女 帝国城塞の光禁城③

――数日後


フィールドモンスターが強いパスクコーレ帝国の王族や貴族達は、歴史の中で強者を求めて来た。その結果、他の国々と比べると彼等の家系は遙かに強い傾向がある。高い地位の者程、優秀な子孫を求めて婚姻を続けて来た事が原因だ。

その中でも公爵家長男のアルギニア ヴェントス ロレーヌは天才だった。


年齢:20歳 Lv35

属性:風  

天賦の才 :翠 山羊 弓技Ⅰ 繊細Ⅳ 放Ⅳ 冒険Ⅰ 運搬Ⅶ

血液型:Σ型

身長:185

体重:68


弓技の才能がⅠではあるが、弓技の威力を左右する器用が繊細の天賦の才により上昇し、放Ⅳの天賦の才により威力が格段に上昇する。

弓技Ⅰと弓スキルは弱いが最適な才能の構成がその弱点を補って余りあるといえる。そして、冒険のⅠと何よりも運搬Ⅶは、冒険者としても重宝される才能になる。特に運搬のⅦは、それだけでも冒険者や商人には何としても仲間に欲しい程の価値がある。

更にアルギニアの場合は、それだけでなく、過去の亜人の血を受け継ぎ山羊の天賦の才を持つ。それは人種特有のLv100の限界を突破出来る亜人種族の才能だった。


しかし、アルギニアのレベルは、フィールドの魔物が異様に強いパスクコーレ帝国としては、かなり弱めのLv35。だが、常に護衛のいる最高貴族としては、そのレベルでもまったく問題が無かった。


公爵家の長男の立場。豊富な天賦の才。


それゆえに、アルギニアは驕っていた。20歳の現在までただただ遊び惚け、恋人の数も同時進行で片手ではすまなかった。


そんな天才アルギニアを、ただひとつ最低な気分にさせていたのは、婚約者グレース レガリオの存在であった。


落ちこぼれ令嬢と結婚しても、強い子孫を残せる可能性が低い。


アルギニアの家族達や親族達もこの縁談には反対だった。生来努力などしない天才アルギニアでも、これを阻止する為には自らが先頭に立ち動いていた。アルギニアの活躍はアレイオン王国のモルタナ男爵家から絶世の美女チュイール モルタナをパスクコーレ帝国に連れて来た事。自分に都合よく教育し、パスクコーレ帝国の帝王、セイウル パスクコーレに宛がった。


今の今までアルギニアは有頂天だった。


チュイール美人の暗躍が功を奏し、つい先日、グレース伯爵令嬢との破談に成功したのだ。チュイール美人の活躍はそれだけでは留まらない。その過程で敵対派閥のシャルル皇后の戦力を大きく削いだのだ。


だからこその、今日の光禁城へのお呼ばれだと思っていた。

即ち、ロレーヌ家の派閥が支えている第三王子 サッズ パスクコーレに、ロレーヌ公爵家長男として褒美や、彼が帝王になったのちの大いなる約束が貰える事を期待していた。


だが、その前にアルギニアにとっては最悪な者と光禁城で鉢合わせてしまった。アルギニアがこの世で最も嫌いなガキ。影から何度も確認していた伯爵令嬢。グレース レガリオ。今はこの国の王女である。


アルギニアにとっては最大級に忌々しい存在。だが、さぞ憎まれ口でも叩かれるであろうと、それなりに覚悟もした。自分程の優秀な存在に振られたのなら、悔しいのは当然だろうと。


しかし、アルギニアの想像とは裏腹にグレースはアルギニアを素通りした。三品 従三位であり王の嫡子ちゃくしと同等の王女グレースにとっては、今その地位を上回る者は、侯爵家以上の当主か大臣や大納言しかいない。そうであれば、見た事もない若い男などよからぬ噂を立てられる前に素通りが無難である。光禁城は魔物の住む場所なのだ。


だが、その態度がアルギニアを怒らせた。アルギニアにとって、グレースは巨悪だった。少なくとも何度も顔や性格を確認する為に会いに行っていた。だが、グレースにとっては顔も知らない程どうでも良い存在だったのだ。それが、ここで明らかになった。


それに、元は公爵家長男と伯爵家令嬢の大きな身分差があった。いくら、今まで顔を合わせた事がないとはいえ、アルギニアにとっては見知った顔で、それも大分格下の伯爵令嬢風情だと見下していた。


どうでも良い存在な上に、現在進行形で見下されている。そのような態度が許される訳がないと、アルギニアはハッキリと殺意を滾らせる。


「クソガキが。いくら王女になったからって、この俺様を素通りするとは生意気が過ぎるんだよ。」


「どなたですか? 失礼ですが、格下の方に挨拶をして、私に何の得があるのでしょうか?」


グレースは本当はとても心が優しい。ただし、自分に敵意を持つ相手には決して容赦はしない。


一方アルギニアは、公爵家の長男とあってプライドがとても高い。女にはだらしなく、これまで遊んで暮らしていた放蕩息子だった。しかし、礼儀のなってない者には、これまで何度も自分の立場を分からせてきた過去がある。男も女も気に入らない奴には、権力や力を使い暴行した。それでも態度を変えない者は拉致や監禁などをして、拷問や虐待するなどをする遊びを繰り返して来た。当然、それだけやればアルギニアの周りには、アルギニアに逆らう者はいなかった。アルギニアは、ただの遊び人ではなく、根っから心の腐った権力者の側面を持つ。


そして、次の瞬間、アルギニアの行動は、あろうことか王女であるグレースの顔を掴んでいた。


「まったく。これだからお前は美しくない。誰が格下だって? 俺はアルギニア ヴェントス ロレーヌ。貴様の元婚約者様だ。さて、ここからお前を連れ出して拷問する。その時は、謝っても許されると思うなよ。」


アルギニアの脅しに対し、グレースは心の底から笑いが込み上げてきた。


「あははは。婚約破棄して頂いて本当に良かったですわ。こんな奴と結婚させられていたら、私の人生は本当に終わっていた。」


婚約破棄をされ、一時期はかなり落ち込んでいたグレース。それは自分の才能の無さに、嫁の貰い手がいないだろうと感じていたからだ。だが、その元婚約者のアルギニアが、この最低な相手だと分かっていたならば、最初から大いに喜んでいただろう。だから、心の底からその事がおかしかった。あの時落ち込んだ自分が滑稽に思えたからだ。


「貴様っ。本当に自分の立場が分かっていないようだな。」


「それは、こちらの台詞です。どうやって、たった一人で私を拉致すると? ここは光禁城ですよ。王女を連れたまま抜け出せるわけがないでしょ。」


「っ! それならば、もう良い。ここで人知れず殺してやる。」


アルギニアがアイテムボックスから取り出した弓を構えた所で、従者達をたくさん引き連れたサッズ王子が現れる。


「やめろっ。アルギニア。」


「……サッズ殿下。」


「今日、俺が貴様を呼び出したのは、グレースからのあらぬ誤解を解く為だ。お前等の陰謀と俺が関係のない事を証明する為にな。それをお前はぶち壊した。」


「へ? グレースの誤解?」


「それは、お前には関係の無い事だ。殺人未遂。それも光禁城で、更にはここに武器を持って入ったな。王女の殺人未遂に国家への反逆罪。貴様はどう考えてもこれでおしまいだ。」


「……。」


「グレース。俺の配慮が足らなかったせいで、君を危険な目に遭わせて本当にすまない。こいつをどうする? アルギニアだけでなく、その家族の命についても、君の望むがままに、俺が話を進めよう。」


「サッズ王子。それなら、こいつの事を絶対に許さないで。こいつが酷い目にあうなら他はどうでも良いわ。それで、あなたを信用してあげる。」


「承知した。アルギニアを平民に落とし、監禁して廃人になるまで毎日拷問させよう。そんな感じで良いかな?」


「ええ。それで十分よ。」


「皆の者、アルギニアを捕らえよ。」


「「ははっ。」」


「……そんな、ありえない。私は殿下の一番有力な支援者ですよ。」


「馬鹿を言うな。ロレーヌ公爵家の力ごとき俺には必要ない。俺に一番必要なのはグレースの愛だけだ。それだけが最も必要で、最も尊いものだ。貴様は、これから行われる毎日の拷問の心配だけをしているんだな。」


サッズは、アルギニアが弓を装備するまで、二人のやり取りの一部始終を傍観していた。いくら王子とはいえ、自分を支持する公爵家の長男を簡単な理由では追い込めない。グレースの愛を手に入れる為にアルギニアを犠牲にする手段を考えた時、アルギニアの噂と気性を考慮して、こうなるよう仕向けたのだ。グレースが出掛ける時間を調べ鉢合わせにさせれば、アルギニアは暴挙に出ると考えていた。


そして、グレースの性格上、自分に敵意を向けるアルギニアの事は許さないが、その他の関係無い人間を傷つける事はない。そこまで調べ上げて、この作戦を決行した。過去に敵意を剥き出しにしたモネが巻き込まれなかったのは幸いだが、最悪の場合はモネにも犠牲になって貰うつもりだった。サッズの野望はグレースを自分の派閥に取り入れる事。流石にロレーヌ家の全てを失うのは悪手だが、グレースを手に入れる為ならなんだってやるつもりだった。


ウィズ王子が他国のダンジョンへ遠征に行っている今こそが、そのチャンスだと考えていた。




――数日後


とある拷問部屋にて



「うげぇへへ。おで好みのかわい娘ちゃんがぎだど。」


「貴様っ。何をする触るな。私は公爵家の長男。すぐに助けが来る事になる。もし、私に変な事をし――」


拷問官がアルギニアの指をハンマーで叩き潰す。


「ぎゃー。」


「誰もだすけにごないど。かわい娘ちゃん。今のお前は平民だど。」


「やめろっ。平民なわけがないんだ。それに誰がかわい娘――ぎゃー。」


「かわい娘ちゃんは、かわい娘ちゃんだど。安心しでいいど。痛い痛いが終わっだら、ちゃんと気持ち良いも待っでるど。」


「貴様っ。いったい何をす――」


「それは後のお楽しみだど。おらも、だのしんで良いって言われたど。」



アルギニアはこの後、数か月間をかけて拷問を受け続けた後で、妹のモネに助けられる事になる。だが、その頃にはアルギニアは心を失くしてしまう。正確には常に恐怖に憑りつかれ他人の悪意には極度に敏感になる。そして、臆病で卑屈過ぎる人格が入る前とは別人で、助けたモネの事も分からずになぜか尻を差し出していた。これにはモネすらもお手上げでアルギニアを拷問部屋から解放した後、使いものにならないとすんなり見捨てる程だった。

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