男 レムラーリア①

 アゴラ王国の東は魔横領と接している。

 

 春人達がアゴラ王国ではじめて訪れたラグエルの街には、東に3キロ程進むと浸食地域という場所に繋がる。浸食地帯は人類側の領土だが、魔王領の国境に近い為、危険な魔物が多く住み人が住めない環境になっている。

 

 アゴラ王国にある浸食地帯の全体は地名的にはシリスヌレイア荒地になっている。しかし、ラグエルの東にあるその一帯だけがラグエル浸食地帯と別に呼び名がある。

 

 そして、その場所だけは、住めないのが人類だけではないのだ。


 立ち入る事の許されない人類側の伝承と、何かに怯え近づけない魔物側の事情。春人達はコユキに連れられ、その禁忌の土地に足を踏み入れてしまった。



「やっと着いたんだよ。」


「何もないみたいだぞ。美味しいお肉と素材が取れるモンスターがいるから、どうしても寄り道したかったんじゃないのか?」


「……ここからは危険だから、その前に荷物を渡して欲しいんだよ。」


「魔物を討伐しないと渡せる荷物はないんだが?」


「貴重な調味料を渡すんだよ。モンスターは危険なんだよ。」 


「大丈夫だ。予備の調味料は、俺のアイテムボックスに入っている。」


「え? 春人はアイテムボックスを持っているの?」


「そうか。コユキにはちゃんと話すべきだな。俺には無限に収納出来るアイテムボックスがある。だが、俺は手に取る物をこんな風にマテリア化してしまうんだ。俺はアイテムボックスを持っているけど、ある条件をクリアしないと、このアイテムボックスには収納出来ない。」


春人が地面にある大きな岩に触れると岩が消失した。

 

「触っただけで岩が消えた? アイテムボックスに直接触れないと収納は出来ないし、手で触れるだけとか、そんな力は聞いた事がないんだよ。それに……無限に収納出来るアイテムボックスなんてあるわけがないんだよ。」


春人はブルーシートを取り出しそれを広げるとアイテムボックスにしまっていたモンスターの肉をそこに並べ始める。大量の肉が並べれらた後で、調理道具や念のために作って置いた調味料なども並べていた。

 

「あわわ。……嘘。こんなの嘘なんだよ。」

 

「本当だ。それで、そんなに欲しいなら、調味料はコユキが預かってても良いぞ。」


 春人はモンスターの肉や調理器具などをしまい始める。


「なんで……なんでそんな簡単に……そんな重要な秘密を打ち明けられるんだよ。」


「当たり前だろ。仲間なんだから。もう感情移入しちゃったし、コユキに俺の出来る事を隠していても、それはそれで不便になる。」


「なんで……私が裏切ったらどうするんだよ。」


「それは、裏切らせるような事をした俺が悪いな。その時は反省でもするか。言っとくけど、俺はお子様には物凄く弱いんだ。」


「……。」

 

 黙り込むコユキとそれを聞いて身を乗り出すうらら。

 

「春人ずるいっ。私には勘違いしただけで拗ねたくせに。」

 

「そりゃあ。うららは大人だからな。」

 

 だが、うららは別に本当にそう思っているわけではない。コユキの思い詰めた顔に心配し場を盛り上げようとしていた。そして、コユキに笑いかける。

 

「コユキちゃん。春人はこういう人なのよ。私に裏切られたと思った時でさえ、大切な食料を渡してからいなくなったの。何も心配をする必要はないわ。」


 コユキはもう優しくされる事に耐えられなかった。だから、本当の事を言おうと思った。

 

「ごめん……逃げ――」


 しかし、コユキの言葉は遮られる。


「――よくやったぞ。コユキ。あんなに調味料がある。おうおう。お手柄じゃねーか。これからも頼むぜ。」

 

 コユキは春人達を逃がそうとした。だが、それは間に合わなかった。獣人の森ビーストウッズ冒険団の三人は既にコユキの後ろに揃ってしまった。


 団長のギーオがコユキの頭を撫でる。後ろにいるコルネリアスもにんまりと笑って、ギーオに賛同した。


「本当だぜ。あれだけあれば、いったい、いくらになるんだよ。アイテムボックスの事もあるし、やっぱりコユキを仲間にして良かったな。」


アンドレアも新しい仲間を歓迎する。


「見た目ではわからないわね。コユキは優秀な詐欺師だわ。本当は運搬の天才だったし、私達の仲間にぴったりよ。」

 

 コユキは自分の醜い心を春人達に晒された。恥ずかしさと後悔で涙が止まらない。同時に唯一、自分が変われるかもしれないチャンスも失ってしまったのだ。先程、大きな希望を見せられた分、絶望に押しつぶされた。なにより、二人に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 コユキは、嗚咽し泣きじゃくりながら、地面に崩れ落ちる。

 

 コユキは、ギーオ達に運搬技Ⅷの天賦の才を知られていた。次々とアイテムを渡されその容量の最大を調べられたのだ。万が一自分達から逃げたら、その情報をギルドを使って世界中に流すとも脅されていた。そうしたら、世界中がコユキの才能を求める事になる。しかし、コユキには戦闘のセンスがない。だから、そうなれば一生奴隷のような扱いになりかねない。それにギーオ達には、逃げたら必ず見つけ出してぶちのめすとも脅された。恐怖で支配する為に、運搬技のランクを隠していたお仕置きとして、洋服で隠れる部分を狙って何度も殴られた。


 そうなる事を恐れて各地を転々としていたのに、その全てが無駄になった。ギーオ達のコユキの扱い方は、今まで雇用してもらったパーティーの中で、断トツに最悪だった。


 

 

 コユキの涙に反応し、春人の目の色が黒に変わる。


 激しい怒りと共に、胸にある核から得体の知れない力が、春人の全身を包むように吹き出していた。翼を大きく広げ体中のルーン文字が光り輝く。


 

「あーあ。子供を泣かせちゃったな。子供に無理矢理、嫌な事をさせるとか大人として有り得ないだろ。」


 

 春人が一刺し指をギーオに向けるとその指を上にあげる。ギーオの左腕が爆発し根本から木っ端みじんに弾けていた。


「ぐぎゃぁっー。」


 それは魔法などではない。もっと禍々しい力だった。


「百回は殺すか。」


 その邪悪な言葉と目の前で起こった現象に獣人の森ビーストウッズ冒険団の面々は戦慄していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る