女 王女選抜①

 この日、パクスコーレ国では、約百年ぶりに『プレブス=カルタ』が使用された。


 

平民のプレブス切り札カルタ



 古来より平民の意見を尊重するパクスコーレ帝国では、帝王の政治に民が関与する事が出来る制度がある。

 それが『平民のプレブス切り札カルタ』だった。

 パスクコーレ帝国にある38地域の領主いずれかに嘆願書を提出し、内親王がそれを承認した場合。


 27州の全てと11種の亜人の集落から票を集め、80%以上の賛成を得る事が出来れば、王はそれを必ず実行しなければならない。(ただし、いかなる場合も帝王制の排除は出来ない。)


 


 そのきっかけはロレーヌ公爵家がアレイオン王国からつれてきた男爵家令嬢モルタナを王の妾として、あてがう事から始まった。

 国外の貴族とはいえモルタナは最下層の男爵家令嬢。

 王が頑張って地位を与えたが、それでも五品が限界だった。


 五品 

 正五位 

 美人


 こうして、モルタナ美人の誕生が皇后や皇后の家系を貶める事になる最初のきっかけとなる。


 


「皇后は魔女である。」


 


 これは本来であれば、皇帝が簡単に握り潰すような下等な噂話。しかし、皇帝は枕元でモルタナ美人から、毎日のように皇后の悪い話を囁かれ続けていた。


 これに対する皇帝の判断はこうだった。


「そのような噂話があがるなどけしからん。」


 ただし噂話の方がけしからん、なのではない。


 皇后がそんな噂話をされる程の悪事を働いているであろう事がけしからんとなったのだ。皇后は自重するように厳命され、その発言力が極めて弱まる。


 皇后が魔女であるという噂話から、貴族達の間では、レガリオ家が悪の家門のような扱いになってしまう。


 中でも皇后が許せなかったのは、目を掛けていたレガリオ家の令嬢グレース レガリオが、ロレーヌ公爵家との縁談を一方的に破談にされた事だった。


 

 これに激怒した皇后は、女子の産まれない呪われた皇宮に、対抗馬となる令嬢達を呼び寄せる事でなんとかロレーヌ家の台頭を防ぐ策を考えた。


 


 皇后は生家のレムリア公爵家と皇帝の弟 デネウル フォースキング(武王)の力を借り、プレブス=カルタを実行する事になる。 


 


「王女のいない皇宮に、10人の王女を養子として迎える。」


 



 国民女子全員を対象にした10人の王女選抜を実施するというプレブス=カルタによる国民投票。


 選ばれた者は、そのまま養子として王女になれるが

 王女になり皇宮で暮らした場合は

 王子に選ばれれば、元の身分に関係なく正室として迎えられる。


 


 それは王女選抜であり、次期皇后の選抜にも等しいものだった。


 


 平民達は自分の娘を王女にするべく、知り合いを巻き込んで『平民のプレブス切り札カルタ』に賛成の投票をした。


 


 結果、王女選抜は、90%以上の賛成票で可決されたのである。


 


 


 これにて、王女選抜が始まった。








 ――レガリオ伯爵家の夕食の場では、当主とその娘グレースが言い争っていた。


「嫌よ父上。そんなものは絶対に参加したくない。私がどういう才能を持っているか父上だって知っているでしょ。王女の座を競うとしたら、私はそこで恥をかくだけなのよ。」


「そんな事は重々承知だ。その上でこんなチャンスは二度とないと言っている。この話を私に持ちかけたのはレムリア公爵だが、それを提案したのはシャルル皇后なのだぞ。」


「シャルル様が?」


「そうだ。王女選抜に選ばれるの10人だけだ。ただしその枠の中には、皇后、三人の妃、貴嬪にだけ、それぞれがひとり王女を選ぶ権利がある。つまり才能があろうとなかろうと皇后が選ぶのはお前なんだ。」


「だとしても、私はみんなの前で恥をかく。皇后陛下がそんな私を選んでしまったら、今よりもっとお立場が悪くなるじゃない。」


 グレースの姉、パクスコーレ国、騎士団長のシャリア レガリオがその話に口を挟んだ。


「グレース。皇后陛下のお立場はもうとっくに悪いのよ。けど、あなたがこの話をお受けすればそれを助ける事が出来るかもしれない。」


「……でも、私にそんな力はないわ。」


「よく考えなさい。あなたは皇后陛下に一番可愛がって貰って来たわよね。その恩を返すのよ。もちろん、私も騎士として、外側から出来るだけのサポートをするわ。」


「そうだぞ。グレース。お前には出来の良い侍女を探して二人付ける。」


「父上、それは心強いわね。グレース。あなたはいつも才能がない事を悲観しているけど、本当にそうなのかしら。皇后陛下に誰よりも可愛がられる事だって才能なのよ。もちろん、私だってあなたが大好き。うちの執事や家政婦達、あなたに関わった者の中に、あなたを悪くいう者がいると思う? あなたは自分を過小評価しているわ。あなたの一番の才能は心の優しさと愛される事よ。」


「……でも。」


グレースの態度が、先程までの頑なな否定から変化してきている。

それを感じ取ったシャリアはとどめにグレースの事を見つめる。


「では、このまま皇后陛下を助けないつもり? 皇后陛下はあなたを信じて待っているのよ。」


選択肢はひとつしかなかった。母親のいないグレースにとって、皇后陛下はそれに近い優しい存在なのだ。


「……分かりました。出来る限りの努力をします。私だってシャルル様の笑顔が見たいですからね。」



 グレースは皇后の笑顔を思い浮かべ、覚悟を決める。

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