうやって幸せを分かち合えるのなら、また・・夢中になってもいいのかなって……思えてしまう。




「ん、ちょっと待ちなさい……この紅茶、ステータスに変化があるってどういうことなの?」


「うん? なんかそういう効能があるっぽいぞ」


「うそ……そんなの前代未聞よ……!?」


 紅茶のカップを凝視しながら血相を変えるくれない

 それから月光が降り注ぐ窓際で、綺麗な笑みを静かに咲かせた。


「こ、これなら……ステータスが成長しない魔法少女わたしたちの未来が、切り拓けるわ」

 

 そういえば★3だと魔力が永続的に+2ってあったしな。

 どうやらくれないお嬢様にはご満足いただけたようだ。



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