2話 きるゆー【世界樹の試験管】
「おい、
それらをようやくクリアして、いざ紅の元でバイトを始めるに至ったのだが……。
「ゴキブリにはわざわざ口で説明しないとわからないのかしら? 政府の
「それはわかる。
「あるわよ? 私と、ゴキブリのも」
そう言って
ちなみに最下級のランクGと表記されている。
こいつ……いつの間に他人の冒険者証を発行してたんだ?
そもそも政府管轄の証明カードを俺の同意なく勝手に作れるものなのか?
色々とツッコミたくなったが……
「これから冒険者として【
「ゴキブリにもわかりやすく説明してあげるわ。約二年前に全世界で【異世界アップデート】という天災があったのは御存じ?」
「え、誰でも知ってるけど」
「ゴキブリも知っていたのね。さすがだわ」
笑顔で毒を吐く
「その【異世界アップデート】はかつて大盛況だったVRゲーム、【転生オンライン:パンドラ】に出てくる様々な要素と似ている、と言われているわ」
「え、知ってるけど」
二年前。
謎の建造物やダンジョン、そしてモンスターが出現した時、世界は
さらに特定の人間にステータスが発現し、その全てが【転生オンライン:パンドラ】のプレイヤーだったことから……【異世界アップデート】とあのVRゲームは何らかの関係があると見込まれている。
「パンドラに行くのと、【転生オンライン】をプレイして遊ぶのも同じよ。おわかり?」
「おいおい、無茶苦茶だろ」
さすがに死ぬ危険性のある現実と、サービスが終了したVRゲームを一緒にするのはナンセンスだ。ましてやステータスがある人間なら冒険者として成り立つかもしれないけど、俺は————
「ゴキブリ。あなたも【転生オンライン:パンドラ】の元プレイヤーでしょう?」
「……どうしてお前が……知っている」
「そんなのはどうでもいいのよ。それよりステータスがあるなら、冒険者になっても問題ないわよ」
「そ、それは……」
ステータスを得た人間は、【転生オンライン】をプレイしていた時のキャラクターと同じものになる。さらに習得している【スキル】や【身分】などの変更が基本的にはできない、だった気がする。
そして俺の肝心のスキルや身分は……。
俺が【転生オンライン】をサービス終了前に辞めたきっかけを、
ステータスを持っているのに、冒険者になろうとしなかった理由も話す必要性はない。
だから、俺は静かに
◇
「うわああ……すごい景色だな……」
いや、臨場感や迫力を踏まえればそれ以上だった。
ゲーム内では四つある初期都市のうちの一つ、【世界樹の試験管リュンクス】。
「馬鹿でかい
俺は少しだけワクワクしていた。
色々と
まずはビルと同等の高度を誇る巨大な試験管だ。その中に俺がいて、これまた巨大すぎる大樹が試験官を超えて生い茂っている。
「五つの試験管で世界樹を育ててるってか」
左右を見れば、俺がいる試験管の隣にも巨大な試験管がそそり立ち、同じように大樹が元気いっぱいに育っている。もちろん上を見上げれば、大樹の幹や枝に木造建築物が多種多様にあり、そこで多くの冒険者や
「
現在俺は巨大な根っこの上に立っている。
まるで湖から生えた巨木と見間違えそうだけど、ようは巨大な試験管に水を入れ、さらに
やっぱりめちゃくちゃ世界観が面白い!
俺は歩きながら樹液など、採取できそうなものをそっと手持ちの瓶や鞄に入れてゆく。
だってせっかく
お得意の貧乏性が発動しているが気にしない。
おっ、なんか美味しそうな果実もなってるじゃないか。
り、
「さて、ゴキブリ。業務連絡よ」
「あ、はい」
上がりかけたテンションを一瞬にして氷点下にしたのは、もちろん雇い主である
「まず、一日二時間ぐらいは私と行動を共にすること」
「アバウトー……そして日勤たったの二時間で基本給80万とか、すごいなお嬢様は……」
「それと勤務中は私を見ること。正確には私をゴキブリの視界に映すこと」
「なぜ?」
「記録魔法————【あなたの瞳に思い出を】」
不意に
「うわっ! な、なにしたんだ!?」
「ゴキブリに記録魔法を発動したわ」
こいつ……魔法をすでにいくつか習得しているのか。
もしかしたらけっこうパンドラに来てたり、日本のダンジョンを攻略してたりするのか?
「で、こっちが【
「ああ……それが噂の
「あなたの瞳で見たものはこれから三時間、この【
異世界産の物は飛びぬけてるな。
正確には異世界の素材と現代の科学の融合で、とんでも機器がいくつか発明されている。
なので異世界で取れる素材などは高額で取引きされることもあり、まさに一攫千金、冒険者ドリームなどと言われたりする。
それはそれとして————
「どうしてわざわざ俺の視界をカメラ替わりに……?」
「モンスターと戦うのに、カメラ片手にレンズを覗いてる余裕があるのかしら? 下手したら死ぬわよ?」
「なるほど……俺は
「そうね。それが基本的な業務よ」
それから
「つ、続いて、録画した映像の中で……ゴ、ゴキブリが、私を1番可愛いと思った瞬間を切り取って動画編集しなさい」
「かわいい瞬間……?」
あまりにも唐突すぎる要望に俺は首を傾げてしまう。
するとなぜか
「な、なによ。別におかしな事じゃないわ。私はVTuberとして活動するの。ゴキブリはその宣伝広報みたいなお仕事をするのだから、私の魅力をたっぷり愚民たちに味あわせるのよ」
「あ、はあ……」
そもそもVTuberをするなんて初めて聞いたんだけど、
「私は近々VTuber事務所を立ち上げるから、その先駆けとして私自身がVTuberとして知名度を上げるわ。ゆくゆくはゴキブリにマネージャーみたいな仕事をやってもらう予定よ」
「なるほどなあ……ん、待てよ? VTuberで活動するなら生身の
「言い忘れていたけど、私は魔法少女なのよ」
「まじか!」
これには少々、驚きだった。
中学から
何せ【冒険者】の台頭で、魔法少女の存在は希薄になったとはいえ、その希少性は30万人に一人ぐらいだ。
魔法少女を目の前にしたのだって初めてだし。
「しっかし魔法少女なら、わざわざVTuberやる必要なくないか? 普通に魔法少女として配信活動するとかどうよ」
魔法少女VTuberの推しがいる俺が言えた義理じゃないけど、実際に自分が制作陣に回ると色々見えてくるものがある。
まあ単純にめんどくさそうって理由で指摘してるのだが。
「これだからゴキブリは馬鹿ね。魔法少女は変身しないと一般人と変わらないステータスなのよ」
「知ってるが?」
「……冒険者はデフォで強い肉体でしょうけど、私たちは変身してる時だけなの。ずっとここで戦い続けるなんて無理だわ。変身を維持する魔力だってもたないもの」
「あっ……だから普段はVTuberとしてゲーム配信して活動したり、ああ、なるほど!」
「安全面の話なら他にも、私たち魔法少女は初期スペックからステータスが成長しないのよ」
「知ってるが?」
「変身してないターンを映してリアル顔バレした場合、もし誰かに襲われるようなことがあったら?」
「あっ……抵抗できない強さの冒険者だったりしたら、やばいかもな」
「視聴者やアンチ、ファンの中にそういった輩がいないとも限らないでしょ?」
「だから安全面を考慮してVの皮をかぶる、と……」
「他にも様々な理由があるけれど、とりあえずその認識でいいわ」
なんだか魔法少女ってやつは大変そうなんだな。
今度、推しのきるるんに応援の投げ銭をしよう。今は家計に余裕はないけど、紅から100万もらった後なら投げれる。
少しでもきるるんのためになればと思う。
「
「名前ならすでにあるわよ。手首きるるってVTuber名がね」
「……メンヘラなの!? コンプライアンス的にその名前で大丈夫なの!? そもそも同じ名前の魔法少女VTuberがいるけど!?」
すでにいる魔法少女VTuberと名前が同じだとか、推しを愚弄するなとか、色々な意味合いを込めてツッコミを入れまくる。
しかし、
「手首きるるってVTuberは、私ただ一人だけど?」
「はっ?」
お前、何言っちゃってんの?
きるるんはお前とは大違いで、ちょっと過激で残虐なふりをした優しい元気っ娘なんだぞ。そのくせ、メンタルはよわっよわですぐにいじけて挫けて、それでも難易度の高いゲームに挑戦して、四苦八苦して、『クリアできたのはみんなが応援してくれたからよ!』とか言っちゃう最高に可愛い子なんだぞ!?
それでもって初期は登録者数100人に満たなかったものの、いまでは個人勢の中でもそこそこ有名でチャンネル登録者数10万人を超えた! 今度その記念にダンジョン配信を始めるってがんばってて——————ん、ダンジョン配信?
「あなたみたいなゴキブリには論より証拠よね————【
可愛らしい衣装は、鉄をもひしゃぐ鎧。
つぶらで煌びやかな深紅の瞳は悪を許さぬ正義の後光。
しなやかに伸びる肢体はこちらの目が眩むほどに白く美しい。
黒髪から一新して、燐光をまとう
そして、お決まりのポーズをビシッときめる。
「きるるんきるるんマジカルきるるん☆ 魔法少女VTuberの手首きるるだよー♪ 君の手首もきるるーんるーん☆」
いや、まじか。
◆◇◆◇
あとがき
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