5話 オレノコウチャガ200万……?


「それにしても驚いたわね……」


 俺から【世界樹リュンクスの紅茶ハニー★★★】の効能を聞くと、くれないにしては珍しく脱帽していた。



「魔法少女☆革命ね!? 常識ぜんぶ、きるるーんるーん☆」


 なぜか配信用の顔にまでなっている動揺っぷり。

 まあ、きるるんド安定でかわええ。



「ナナシ! 何ぼうっとしてるのよ! こうなったらまずは異世界パンドラ課が管理してる冒険者ギルドに行って、この紅茶を査定に出すわよ!」


「えっ、はあ……切り替え早ッ……」


「さすがナナシ。事の重大さが理解できてないようね。冒険者はLvが1上昇するとスキルポイントが1、ステータスポイントが1もらえるのよ?」


「いや、知ってるが?」


「……二年かかって、頂点に座す冒険者はLv20なのよ?」


「さっき聞いたが?」


「最強の冒険者でも、この2年で合計20ポイントしかステータスが増えてないのよ!」


「あっ……」


「ナナシの作った紅茶を飲めば一時的とはいえ、色力いりょくが5も増えるのよ? たった4杯でも飲めば、現行最強の魔法少女ができあがりよ?」


「なるほど……」


「それに冒険者は状態異常で命を落とすのも少なくないわ。未知の世界には未知の細菌やら、毒やらがたくさんあるのよ……そんな状態異常も全て回復って……しかも貴重なポーションより回復量が上回るだなんて、この紅茶、化物よ?」


 俺の丹精込めて作った紅茶が化物呼ばわりされた。

 というわけ俺は大急ぎで【世界樹リュンクスの紅茶ハニー★★☆】を三つ作れと命令され、その後は都市内にある日本政府管轄の冒険者ギルドに連れてこられた。



「政府が管理してるって言ってもゲーム内に出てくる冒険者ギルドっぽいな」


「正確には現地民と共同で管理してるのよ」


「なるほど……」


「いい? 査定に出すだけで絶対に売っちゃダメよ?」


 ギルドの受付で並び始めると、くれないがコソコソ内緒話をしてくる。


「絶対に、絶対に、だからね? わかってるわよね?」


「お、おう……」


 そんなに耳元で何度もささやかれるとこそばゆい。

 うん、耳元で推しに囁かれるとかご褒美、じゃない。浮かれてる場合じゃない。

 受付のお姉さんもなかなかの美人さんだから、ニヤケ面をさらすわけにはいかない。


 

「はーい、次の方。私はリュンクス支部の受付嬢、葛城かつらぎです」


「あ、冒険者の七々白路ななしろです」


「はーい。ではギルドカードを見せてください……なるほど、冒険者デビューしたばかりのようですね」


「はい。それで今日はこちらの紅茶の査定をお願いしたく……」


「紅茶? あー、ふーん、なるほどです」


 なぜか葛城さんは俺を生暖かい物を見るような目つきになった。



「やっぱり異世界デビューするとワクワクしちゃいますよね?」


「は、はあ……それは、まあ」


「見たことないものばっかりで、だからもしかしたら、この飲み物やあの飲み物もすっごいお宝だったりーって! 期待しちゃう気持ちはわかります。でも、期待のし過ぎはよくありませんよ?」


 ああ、なるほど。

 新米冒険者がはしゃいで、何の変哲のない量産品を査定に出してきたと勘違いされている?


 こういうところで、先輩冒険者としての実績がありそうなくれないが出張って、説明してくれてもいいものなのに……俺の後ろでだんまりを決め込んでいる。



「あの、とにかく査定をお願いします」


「ふう。仕方ないですね、今回は特別ですよ?」


 愛想のよい笑顔だが、葛城さんは背後の事務所に入る直前に小さなため息をこぼしていた。めんどくさい仕事が一つ増えたと思っているのかもしれない。

 それから数分後、葛城さんはやたら脂汗を垂らしながらニコニコと質問をしてきた。



「さ、査定は終わりました。えー……えっと七々白路ななしろさまは、この紅茶をどちらで……?」


「えーっと……冒険者条項27にのっとり、黙秘させていただきます」


「はひゃっ」


 冒険者条項27とは、冒険者が自身の生命危機に関する情報は秘匿してもよい、といった決まり事だ。これは予めくれないから『紅茶の出所』について聞かれた場合はこう答えろ、と言い聞かされている。


 どうして紅茶一杯で生死を問われる状況になるんだーなんて疑問を挟む余地はない。

 なにせここは異世界パンドラ

 どんなルールや風習があるかわかったものではない。


 例えば、この紅茶がとある種族からは神聖視されるもので出所を誰かに漏らした場合、命を狙われる、なんて危険性が無きにしも非ずなのだ。

 まあ、真相は俺が作ったからそんなことはないけれど。



「さ、さようでございますか……で、では、査定金額の結果ですが……その、5万円、です」


 5万円!?

 なんて高額なんだ!?

 目の前にぶら下げられた金額に釣られそうになるも、背後から黒いオーラを放っている(ような気がする)くれないのおかげで踏みとどまる。


 いだっ!?

 いだだだだだだ!?

 ちょっ、きるるん! 後ろからおしりをギャンつねりしないで!?

 それっ、御褒美でしかないからあああああ!?



「その、七々白路ななしろさま? 紅茶を売っていただけ、ますか?」


「すすすすすすみません。お譲りできません」


「でしたら! な、7万円でいかが、でしょうか?」


 おっと。2万円も吊り上げてきた!?

 しっかし葛城さんは先程の快活な態度と打って変わって、ビクビクしてるのはなぜだろうか?



「コホン。葛城かつらぎ嬢、後ろから失礼するわね。私はゴキ、この男子の付き添いの夕姫ゆうきくれないと申します」


夕姫ゆうき……? あっ、夕姫財閥のお嬢様でいらっしゃいますか?」


「ええ。大手商社をグループ傘下に持つ夕姫財閥の当主、夕姫ゆうき赤城あかぎの次女です。そんな私が彼の紅茶を見積もれば、ざっと100万円以上の価値ですわね。ギルドは10分の1以下で買いたたこうとしていらっしゃる?」

 

 100万円!?

 この紅茶一杯が100万円!?


「全ての状態異常の回復は、貴重な効果でしょう? この一杯で命が救われると思えば100万円なんて安すぎるぐらいです。万病に対する薬ですよ? それに加えて一本10万円相当のポーションより高い治癒力、おまけにステータス色力の上昇……どんなに良心的にやすく見積もっても100万円ですわ」


「そっ、それは……」


 くれないはうろたえる葛城嬢から、紅茶をサッと取り返す。

 そして去り際に宣言した。


「この紅茶は、夕姫財閥が責任をもって世にお披露目しますわ。あまりやりすぎると、ご縁をきるるーん☆っと切りますわよ?」


 おい、きるるんが出ちゃってるぞ。



「あっ、うぅ……」


 さすがに相場? の10分の一以下で買い叩こうとした葛城嬢は何も言えずにしょげていた。そんな彼女もきっと上の判断でこのような対応しなくちゃいけないハメになったのかもしれない。

 そう思うと少し不憫だったが、損を被りそうだった俺としては冒険者ギルドに不信感が募った。



「仕方ないのよ。どんどん新しい未知が発見されるから、政府としてはあれもこれも高額で取引きしすぎると、リスクなのよ」


「昨日は貴重だったものも、明日には量産品になるってことか」


「そうね。すぐに値崩れする物を高額で売りつけたら、それを買ってしまった冒険者の反感もひどいでしょうし」


「でも……じゃあ、どうしてこの紅茶には100万の価値があるって言いきれるんだよ」


「ナナシにしか作れないからよ。新しいフィールドで新しく見つかったものじゃないでしょ? 生産量、供給量が限られている希少な物なのよ」


「な、なるほど……」


「それに本音を言えば、この紅茶には200万円以上の価値があるわ」


「200万ッ!?」

 

 きょ、驚愕すぎる。


「そんなのをホイホイ作れちゃうゴキブリはどうなっちゃうのかしら? ゴキブリホイホイで永久投獄かしら、ね?」


「ど、どういう意味だよ……」


「権力者って怖いのよ? なーんの後ろ盾も保護もないゴキブリに目をつけて、閉じ込めて、ゴキブリ以下の待遇でボロ雑巾のように使い潰す、なあんて業界人もいるわよ?」


「……」


「悪いようにはしないわ。絶対にナナシにとって1番儲かる仕組みを私が実現してあげる。だから私を信用して、うちのグループ商社の庇護下に入りなさい」


 個人で利益を独占~とか、独立なんて考えはやめておいた方がいいのかもしれない。そもそもこの紅茶だって、技術パッシブLvが高かったから作れた代物だ。   

 つまり神宮執事としての主従契約が成り立っているからこそ、生産できるわけで……。


 この力を保持するには、雇用主が必要ってのがポイントなのだ。

 ここは大人しくくれないお嬢様にお任せした方がよいのかもしれない。



「では手始めに、この紅茶をうちでおろす権利を2000万円で買い取りたいわ」


「に、2000万円!?」


 家の借金が一瞬で帳消しにできる金額が、推しの口から飛び出たのだった。






◇◇◇◇

あとがき


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◇◇◇◇

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