3話 推しに異常って言われた
「手首きるるだよー♪ 君の手首もきるるーんるーん☆」
「え……」
あの
いや、あの
いやいやいやいや、え!?
まじか!
「……っす、え、すぅー……でっ? あー、ふーん、く、く、
なぜかこちらをニヤニヤしながら俺を見つめて来るきるるん。
いや、きるるんがそんなあくどい表情するとか新鮮すぎて尊い……じゃない、まじで何なの?
あの
はー!?
はーッ!? はーッッッ!?
俺は推しに直で会えた嬉しさと、紅が推し本人だったという悔しさで感情がグチャグチャのドロドロだ。もうどうにかなってしまいそうだったので、とりあえず知らんぷりをした。
「それで、話を進めてもいいかしら?」
「あっ、すぅー、えっ、あ、はい」
うわっ、まぶしっ、じゃない、照れてる場合じゃない。きるるんを見ろ、普通にそこはとなくいつも通りに見るんだ俺。推しがこんな間近にいる機会なんて滅多にないんだから、ってそうじゃない。
……今ここで俺がリスナーでした、なんて白状したら
めっちゃゴキブリゴキブリ
がんばれ俺! 負けるな俺!
きるるんはいつだって挑戦してるじゃないか!
俺だってふっつーに見れる。怪しまれないように自然に推しを見れる!
「ぷーくすくす」
笑ってるきるるんかわええええええええ!
いや、落ち着け俺。
確かにきるるんは
あいつ元が良すぎだから全く違和感ないけど、なんつーか、え、姉妹ですかってぐらい似てる! なんて今更か!
白状します!
クラス内でも嫌煙されがちだった
はいっ、こんなこっぱずかしい自問自答はこれで終わり!
「そっそひぇで話の続きって?」
くそっ。
声が裏返る。
「私の隣に立つ以上、しっかりした物に身を包みなさい。なので、これがゴキブリの作業服よ」
そういって推しに手渡されたのは立派な執事服だった。
◇
物陰で仕事服に着替えた俺は、さっそく雇用主に尋ねる。
「そ、そ
「なんて主体性のないゴキブリなのかしら。そうね、まずは【世界樹の
しっかり毒舌を発揮しながらも当面の目的を提案してくる
「それと、ここでは『きるる』か『お嬢様』と呼びなさいね。名無し」
「中学時代のあだ名で呼ぶなよ」
「あら?
「……っす、今のあだ名よりは……ナナシでおねしゃす」
俺は発見した。
推しに
というかすでにだんだん慣れてきた。
だってきるるんだけど、やっぱり
現実は
推しを推しと見れなくなってゆく、そんな感覚に一抹の寂しさを覚える。
推しは推せる時に推しておけか……これほど、この名言が胸に沁みる瞬間が来ようとは……。
「ほらゴキブリ。しっかりついてくるのよ」
「もっ、すぅー……もうナナシかゴキブリかどっちかにしてくれ」
変わらずゴキブリ呼ばわりしてくる
「けっこう高いわね」
「試験管の外は青い砂漠……【転生オンライン】と同じで、【世界樹の試験管リュンクス】は人工的なオアシスって設定なのか?」
世界樹の連なり盛り上がった
「ここからは文明的な街並みね」
「吊り橋、はしご、家、どれも木材だけどな」
「世界樹と共生する街ってところね。たしかエルフの里をコンセプトにこの【世界樹の試験管リュンクス】は設計されたそうよ」
「へえ……詳しいな。エルフと言えば森の守護者とか、木々や自然を大切にするってイメージあるもんな」
それから俺たちは世界樹にある各施設を見て回り、頂上まで登る。
生きててよかった。
「隣の試験管への移動はこの
「落ちたら死ぬんだろうなあ……」
隣の世界樹に繋がる蔓にハンキング棒をからませ、そのまま滑空するという原始的な移動手段に生唾をゴクリと飲む。なにせ蔓を滑っている最中に棒から手を離せば下に真っ逆さまだ。
「ちょっとアトラクションみたいで刺激的よね。さっ、いくわよゴキブリ」
学校では常に不機嫌そうな
やはりきるるんは神かもしれない。
さて、こんな調子で五つの試験塔に培養された世界樹、巨大樹からなる都市を巡って一つの結論が出る。
「どうやら各試験管が区として分けられているわけね」
「くれ、きるるは初めてくるのか?
「初めてくるるーん☆」
不意打ちやめろ、まじで。
「【剣闘市オールドナイン】と【黄金郷リンネ】は行ったことあるわ。どちらも私には合わなかったけれど」
しかも秒で
俺の
「へ、へえ……それにしても
「愚鈍なゴキブリね。もちつもたれつってやつでしょう。地球の資源もまた、こちらにとっては物珍しいものなのでしょう。そして地球の戦力も」
「あ、なるほど。ゲーム通りだと、人類などの生息圏は著しく狭まっていて……封じられた神々を解放することで、人類が過ごせる【黄金領域】を取り戻せるって設定だったか?」
「ゴキブリ……あなた、本当に【パンドラ】について何も知らないのね。仮にも元プレイヤーなのに」
「まあ。【パンドラ】がらみの情報はできれば目に入れたくなかったからな……」
誰が好き好んでトラウマを思い出す情報を目にしたがるんだ。
「でも今は、そのパンドラに来てるのね?」
ちょっと嬉しそうにはにかむ
「金のためだ」
「そう」
しかしそんな一面はすぐに引っ込めて、いつものニチャニチャとした笑みを浮かべる。
きるるんの顔でそれをやられるのは複雑だ。でも可愛いな、おい。
「そういえば4つ目の試験管は人外の区域なのかしら?」
「ああ……
「キモイわよゴキブリ」
俺が先ほど見かけたばかりのケモ耳っ娘に思いを馳せていると、辛辣な言葉が突き刺さる。
「他にもだいぶ歪な形態の異世界人がいたわよね」
「あー……蛇の頭と羊の下半身が混じった人間とかな……」
「ゴリラの身体に人間の女性の頭が繋がってるのは、この私でもちょっとびっくりしたわよ」
「……人面犬もいたよな」
「ま、あそこは異種族区画だとひとまず命名して、あの異形たちを造ったのが最後の試験管にいるらしいわね」
「人類最後の【黄金領域】を守る神々の四柱が一つ、【神の
「どんな神様なのか楽しみね」
そういえばゲーム時代もリュンクスには会ったことがない。
現実に神様ってのが普通にいるのも不思議な話だけど、【異世界アップデート】が来てからわりと自然に受け入れられてるんだよなあ。
もちろん、俺がお目にかかれるのは初めてだが。
そうして最後の試験管を探索するも、世界樹の上層に立派な教会が併設されている以外、目を惹く存在は発見できなかった。
というか神はいなかった。
異世界人に所在を聞き込みしてみると『リュンクス様は気分屋で神出鬼没だからにゃ~』と、どの異世界人も呑気に語る。
「この調子だと、何かの条件をクリアしないと【神の模倣者リュンクス】には会ってもらえなそうね」
「いかにもRPGっぽいな。そうだ、せっかくだから冒険者と情報交換してみたらどうだ? さっきから遠巻きにくれな……きるるを眺めてる人らがいますよ」
主に男性冒険者が中心だけど、
「ゴキブリ並みの知能指数にびっくりだわ。チャンネル規模が大きくなったら、必ず過去の所業が明るみに出て来るのよ。そうなると私が異世界で異性と仲良く絡んでいた、なんて動画が出回ったりでもしたら……リスナーたちが悲しむじゃない」
「……意識が高いこった」
まあ、そういう浮いた話一つ出てこないのも、きるるんの魅力ではあった。
なんというか本気なんだよな。
「待て、じゃあ俺と一緒にいるのもまずいんじゃないのか?」
「あなたはゴキブリだから問題ないわよ」
「人じゃないってか。ひでえ」
ジロッと
「あなたのその容姿なら問題ないって言ってるのよ。本当に鈍いのね」
「俺の容姿……?」
俺が首を傾げると、何故か
「綺麗な女顔だから男装執事に見えるわよ。ナナシちゃん」
どうせまた俺に対する悪口だろう。
そんな風に彼女の毒舌を流し、俺は世界樹の
おっ、なんか美味しそうなミント? ハーブっぽい色してるな、この葉っぱ。
「そういえばナナシはさっきからちょこちょこ何をしているのかしら?」
「ん? 何って【世界樹の枯れ葉】って素材を
ここに来てから見た事のない物ばかり目にする。せっかくだから美味しそうな素材を発見しては、家族へのお土産にと鞄や瓶に詰めているのだ。
どうやらゲーム時代と現実では素材も生態系も違うようだ。
「……どうしてそこに素材があるのかしら? 私には見えないのだけれど」
んん?
確かに半透明な葉っぱだけど
試しに目の前でゆらゆらしてみるが、
「ん……ああ、多分ステータス内にある
「ちょっと待ちなさい、ナナシ。あなたの身分は……¶±Θ§
すっと目を細める
おっと、相手を注視すれば身分を目視できちゃう仕様もゲームと同じか。
「あーはいはい」
【
ステータスと念じ、俺はありのままの内容を
「えっと、身分は【
「王宮どころか、神の宮殿に仕える執事、ね……ふんっ私に仕えるにふさわしいわね」
いや、役立たずのゴ
かなり珍しい身分ではあったけど、こんな身分のままキャラを強化し続けたのは俺以外いないと断言できる。なにせ【転生オンライン】はキルされると生まれ変わり、身分も変わる仕様だったのだ。
当たり身分を引き当てるために何度も転生する、なんて
いわゆる自殺ガチャとか転生ガチャってやつだ。
————————————————————
身分:
Lv :0
記憶:999
金貨:0枚
力:2(+300)
防御:2 (+300) 俊敏2 (+300)
【スキル】
〈神級執事Lv0〉
〈主の矛にして盾Lv0〉
【
〈審美眼Lv99〉
〈天宮廷の
〈神域を生む建築士Lv70〉〈神薬の調律士Lv70〉〈神を彩る裁縫士Lv70〉
〈神界の家具士Lv50〉〈至宝飾士Lv50〉〈神器職人Lv50〉
〈七色
〈千年書庫の主Lv40〉〈万物の語り
〈魔法設計Lv30〉〈神を惑わす調香士Lv30〉
〈占星術Lv20〉〈幻想曲の弾き手Lv20〉〈
————————————————————
「っと、まあこんな感じで内容はゲームキャラと変わらない。これでわかったと思うけど、
「ナナシ……あなたおかしいわよ?」
「あーはいはい。どうして生産や放牧の
「いえ、そこじゃないわ。そもそもステータスに目覚めた人間は、ゲームで習得した全ての
「ん……? そうなのか?」
キャラLvやスキルLvは0だが、
そこがおかしいのか?
「……ナナシは知らないだろうけど、この2年で冒険者がどれほどの高みに到達したかわかりやすく言うわね」
妙にもったいぶる
「現在の冒険者は……
「は? そうなの? 金貨ってそんなに手に入り辛くなったのか?」
【転生オンライン:パンドラ】であれば、【金貨】を消費して記憶を増やし、その記憶量に応じて
記憶はいわば
「そうね。ゲーム時代とは違うわ。ただステータス強化は同じで、Lvが1上がる毎に好きなステータスに1ポイント振れるの。知っての通り魔法少女だけはステータスポイントが増えないけどね」
「えーっと……今って最高レベルの冒険者っていくつなの?」
「最強と言われる冒険者でLv20よ」
「じゃあ……ステータスもトータルで20しか上昇してないのか?」
「それでも化物級の身体能力よ?」
ゲーム時代と違い、ステータスは1増えるだけで劇的な変化があるようだ。
じゃあ、俺は……俺のステータスは合計で2000も増えているぞ!?
最強冒険者の約100倍だ。
「ナナシがどうして異世界に関する情報を忌避するかは……この際、詮索しないわ。だけどこれからは、仕事として情報収集は怠らないように!」
一度溜息をついた
うーん、きるるんの顔で見つめられるとそわそわしてしまう。
「はっきり言って、ナナシのステータスは異常よ」
◇
【成人男性のステータス】
Lv:0
記憶:0
身分:会社員
力 :2
防御:2 俊敏:2
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