男 アイテムボックス③

――30分後 

 

 ギルドに置いてあるソファーで、受付のアミンが気絶から復活する。春人達はギルドマスターのマッテーオ ヤッチャテルの案内でウィバーンの素材を売り払った後だった。アミンを苦しめていた恐怖対象の現物はもういない。


「私は。……はっ……まだ生きてる?」


「目が覚めたかアミン君。春人様とうらら様は運搬技持ちを探しているみたいだから、後は頼んだよ。それでは春人様、うらら様。私はこれで失礼します。」

 

 アミンはしばらく考えを巡らせる。この小さなギルドには、併設された解体所で素材解体用の職員とギルドマスターと自分しかいない。マスターに任されたら相手をするのは自分だけだった。しぶしぶ重い腰を上げた。


「春人様。アイテムボックス持ちをお探しですか。出来る限りの手段を用いて、周辺ギルドの人材も含めてお探ししましょう。春人様方がお探しとなればきっと運搬技Ⅲ以上ですね。」


 ギルドに冒険者パーティー獣人の森ビーストウッズ冒険団が入って来た。


「おい。アミン。今すぐに、こいつの冒険者登録を済ませろ。」


 スチールランクのベテラン冒険者は、この街では最強のパーティーだった。アミンはその命令を無下に断れない。しかし、今は緊急時なのだ。いつもはスチールランク様だった扱いもスチールランク如きに変わっている。


「ギーオさん。お静かにして頂きますか? 現在、大事な冒険者様の接客中です。」


 ギーオはいつもの低姿勢が変わった事に腹を立てる。だが、次の瞬間に貴重なアイテムを持つ者を大切にするのも仕方が無いかと思いなおす。ギーオにとっても、それくらいでなくてはならないのだ。ギーオは予定通りに話を進める。


「この糞ガキ。運搬技Ⅲの情報を俺達に隠していやがった。明日で雇用を解除するはずだったが予定を変更にした。死ぬまでうちのパーティーで、奴隷のようにこき使ってやる。早く冒険者証を用意しろ。それくらい接客中でも直ぐに済むだろう。――早くしろアミンっ!」


「ひっ。分かりました。」


 アミンはすぐに内ポケットにあった冒険者証を少女に渡す。その少女の今にも泣き出しそうな姿を見て春人は黙ってはいなかった。なぜなら、その少女は街で自分の商品を買ってくれた大切なお客様だ。そうでなくとも現代の日本から来た春人やうららは、非人道的な人間の取り扱いには免疫がない。うららがそれをやめさせようと、口を挟もうとした少し前に春人が言った。


「偉い冒険者様だかなんだか知らねえが、まだ幼い少女を奴隷扱いなんかして良いわけがねえだろ。おい。ガキンチョ。今すぐこっちに来い。お兄ちゃん達がお前を守ってやる。うらら。やれるか?」


「当たり前よ。こんなのを見過ごせないわ。」


 しかし、春人達の予想とは裏腹に獣人の森ビーストウッズ冒険団の好戦的に見える面々はすぐにそこから逃げ出していた。


「くそがっ。覚えていやがれ。」


 獣人の森ビーストウッズ冒険団の酷い慌てぶりを見ながらアミンだけがそれに納得していた。さすがのスチールランクとさえ思った。なんのヒントもなく春人達の強さが一瞬で理解出来るのは、同じく強者である証だと。そして、次に探していた運搬技の持ち主のリストを閉じた。

 

「これで問題は解決しましたね。どうやら彼女が、春人様達がお探しの運搬技Ⅲの持ち主のようです。ささ、どうぞお納めください。」


「いや。あなたの持ち物でもないし、商品でもなく人間だからね。それに何より確認が取れて――」


「良いんだよ。私なんてただの商品と同じなんだよ。」


春人は少女の頭を撫でた。そして笑顔でこう言った。


「ガキンチョ。自分を商品だなんて絶対に言うな。お前は自分の好きに、自由に生きて行く事が出来る。お前は自由だ。それは誰にも止められないし、止めるなら、この俺がぶん殴ってやる。」

 

「ガキンチョじゃないもん。コユキは14歳なんだよ。」


「そうかコユキ。お前はこれから、どうしたいんだ?」


「私はあなたに雇って欲しいんだよ。」

 

「そうか。だが、それはお断りだ。仲間になろう。強制ではなくコユキがもう嫌だって言うまでの間の仲間だ。コユキは自分で考えて自分の好きな事をすれば良い。」


 コユキの瞳からは涙が溢れる。そんな優しい言葉を掛けられたのはいつ以来だろうと思った。母親が死んだ時や精霊様が死んだ時に人の温もりや優しさも一緒に置いて来た。自分はこの世に一人ぼっちだと、誰にも騙されないようにと人を疑って生きて来た。


 それでも他人は他に才能のない自分を利用し、虐げられて今まで生きて来た。次々と居場所を変えたのは、アイテムボックスの本来の力を隠す為だ。身を守る為に、力を隠す事を優先させてきた。


だが、今、自分に優しくしてくれる人間が現れた。おそらくは自分の能力を買ってくれているのだろうとも思う。だがそれを利用するだけではなく、自分を尊重し嫌なら離れても良いし、自由にしても良いと言う。

 

「お願いしますなん……だよ。」

 

 涙が止まらないのは、優しく接してくれたからじゃない。自分の心を尊重してくれたからでもない。またしてもコユキは自分の不幸に対する嘆きで泣いていた。


 おそらく世界で唯一、自分に手を差し伸べてくれる人間を、コユキはこれから裏切らなければならない。その事がとても悲しくて、絶望して泣いていた。

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