女 王女選抜②

 王女選抜 王女選抜はその日、皇宮で行われる事になった。

 平民を尊ぶパスクコーレ帝国だが、何千人もの参加者の中で貴族達だけは優遇されていた。

 貴族用と平民用では入口が異なり審査も簡略化されている。

 一次審査の会場も貴族の列が先に審査を受け、その後で平民達が審査を受ける。


 そんな流れの中で、数少ない貴族の令嬢達は嫌でも顔を合わせる事になる。

 グレースが会いたくなかったうちの一人が、婚約を破談にされたロレーヌ公爵家の者だった。

 だが元婚約者の妹モネとは今まで会った事がない。

 そして、グレースが考えていた令嬢とはまったく違う印象だった。


「はじめまして。グレースさん。そして、この度は誠に申し訳ございません。私はモネ ヴェントス ロレーヌと申します。グレースさんはお兄様との婚約を破棄されたと聞いております。私達は姉妹になれたかもしれないというのに本当に残念ですわ。」


 グレースはロレーヌ公爵家側の人間には、少なからず悪意があると思っていた。

 だが、モネはきちんと謝罪をし、自分と姉妹になれなかった事を残念がっている。

 グレースはロレーヌ家の家紋を見ただけで、身構えてしまった自分が恥ずかしい。

 盛大な肩透かしを食う。自分だけがライバル視していたようで笑ってしまった。


「ふふふ。モネ様。別にもういいのですよ。こうして、お互いに王女になれるのかもしれないのだし、気にしておりません。」


「まあ、なんて心の広いお方なのかしら。グレースさん。一緒に王女になれたらそれもまた姉妹ですわね。共に頑張りましょう。それではまたここに戻ります。ちょっと知り合いとお話をしてきますわね。」



 グレースがモネを笑って見送ると、今度はダンジョン公爵家令嬢のリリム ダンジョンが現れる。こちらは嫌な印象がそのままの言葉だった。


「あら。グレースさん。あなたも参加しているのね。これで能無しのあなたが受かったら、皇后陛下の評判はますます悪化するんじゃなくて?」


「リリム様。また、私を挑発しようと言うのですね。でも、心配しなくても大丈夫です。凡人には凡人のやり方と意地があります。私は自分の力で皆に納得して貰いますよ。」


「せいぜい、皇后陛下の足を引っ張らないよう頑張って頂戴な。」


「言われなくともそうします。」


 列の後ろから、ネウレザ ステュアートが話しかけてくる。


「ねえねえ。グレースさんてもしかして レガリオ伯爵家の方ですか?」


「そうだけど。」


「良かったぁ。私はネウレザ ステュアート。ステュアート伯爵家の娘です。伯爵家の令嬢同士、仲良くしてくれませんか?」


「別に良いわよ。」


「ありがとう。私は、父上に王女選抜に出るよう言われたのだけど、自分に自信がなくて困っていたんです。これでレムリア家の威光があれば少しは気が楽になりますわ。」


「ちょっと、あなた何も知らないのね。」


「何かあったのですか?」


「いや。いいわ。今の私には何の後ろ盾もないのと一緒よ。それでも良いなら別に構わないけど。」


「大丈夫です。それでも、私にはグレースさんの力が必要ですから。」



 そこに、モネが戻って来る。 モネは優しくグレースの手を握った。


「グレースさん。戻りましたわ。一緒に並びましょう。」



 列の先頭から大きな声が聞こえてくる。



「最初の課題は、鑑定と皇帝陛下への挨拶だ。悔いの残らないよう自分をアピールするように。」


 遠くに皇帝と皇后や妃達、それに王子達らしき姿が見える。

 グレースは頭を抱えていた。

 これから自分の才能を全員に見られる事になるのだ。


 次々とライバル達の挨拶が続き、ついに、前を進むモネの番になった。


「大丈夫ですわ。一緒に王女になりましょう。」


 モネはグレースの手を握ると微笑んでから前に進んだ。


『モネ ヴェントス ロレーヌ

 属性 火 風 

 翠 小剣技Ⅱ 杖技Ⅲ 放Ⅱ 旋風Ⅳ』


 王族達から驚きの声があがる。その鑑定結果は、数も質も勇者にも見劣りしないものだった。

 モネは自信満々に言葉を紡ぐ。


「どうでしょう? 自分で言うのもなんですが、これぞ王女として相応しい才能です。この国に継承すべきは強い力です。ですがわたくしの兄の婚約者は悪女としても落ちこぼれとしても有名でした。あそこいいるグレース レガリオ伯爵令嬢の事です。私達家族はなんとかその破談に尽力しました。ですが悪女はそれにもめげずに今回の王女選抜にも参加しています。どうか、正しい判断を。弱者の血脈は王族に破滅を齎します。」


 第一王子のベネブが、声をあげる。ベネブは粗暴な雰囲気でありながら、次期皇帝を噂される最有力の王子だった。


「なるほど。素晴らしい才能だ。彼女こそ王女に相応しい。だが一方で実に残念な話だ。この国の王女には、才能のない者はいらん。」


 シャルル皇后が怒りの表情を見せる。

 しかし、皇帝に自重するよう厳命されている為、発言を我慢している。

 だが皇帝の表情は変わらない。無機質にモネを判定する。


「モネ ヴェントス ロレーヌ。合格。」



 グレースは完全にやられたのだと肩を落とす。

 モネは審査の前に、あえてグレースに近づき前に並んでいた。

 一次試験はモネの思惑通り

 全てはグレースを落とす為に考えられた順番だった。


 だが、足を踏み出そうとしたその時、リリムがグレースの肩を掴んでいた。


「待て。雑魚はこの私の後で良い。」


 そう言うとリリム ダンジョンはグレースの前に割り込んでくる。


 


『リリム ダンジョン

 属性 風 水 

 翠  双剣技Ⅴ 俊足Ⅲ  旋風Ⅲ 流水Ⅱ』


 


「私は、一族の天才と呼ばれております。貴族でありながら、きっと冒険者になったとしても成功するような器でしょう。ですが、それがいったい何だと言うのですか? 神童が努力を怠れば、必ず凡人となります。逆に凡人でも努力次第では、天才となれる可能性があると私は信じたい。この先、私は必ず成功します。でも、その時に天才だから成功したのだなんて、誰にも言わせません。なぜなら、私の成功は、私が血の滲む様な努力をした後の結果になるからです。」



「そして、言いたくはなかったですが、私にはライバルがひとりいます。それはグレース レガリオです。彼女には才能がない。それでもこの私が認めるたったひとりの努力の天才です。将来、私と並び立つ事が出来る唯一の者が彼女です。」


 リリムが挨拶を終えると、拍手をしながら第三王子のサッズが立ち上がる。

 だが、サッズが言葉を言う前に、先に第五王子のウィズが呟いた。


「素晴らしい着眼点だ。そして私も同じように考えている。着目すべきは、その才覚だけではなく努力だという事だな。」


「ウィズ。ずるいぞ。私が賛同する場面だった。」


「おや。兄上は、モネの味方ではないのですか?」


「なるほど。血脈の話なら、ウィズはダンジョン公の顔を立てたのか。」


「いいえ。違いますよ。モネの言い方が皇后陛下を挑発なさっていたので、私はそれを否定したかったのです。それを考えたら兄上の発言を警戒もするでしょう。」


 皇帝が二人の争いを阻む。


「ここで言い争うな。リリム ダンジョンを合格にせよ。」


 合格の判定が出るとリリムは、グレースを睨み、その場を後にする。


 グレースは、今までのリリムの行動を振り返る。

 リリムは今までただ嫌味を言っていたのではなかった。

 自分に厳しいからこそグレースに忠告をしていたのだと気付いた。

 嫌われているのではなく、リリムは自分をライバルとして認めていた。

 今回の件に至っては、立場の悪くなったグレースを明らかに援護していた。

 そして、自分の進むべき道を示してくれた。


 グレースは、もう迷わなかった。


『グレース レガリオ 

 属性 風

 翠 棍Ⅲ 』

 


「歴史上の偉大な人物はもれなく天賦の才を遺憾なく発揮した者だとされています。ですがそれは本当にそうでしょうか? 国でさえ貴重とする鑑定用の魔道具。普通の人は生涯に二度も鑑定する事はありません。傑物が平民の場合、鑑定は、成功後のものとなるでしょう。私が言いたいのは、後天的に天賦の才を獲得する可能性です。貴族や王族は生涯の前半に、平民は成功したものだけ。鑑定だけでその者の全てを決めるのは間違っています。」


「私は宣言します。持たざる者だからこそ、後発性天賦の才、その獲得の可能性を求め弛まぬ努力を致します。必ずその場所に至ります」


「回復魔法のないこの世界で私の天賦の才『棍技』は、はずれだとされています。ですが歴史が回復魔法という奇跡に直面した時『棍技』を持つ者が継承されていなかったら、それは国の最も重大な損失となるでしょう。私の知る限り、この国で『棍技』の天賦の才を持つ者は私だけです。」


 第十王子のフィアが立ち上がると皇帝に頭を下げる。


「陛下。一言よろしいでしょうか?」


「フィアが自分の意見を言うか。また珍しいな。かまわぬ。」 


「父上。この者の言い分は一理あるかと。リスクには必ず対策が必要です。『棍技』を絶やさぬ為のよきご判断を。」


「なるほどな。グレースを合格にせよ。」


 グレースは頭を下げる。


「皇帝陛下。教悦至極に存じます。」


 


 一次選考が終わった後、グレースはひとり皇宮を探索していた。

 待合室の通路を抜けるとそこには大きな庭がある。

 その一角に、木の枝が垂れ下がる岩があった。

 その上にフィア王子が座っている。


「フィア王子。先程はありがとうございました。」


「別に。ウィズ兄上が皇后陛下を心配されていた。だから俺はその意を汲んだだけだ。」


「それでも私は嬉しかったです。」


「……お前の気持ちなど、俺は知らん。」


 フィアは、グレースから目を反らす。

 常に自分の気持ちを隠しているフィアには、あまりにも、まっすぐな感謝の言葉とその笑顔が耐えられなかった。

 フィアには今のグレースが眩しすぎた。


 こげ茶色の髪が風になびき、前髪で隠していたフィアの瞳が剥き出しになる。

 グレースの胸が微かに高鳴っていた。


 グレースは王子の美しさに見惚れていた。

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