4話 推しと黄金ティータイム
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【神宮執事】
『神に仕える執事。
『自らが認める存在と主従契約、もしくは雇用契約を結んでいる場合、偉大な主君に仕えるにふさわしい
『主君と阿吽の呼吸で意思疎通を図れるよう【万物の語り
『いざという時のために、主君の矛と盾になれるスキルを習得している』
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あれ……?
色々とゲームの時と仕様が違う気がする。
特に二項目目の主従契約がどうのってやつもそうだし、語り部なんてのも記憶にない。
おそらく最初から
「ナナシ。その
「どうしてだ?」
「色々と面倒なことになりそうだからよ。他の冒険者の嫉妬を買いたくないなら、私だけに教えなさい」
「くれな……きるるがそう言うなら」
雇い主の命令は絶対だ。
なにより
「で、その身分では他に何ができるのかしら?」
「あー……馴染み深そうなものだと、料理とか?」
俺はゲーム内でよくやっていた料理を思い出す。
「あら、それは楽しみね?」
作ってやるなんて一言も言ってないのに、ご馳走されるのを前提に話を進める
俺が雇用主の要望に粛々と頷けば、料理や調薬などができる建物に移動する運びになった。
【世界樹の試験管リュンクス】は地球と提携しているだけあって、冒険者向けのサービスが充実している。
ウッドハウスならではの木々の温かな色合いが堪能できる屋内、香草やら食材や調理器具などがオシャレに陳列されており、俺の料理意欲をかきたてる。
「ちなみにナナシ。ゲーム時代と同じでパンドラ素材の料理は立場が低いわよ。どんな風に調理しようと、舌が千切れるってぐらいに不味いのよね……特別な効能が見込めるわけでもないし」
「需要が低いから習得していても無駄って話?」
「ナナシにしては理解が早いじゃない」
【世界樹の枯れ葉】を使って、何かご馳走してくれと要望してきたご本人様とは思えない否定っぷりだ。
だが俺は別に構わない。
ゲーム時代と同じように料理するのを楽しめばいいんだ。それに地球じゃ材料費だけで数百円は失われるのに、ここではいくら採取しても無料。色々な物を味わえるチャンスだと思えばお得というもの。
「きるる様のお眼鏡にかなうよう精進して参ります」
俺は仰々しく会釈をして、調理をスタートする。
外野がなんて言おうと、パンドラ産の食材を使って調理するのはワクワクでしかない!
まずは『審美眼』を発動して【世界樹の試験管リュンクス】で採取していた素材を各々見定めてゆく。
【世界樹の枯れ葉】
『月樹神アルテミスと太陽神アポロンの祝福を受けた世界樹。その枝木を取り、試験的に育てた世界樹の葉。見た目は本物の世界樹の葉と変わらないが、その効能は枯れ葉同然である。月光を十分に浴びせると本来の力を発揮しやすくなる。また、栄養価の高い液体との相性も良い』
「月光か……ふむ。太陽光も関係してそうだし、これは少し時間を置いた方が良いかも?」
外に目を向ければもうすぐ日が暮れる頃合いだ。俺は急いで【世界樹の枯れ葉】を数枚取り出し、夕日が当たりやすいウッドデッキに干しておく。
それから天候が月夜になるのを祈り、他の素材を吟味する。
【無色に
『本来の世界樹の蜜は目が覚めるような黄金色だが、栄養が不十分だったため無色透明に堕ちた蜜。神々が負った呪傷すら癒やす世界樹の蜜とは雲泥の差がある。とはいえ、人間にとっては栄養満点。
【
『知恵の実の
「すぐに腐る!?」
鞄を確認すると採取しておいた【
「やば! 『星水』につければいいんだよな……? たしか、世界樹の葉っぱからそんなような素材を採った気が……」
【
『星々の光をため込んだ世界樹の
俺は大急ぎで【星水】をボウルに空け、残り2つしかない【
「なんだか時間がかかりそうなのね」
「そうだな。俺が料理してる間に他を見てきても構わないぞ」
「あら、ナナシはさっそく職務怠慢ってわけね?」
確かに
だが俺としてはじっくりと素材たちを吟味して、なるべく良い物に仕上げたいと思っている。
「いや……ご主人様の時間を有意義に使ってほしいと思ってな。変身の維持に魔力とか使ってるんだろ?」
「ナナシにしてはいい心遣いね。わかったわ。私は【世界樹の
「だ、大丈夫なのか?」
「魔法少女をなめないでほしいわね」
「そ、それもそうか。じゃあ30分後にまたここで再会しよう」
「ええ、そうね」
そうと決まれば
ちなみに【世界樹の試験管】から出る方法は、巨大な試験管から突き出た世界樹の天辺近くまで登り、そこから垂れ下がる蔦から降りるという原始的な移動手段だ。
「ま、魔物と戦う予定のない俺には関係のない話だけどな」
こんなに美しくほのぼのした空間があるってのに、わざわざ自分の身を危険にさらす気持ちがわからない。俺は
ガラス製の壁の向こうには夕日が沈みきり、夜の藍色がうっすらと広がっていく。そして星たちの瞬きが世界樹の緑に降り注ぎ、温かな街灯の炎が宿りだす。
すると【世界樹の試験管リュンクス】には、黄金に光る葉のような物がヒラリヒラリと舞い落ち始めた。
「光る雪……? いや、この
淡く輝く粒子は触れると消えてしまう。
目の前の幻想的な光景に心が奪われ、そっと上空へと目を向ける。
「へえ、
ゲーム時代とは似ているようでやはり違う。
枝の間からは、ぼんやりと三つの白い月が顔を覗かせていた。
この様子だと【世界樹の枯れ葉】にたっぷりと月光を浴びせられる。太陽光は夕日しか浴びせられなかったものの、必要だと記されていたのは月光のみだから多分問題はないはず。
集めた素材のラインナップからして、俺の中で作る物がだいたい決まってきた。
なのであとは、味をどう整えるかだ。
「————【神
この
ナイフや包丁などに、暴食の神の祝福をおろす。これにより素材の旨味を潰さず、最大限に活かせる切り方ができるのだ。
そうして【星水】に浸してある【
次は少し早いけど、外に干した【世界樹の枯れ葉】を一枚取り水の中に入れて沸騰させる。それから【無色に堕ちた蜜】を20秒~30秒だけ煮沸し、ほんの少し垂らす。
ここに薄切りにした【
「うん、いい香りだ」
華やかな香りが心を満たしてくれ————
目を瞑れば、一面が美しい秋の紅葉が浮かんでくる。
まるで落ちゆく枯れ葉すらも煌めく宝石の一つなのだと、全てをポジティブに捉えられるような……素敵な香りだった。
俺はその香りを十分に堪能した後、
どれどれ品質の方は……。
—————————————
【
世界樹の茶葉がすっきりとした香りと余韻を残す。栄養たっぷりな蜜の甘みと果実の酸味が、より紅茶の旨味を引き立てる。『
基本効果……あらゆる状態異常が治る。即座に
★……30分間、ステータス
★★……3分間、1分毎にHPを1回復する効果を得る
★★★……基本効果の回復量が
【必要な調理力:100以上】
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おおう。
料理に効能は期待できないとか
しかも★3の品質となれば、飲んだだけで色力、すなわち魔力っぽいものが2上昇するのか。
さてさて香りや見た目、そして効能も十分に満足できるものだけど、肝心のお味はどうだろうか。
茶器が備え付けの物なのが少し残念だけど、俺は一足先に味見をしてみる。
「……ん、んん……」
アップルと蜜のコラボレーション……癖になりそうな味わいだ……。
うん、冴えわたる清涼感と、そしてほんのりとした甘みが口に広がる感じ。芳醇な香りが花開くのもいいぞ、これは。
十分余韻に浸れる紅茶だ。
このレベルで出来栄えが☆なしという最低ランクなら、★付きの美味さは格別なんじゃないだろうか?
どうせならいいところのお嬢様の舌を唸らせる一杯を作りたいと思い、再び紅茶作りに専念する。
まずは一旦外に出て【
薄切りにする工程も、見栄えも良くしたかったので桜の花びら風の形で整えてみる。
なかなかに味わい深いデザインになった。
それから【世界樹の枯れ葉】も月光がなるべく当たりやすい所に移動させて干す。
最後は【無色に堕ちた蜜】をきっかり20秒だけ煮沸してとろみを出す。
「知識は武器だな」
これまで全て『審美眼』があっての物種だ。
普通、紅茶といえば煮沸はそれなりの時間を要するし、茶葉を発酵させる過程も全然違う。けれど俺はここまで『審美眼』で素材の説明文が見えたからこそ、自分なりに答えを出せた。
:【
「よし……★2まで作れるようになったか」
「あら? ナナシに似合わずいい香りね」
「お、ちょうどよかった。って何だよ、その恰好は……」
振り向けば血塗れになった
「身分【吸血姫】の効果で、血をまとってる方が狩りの効率がよくなるのよ」
「それはお前の血なのか……?」
「さあ? 返り血かもしれないわ」
なんてニコリと笑むきるるんに、思わずゾクリときてしまう。
さすがきるるん。敵を千切っては殺し千切っては屠ってきたのだろう。
「それでナナシ。約束通りの時間に来たのだけれど?」
バッと服を振り払い、ついた血を霧散させたきるるんが優雅に着席する。
やっぱ魔法って便利だな。
そしてきるるんかっこえええええ、そこはかとなくご主人様らしい所作が似合い過ぎるんだが!? と思いつつ、至って平坦の表情を作ったまま【
「紅茶にございます。きるる様」
なんとなく雰囲気にあてられて、執事っぽい感じで渾身の紅茶をお披露目。
「……」
きるるんは窓からこぼれ落ちる月明かりを背に、スッと姿勢を正す。それから上品にティーカップを手に取り、慣れた様子で紅茶の香りを楽しむ。
「……気持ちが楽になる香りね。構えずに紅茶を楽しめるわ」
さすがリアルお嬢様なだけあって、全ての動きが堂に入っている。
俺にとって、作り上げた紅茶がメインだったはずなのに……いつの間にか
「そう、
ほっこりと笑う
きっ! きるるんの可愛らしすぎる笑顔、いただきましたー!
こいつは普段からこういう一面をクラスの奴らに見せていれば【
そんな思いを感じ取ったのか、
自分の考えを口に出すのは
今は少しでも紅茶を堪能してほしいと思ったからだ。
そうして
「なあ……思いっきり楽しんでる俺が言うのもなんだけどさ。こんなに遊んでていいのか?」
どうにも仕事をしている気分にならないというか……これで月100万円もいただいてよいのだろうか? という罪悪感にも似た何かがふつふつと湧き出てしまうのだ。
「いいのよ。ナナシが編集する私は、あくまで自然体の【手首きるる】の魅力だもの」
「自然体……?」
「生配信ではやらかせないミスも、録画であれば後で編集できるからいくらでも素を出して大丈夫でしょう? だからナナシと過ごす時間はライバーにとって息抜きにもなるようにしたいのよ。その辺を試験的に導入しているのが今の段階ね」
「なるほど……で、結果はどうだった?」
紅茶も含めた感想を求めてみる。
「ナナシにしてはなかなか————と言いたいけれど、
「ですよねー」
やはり相変わらず俺に対しては辛口だった。
だけどまあいいかなって思える。
「おかわりよ、ナナシ」
なにせ
なにより、推しとの優雅で穏やかなひと時を満喫するのは……控えめに言って最高だった。
……俺は【異世界アップデート】が来てからこの2年、
でも誰かとこうやって幸せを分かち合えるのなら、
「ん、ちょっと待ちなさい……この紅茶、ステータスに変化があるってどういうことなの?」
「うん? なんかそういう効能があるっぽいぞ」
「うそ……そんなの前代未聞よ……!?」
紅茶のカップを凝視しながら血相を変える
それから月光が降り注ぐ窓際で、綺麗な笑みを静かに咲かせた。
「こ、これなら……ステータスが成長しない
そういえば★3だと魔力が永続的に+2ってあったしな。
どうやら
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